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武藤嘉紀、エイバルに移籍へ。プレミアでうまくいかなかった理由は?【現地発】

田嶋コウスケ英国在住ライター・翻訳家
イングランド・プレミアリーグのニューカッスルでプレーするFW武藤嘉紀(写真:REX/アフロ)

ニューカッスルのFW武藤嘉紀が、スペイン1部のエイバルに期限付き移籍することで合意したと、英衛星放送スカイスポーツが14日に報じた。本稿執筆時で両クラブから正式発表はなされていないが、ニューカッスルのスティーブ・ブルース監督が「ヨシノリはスペインのクラブに行く」と認めていることから、移籍はほぼ決定的だ。

武藤が、ドイツ1部マインツからイングランド北部のニューカッスルに渡ってきたのは18年7月。入団時には「ここで素晴らしい結果を残すことができれば」と意気込んでいたが、振り返ってみれば、この2年はまさに苦難の連続だった。

記録を紐解いても、不本意な数字が並ぶ。加入1年目は公式戦18試合に出場し、ゴール数は1(先発は6試合)。2年目は10試合に出場し、こちらも1ゴールだった(先発は4試合)。特に、在籍2年目の昨シーズンは出番のない試合が続き、本人も悔しさを募らせた。レギュラーとして公式戦30試合に出場し、10ゴールを奪ったマインツ2年目と比べると、あまりに寂しい結果だ。

武藤は、なぜうまくいかなかったのか。「個の力」が重視されるプレミアリーグで、武藤に特出した武器が見えなかったのは響いたように思う。レスターに在籍した岡崎慎司(現ウエスカ)曰く、「プレミアリーグには、個の力が化け物みたいな選手が数多くいる」。その点、武藤はアピールポイントが足りなかった。ただ、現地取材を行なってきた筆者から見ると、武藤のプレミア挑戦には不運があまりに多かったように思う。理由は、主に4つある。

1つ目は、武藤の獲得を決めたラファエル・ベニテス監督がわずか1シーズンで退任してしまったこと。スペイン人監督は武藤の良き理解者だったが、補強プランを巡ってクラブオーナーのマイク・アシュリー氏と衝突した。「ヨシ(武藤)はプレミアリーグの水に慣れることが必要」と常々語っていた指揮官が、クラブを1年で離れたのは予想外だった。

2つ目の理由は、後任としてやって来たのが、イングランド人のスティーブ・ブルースだったこと。

ブルース監督は英国式のダイレクトサッカーを志向し、攻撃にはクロスボールやロングボールを多用する。守備をガッチリ固め、カウンターで“一発”を狙う単調な戦い方に終始した。基本フォーメーションは5−4−1で、1トップのCFにはロングボールを収める大型FWが起用された。少し乱暴な言い方をすれば、ブルースの戦術に武藤のポジションはなかった。

監督のスタイルも、武藤が在籍したマインツとは対照的だ。マインツで指導を受けたマルティン・シュミットやサンドロ・シュヴァルツといった指揮官は、緻密な戦略家として知られる。その中で武藤も機能し、2シーズンで16ゴールを叩き出した。

一方のブルース監督は「個の力」を重視する。いや、それ以外に手段がないと言ってもいいだろう。特に前線は、空中戦にめっぽう強い長身FWや、ドリブルの単独突破を得意とするアタッカーが重宝された。フィジカル重視の大味なサッカーは、日本人の武藤とは相性が悪すぎた。

3つ目の理由は、「ここぞ」という勝負どころで、武藤が負傷離脱したこと。加入1年目は、チームに慣れ始めた秋口にふくらはぎを痛め、戻ってきた時にはポジションがなくなっていた。2年目も、年明けに行われたFA杯で先発のチャンスがまわってきたが、後半途中で臀部を負傷。この試合を最後に、先発出場は一度もなかった。

最後の理由は、混迷するクラブ情勢だ。武藤本人と直接関係はないが、無視はできない。諸悪の根源は、英国全土でスポーツ用品のディスカウントストアを経営するオーナーのアシュリー氏である。このオーナーは、金儲けしか頭にない。

2007年のクラブ買収以降、格式高い本拠地「セント・ジェームズ・パーク」を、自身が経営するチェーン店の名を取り「スポーツ・ダイレクト・アリーナ」に名称変更するなど、傍若無人な振る舞いは常に批判の的となってきた。潤沢なテレビ放映権料や移籍金収入を選手補強にまわさないことも、サポーターのひんしゅくを買った。ファンの抗議活動やデモ行進は、ニューカッスル界隈では日常茶飯事だ。

関係者によると、「高額な移籍金で獲得した選手を優先的に起用するように」と、昨シーズンはクラブ上層部からブルース監督に指示が入っていたという。実際、クラブ史上最高額となる4000万ポンド(約54億円)で加入したブラジル人FWのジョエリントンは、国内リーグの全38試合に出場したものの、わずか2ゴールと散々な成績しか残せなかったが、それでもCFのレギュラーとして起用され続けた。

そもそもオーナーが十分な選手補強費を渡していれば、ベニテス監督も残留していただろう。また、クラブの悪評がたたり、後任探しの際も10人の候補者に断られた。その中にはアーセン・ベンゲル氏やミケル・アルテタ(現アーセナル監督)、パトリック・ビエラ(現ニース監督)もいたようだが、当然、首を縦に振る者はいなかった。

やっと契約にこぎつけたのが、英2部のシェフィールド・ウェンズデイで監督を務めていたブルースだった。11番目に声をかけた候補者で、ようやく決着した格好だ。そう考えると、迷走を続けるクラブの状況も、武藤のプレミア挑戦に小さくない影響を与えたと思う。

14年のブラジルW杯後、ハビエル・アギーレ監督時代の日本代表で「代表のホープ」と騒がれた。その武藤も28歳──。プレミアでの不本意な2シーズンを経て、スペイン北部のエイバルに渡る今シーズンが「勝負の年」になるのは間違いない。とにかく試合に出場し、ゴールやアシストといった目に見える結果を重ねたい。当然、本人も闘志を燃やしていることだろう。

「試合に出なければ、成長はできない」と、常に口にしていた武藤。ニューカッスルでの鬱憤を晴らし、エイバルで躍動する姿を見せてほしい。

英国在住ライター・翻訳家

1976年生まれ。埼玉県さいたま市出身。中央大学卒。2001年より英国ロンドン在住。香川真司のマンチェスター・ユナイテッド移籍にあわせ、2012〜14年までは英国マンチェスター在住。ワールドサッカーダイジェスト(本誌)やスポーツナビ、Number、Goal.com、AERAdot. などでサッカーを中心に執筆と翻訳に精を出す。

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