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風向きを変えたアルテタ新監督。アーセナルは完全復活できるか【現地取材】

田嶋コウスケ英国在住ライター・翻訳家
テクニカルエリアで指示を出すミケル・アルテタ新監督。(写真:ロイター/アフロ)

アーセナルの本拠地エミレーツ界隈に流れる空気が変わった──。それが、ミケル・アルテタ新監督(37)の就任からここまでの印象だ。

成績不振を理由にウナイ・エメリ監督が解任されたのは11月29日。解任直前の成績は8位で、当時対戦したサウサンプトンのDF吉田麻也が「ボールを前につけられない。びっくりするくらい良くなかった」と、アーセナルのプレーぶりについて話していたのが印象的だった。たしかに、解任直前は選手の動きに覇気が感じられず、指揮官交代の決断はやむを得なかった。

負の流れは、クラブOBのフレドリック・ユングベリが暫定指揮官に就任した後も変わらず、前体制から続いていたリーグ戦の未勝利が7戦に及ぶという不名誉な記録を樹立。エメリ前監督の下でコーチを務めていたユングベリだが、どん底に沈むクラブを立て直すのは荷が重すぎた。

アーセナルが、マンチェスター・シティのコーチを務めていたアルテタの招聘に動いたのは、このタイミングだった。

アルテタは16年にアーセナルで現役を引退し、マンチェスターCの監督に就任したペップ・グアルディオラ監督のアシスタントコーチを同年7月から務めた。ここから3年半、シティの躍進を支えながら、スペイン人指揮官から英才教育をみっちり受けた。しかし、監督経験のないアルテタの招聘は「リスクがある」とし、その手腕に懐疑的な意見もあった。

こうした意見に反し、アルテタは指揮官として上々のスタートを切った。就任後の成績は2勝2分1敗。就任前の低迷を考えれば「まずまず」と言えるが、成績よりも評価されているのが大きく改善したプレー内容だ。最大の変化は「ピッチ内で何をすべきか」が整理されたことに尽きる。攻守両面で簡単な決まりごとを徹底したことで、アーセナルが本来持つ躍動感が戻ってきた。

攻撃では選手ひとりひとりのタッチ数が大きく減った。前体制ではボールをこねくりまわすプレーが散見されたが、アルテタ就任後は1〜2タッチでテンポ良くまわすようになった。おかげで、パス回しのスピードが格段にアップした。

また、陣形全体をコンパクトに保つことも徹底している。選手の距離間を狭めてプレスをかけ、積極的にボール奪取に走るようになった。素早い寄せも行い、特にボールを奪われた直後はすぐに回収に走るようになった。アルテタ監督がテクニカルエリアで手を叩き、選手たちに前からプレスをかけていくよう鼓舞する場面も珍しくない。おかげで、攻守両面でメリハリの効いた動きができるようになった。

何より大きいのは、選手たちの言動が、一様に前向きになったことである。アルテタ監督を信頼しているのは、最終ラインを束ねるDFダビド・ルイスの言葉からもうかがえる。

「僕らは大きく変わったし、今も進化の途中にある。1日や1週間、あるいは1ヶ月だけで0から10に変えることはできない。だけど、選手たちがひとつに結束し始めている姿を目にするのは本当に美しい。何をすべきか、どう行動すべきかを理解し始めている。それは、サッカーだけでなく人生においても大事なことだ。

段階を踏んでいくことになるが、これから大きなことを成し遂げられると思う。それは、マンチェスターUから勝利を奪ったことで証明できたはずだ。ミケルは素晴らしい監督。サッカーのことをきちんと理解している。監督は、僕たちが信じている“哲学”と同じものをチームに持ち込んでくれた。すべての選手を成長させてくれると思う」

再び希望を抱き始めたのはサポーターも一緒だ。アルテタ就任前、スタジアム内の空気を満たしていたのは「溜息と怒号」だった。ところが監督交代を機に、サポーターの反応は「拍手と歓声」に変わった。逆転負けを喫したチェルシー戦(12月29日)後も、エメリ前監督やユングベリ暫定監督の下でお馴染みだったブーイングは聞こえてこなかった。

ポジティブな雰囲気は、11日に行われたクリスタル・パレス戦も同じだった。前半は試合を支配しながら、後半にピエール・エメリク・オーバメヤンが一発退場となり、1−1の引き分けで終えた。それでも試合後、アウェイゲームに駆けつけたアーセナルサポーターはアルテタ監督に拍手を送っていた。

識者の間でも、こうした変化をポジティブに捉える意見が圧倒的に多い。例えば、解説者を務めるリオ・ファーディナンドは「選手たちが一様に笑顔を見せるようになった。前向きに評価できる」と、アーセナルの変化を肌で感じ取っているという。さらに、クラブOBのロビン・ファンペルシーも「見ていて楽しいサッカー」とアルテタ新体制のプレーを称賛。クリスタルパレス戦後には元イングランド代表MFのジョー・コールが「アルテタが流れを変えた。アーセナルはまだ発展途上にあるが、進歩している。クリスタル・パレス戦も退場者が出るまで非常によかった」と評価していた。

もちろん、課題がないわけではない。前線からプレスをかけて囲い込むようにボールを奪いに行くため、アルテタの戦術は体力と走力を必要とする。テンポの早いサッカーから離れていたせいか、ここまでアーセナルは後半に入ると目に見えて運動量が低下し、失点するパターンが多い。今後、アルテタの求めるフィットネスレベルまでコンディションを上げていく必要がある。

振り返ると、アルテタは現役時代にアーセナルでアーセン・ベンゲル前監督の薫陶を受けた。さらに、引退後はアシスタントコーチとしてグアルディオラ監督から最先端の戦術と指導方法を学んだ。そう考えると、アルテタほどの適任者は他にいないようにも思える。

はたして、アーセナルは完全復活することができるのか。すべては、「もう一度タイトルのために戦える集団にならなければ」と意気込むアルテタ新監督の手腕にかかっている。

英国在住ライター・翻訳家

1976年生まれ。埼玉県さいたま市出身。中央大学卒。2001年より英国ロンドン在住。香川真司のマンチェスター・ユナイテッド移籍にあわせ、2012〜14年までは英国マンチェスター在住。ワールドサッカーダイジェスト(本誌)やスポーツナビ、Number、Goal.com、AERAdot. などでサッカーを中心に執筆と翻訳に精を出す。

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