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真面目で疑い深い、だから騙される 「死んでしまおう」と思った男性 DS詐欺で3500万円超の被害

多田文明詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト
(写真:イメージマート)

SNSを通じて紹介される、新たなDS詐欺が出てきています。60代男性(仮名・梨田さん)は、ネット通販の事業を装う手口で3500万円以上を騙し取られました。

「人一倍、警戒心は強いと思っていましたが、退職金をすべて奪われました。いったんは、死のうと思いましたが、家内からの一言で思いとどまりました」

そう話す梨田さんは、どのようにして騙されてしまったのでしょうか。

詐欺を疑い、断るけれども…

昨年末、梨田さんはフェイスブックで出会った女性(ケリー)と友達になりました。彼自身、SNSから仕事の依頼がくることもあるので、プロフィールを見て問題がなければ、友達申請を受け入れるようにしています。そのうちに、女性とはLINEでのやりとりをするようになります。

双方とも仕事の話をするなか、ケリーは「こういう仕事をしています」と通販サイトの売上表らしきものを出してきました。しかし警戒心の強かった梨田さんは「それは結構です!」と、この話をそれ以上しないようにとの強い文面を返します。

「実は、少し前に友達になった女性から『ネット販売で儲かる仕事がある』としつこく迫られていたからです。そのこともあり、またかという思いで、拒否しました」(梨田さん)

しかしケリーは「私はそんな気がないのに、なぜ、そんなことをいうのですか。悲しい」とのメッセージを返します。その後は、仕事の話はしなくなり、日常の会話をするようになります。

罪悪感を覚えさせようとする、詐欺の魔の手

徐々に梨田さんは罪悪感を覚え始めます。

「考えてみれば、A(前の女性)がそうだから、B(ケリー)もそうだと決めつけるのは失礼かもしれない。彼女は、ただ仕事の売上表を見せてきただけなのかもしれない。『儲かるんですよ』じゃなくて『こういうのをしています』でしたので。誘われていると僕が過剰反応して、強い口調で返したのは大人気なかったなと思い、後で彼女に謝りました」

梨田さんはこうして、詐欺グループの術中にはまっていきます。

実は詐欺グループのアプローチには二つのパターンがあり、最初からグイグイと儲け話を押してくる場合と、じっくり待って相手が餌に食いつくのを待つ形があります。梨田さんは、後者の手口にひっかかってしまったと思われます。

そして梨田さんは自ら「仕事はどのようなものですか?」と尋ねてしまいました。

ドロップシッピング(DS)を紹介される

彼女の口から出てきたのが、ドロップシッピング(DS)という、ネット通販の手法でした。

これは商品の在庫を持たない形で行われます。一般的にはドロップシッピングを行う業者などに登録をして、自らネットショップを開設します。ショップには業者が提供する商品をチョイスして自分で値段をつけて並べていきます。もしサイトを見た客からの注文があれば、業者に連絡をしてメーカーなどから商品を仕入れて注文者に商品を送ってもらいます。そして売れた商品の代金から仕入れ値などを引いた分が利益となります。

梨田さんもケリーから、そのような説明を受けます。

被害者とのメッセージのやりとり・被害者提供(筆者修正)
被害者とのメッセージのやりとり・被害者提供(筆者修正)

数日経って、ケリーは「一緒にやりませんか」と誘ってきます。しかし疑い深い梨田さんはすぐには頷かず、ネットでドロップシッピング詐欺の手口を調べます。

「この詐欺には、二つのパターンがあることがわかりました。一つは『お店を開くうえで、開店資金が必要』と言われて、お金を出してショップを開設しますが、全く売り上げが上がらず、開店資金を騙し取られるパターン。もう一つは、注文したにもかかわらず、商品が送られず、注文者からお金を騙し取るパターンです」(梨田さん)

ケリーが運営しているという通販サイト・被害者提供(筆者修正)
ケリーが運営しているという通販サイト・被害者提供(筆者修正)

詐欺には遭わないと思わせられる

ケリーに尋ねると「オープニング資金は要らない」といわれます。それを聞き「前者の詐欺には遭わないな」と梨田さんは思います。しかし逆にお金がまったくかからないで儲かる仕組みなどあるはずがありません。その点、この詐欺では、うまく考えられています。

「開店資金はかかりませんが、このドロップシッピングでは、立て替え払いが必要だというのです。注文があった時点で、ネットショップのオーナーが商品の代金の立て替え払いをして、そこに利益が上乗せされて、後日、サイト上のウォレット(財布)に入金される仕組みになっているとの説明を受けました」(梨田さん)

あまりネット販売の知識のなかった梨田さんは「1週間後にお金が入ってくるなら」と思い、やってみることにします。

しかしここで気をつけるべきだったことがあります。

通常のドロップシッピングは無在庫販売であり、販売・宣伝することに力を入れて売り上げを出せる仕組みです。そもそも商品は注文を受けてから発送するため、仕入れ代は必要のない販売方法ですので、立て替え払いをすることはまずないはずです。このわかりづらさをうまくついた、新手のドロップシッピング詐欺(DS詐欺)の手口といえます。

立て替え払いの振り込み先は、すべてネット専用銀行

昨年末に梨田さんはドロップシッピングを始めます。

「仕入れ値に20%ほどを上乗せした値段で、ショップに商品を載せました。すると100ドル(約1万3000円)くらいの注文が複数入ってきます。まあ、この位ならと思い、立て替え払いをしました」

梨田さんの最初に立て替えた金額は、約50万円ほどです。

振り込み方法について尋ねると、国内のインターネット専用銀行でした。

業者から指定された口座にお金を振り込むと、後日、ホームページ内のウォレットに振り込んだお金と利益分が加算されて反映されるようになっています。しかし振込先の口座名義は業者名ではなく、個人口座だったそうです。全部で15の個人口座に振り込みましたが、すべて日本人名だったそうです。振り込み先が個人名の場合は、詐欺を怪しむべきポイントの一つになります。

次々に注文が入る

それにしても、梨田さん自身に値段をつけさせて、商品をチョイスさせて、ショップに並べさせるなど、自分で行動して儲かっている印象を植え付けるという巧みな手口といえます。しかも商品の売り上げ金額はサイト上に反映され、商品は注文者のもとにいっていることがわかりますので、もう一つの「商品を送らない」という詐欺の疑念も消えることになりました。

「最初は、10個位の商品を並べていましたが、もっと増やしてみようと思い、90個の商品を並べました。すると次々に商品の注文が入るんです。しかし売れた分だけ、仕入れ代金を払わなければなりません。これはまずいと思って、その後、並べる商品を削りました」

何時何分何秒で注文、発送されたかがわかるような仕組みに騙される

巧妙な点は、すでにショップを開設する前に、客が注文した場合、梨田さんは2日以内の立て替え払いの約束をさせられていたことです。また事細かに注文の状況がわかるようになっていたとも梨田さんは話します。

「お客さんの注文が私のショップでいつなされたのか。発注したのが何時何分なのか、秒単位で表示されます。そしてお客さんにいつ配送されたかも、詳細に出ます。その後、お客さんがお金を振り込むと『入金されました』という連絡もきて、サイトのウォレットをみると確かに利益分が反映されているのです」

結局、梨田さんは9000件ほどの注文を受けることになりました。注文の入った商品の代金は払わなければなりませんので、立て替えた費用は3000万円ほどになっていました。もはや、手元の資金が尽きていましたので、これ以上の注文には対処できず、1カ月ほどで、お店を閉めることになります。

さらに詐欺の魔の手は伸びる

サイト上の売り上げ金額は、USDT(テザー)の表示で、日本円で8000万円を超えています。柴田さんがお金を引き出そうとすると、DSの運営サイトから「税金として、利益の出た分の10%払いなさい」といわれます。

この辺りは、SNSで出会った相手から紹介された偽投資サイト詐欺の手口と同じです。投資で儲かった分を引き出そうとすると、その分の税金を払うようにいってきます。真面目な梨田さんは税金代として約500万円を支払いました。しかし一向にお金は引き出せません。

「お恥ずかしい話、最後の最後まで詐欺だとは思わなかったです。単に運転資金が足りなくなって、事業がうまくいかなかっただけと思っているわけです。後になって、サイト自体が架空であり、客の注文も架空だったことがわかりますが、すべてが嘘であるにもかかわらず、精緻でもっともらしいデータ処理をキチンとやっているように見せかけているところに、この詐欺の巧みさと恐ろしさを感じます」(梨田さん)

被害にすぐに気づけない。ここにDS詐欺の怖さがあります。

「死んでしまおう」と思った 奥さんの一言で救われる

出金ができないどころか、さらに運営サイトはお金を要求してきます。ここでようやく、詐欺だと気づき警察に相談に行きました。しかしこの手口が新手ということもあって、警察の対応は芳しくなく、半年ほどかかって嘘の税金を払わされた部分のみで被害届を受け取ってもらえました。

そこで聞かされたのは、最後の約500万円の入金は、1分以内に出金されて別な口座に移っている事実でした。用意周到に仕組まれた詐欺のいったんがみえてきます。

詐欺に遭ったという絶望のなか、梨田さんは、「死んでしまおう」と思ったといいます。そこで、奥さんに詐欺被害を打ち明けます。

奥さんからは「定期預金も残ってるし、老後は大丈夫。あなたが一生懸命に働いたお金で失敗したんだから仕方がないよ」と突き放さずに、温かい言葉をかけてもらえたことで、死ぬことだけは思いとどまりました。

「あの時、うちの家内が『あんた何でドジったのよ。この定期預金は私が持っていくわ』と、家を出ていかれたら、たぶん私は死んでいたと思います」と、深刻な表情で当時を振り返ります。

心のなかで死をも考えさせるほどの、卑劣で新手なDS詐欺が、この瞬間も私たちを狙って近づいてきています。

詐欺・悪徳商法に詳しいジャーナリスト

2001年~02年まで、誘われたらついていく雑誌連載を担当。潜入は100ヶ所以上。20年の取材経験から、あらゆる詐欺・悪質商法の実態に精通。「ついていったらこうなった」(彩図社)は番組化し、特番で第8弾まで放送。多数のテレビ番組に出演している。 旧統一教会の元信者だった経験をもとに、教団の問題だけでなく世の中で行われる騙しの手口をいち早く見抜き、被害防止のための講演、講座も行う。2017年~2018年に消費者庁「若者の消費者被害の心理的要因からの分析に係る検討会」の委員を務める。近著に『信じる者は、ダマされる。~元統一教会信者だから書けた「マインドコントロール」の手口』(清談社Publico)

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