「第三の企業年金」は成立するのか~帯に短したすきに長し?

厚生労働省(写真:アフロ)

■第三の企業年金という一見魅力的なキャッチコピー

日本経済新聞、2015年7月23日朝刊に「第3の企業年金 創設」という見出しが躍りました。なかなか魅力的なキャッチコピーです。

一面トップですが記事の種類としては観測記事のタイプです。これから厚生労働省が検討を行う、秋に全体像が示され政令の見直し(つまり法律改正は不要という意味合い)を行い2016年度からスタートの見込み、という書きぶりです。

まだ具体的な概要は煮詰まっていないが、すでに議論や提言されてきたものを実現に向けて動き出したのだ、ということでしょう。

企業年金の専門家として、また個人のマネープランへの影響を考えるファイナンシャル・プランナーとして記事の解説と方向感をコメントしてみたいと思います。

■現在ある2つの企業年金の概略をまず確認する

企業年金とは文字通り企業が実施する年金制度のことで、退職金の一部ないし全部を会社が年金化して支払う仕組みです。

現在ある代表的な企業年金制度は2つです。ひとつは確定給付企業年金、もうひとつは確定拠出年金です。(細かくいえば厚生年金基金、中小企業退職金共済等もありますが、ここでは分かりやすく2つに絞って説明します)

確定給付企業年金は今年の3月末で782万人が利用している制度で、これは会社員の5人に1人にあたります。特徴は「積立・運用・管理は会社がすべて行う」ということです。社員は特に手続き等を行う必要もなく、受取時までお任せすることができます。受取終了までのあいだも運用等の管理を行う必要はありません。

確定拠出年金制度、いわゆる日本版401kは2015年4月末時点で約530万人が利用している制度です。これは会社員の7人に1人くらいに当たります。特徴は「自己責任」ということで、制度の仕組み作りと毎月の掛金入金は会社が行うものの、運用判断は社員がひとりひとり自分で決定します。毎月の掛金で購入する金融商品を指図し、売買の注文も個人が指図します。運用結果は個人の判断によって変わってきますので、失敗した人はその減った額を、運用が好調であった人は増えた額をそれぞれが将来もらう仕組みです。

こう比較すると、確定給付企業年金のほうが社員にとっては楽ちんな制度のように見えますが、それは裏を返せば会社にとってはしんどい制度ということです。資産運用のリスクを負っていますし、制度上マイナスで社員に返すことはできないため、必ずプラスにしなければなりません。時期によっては会社は大きな負担を強いられます。特にリーマンショックの直後はマイナス17.8%の大きな損失を出し、その埋め合わせが企業の大きな負担となりました。

特に上場企業では、企業年金の積立不足は企業の債務として決算に反映する必要があり、運用の失敗は株価にも影響するようになっています。

流れとしては、確定給付企業年金は伸びず(ここ数年は頭打ち)、確定拠出年金が増える(ここ数年は毎年数十万人増える)という案配です。

■会社が運用するが結果は社員が負うのが「第3」という意味?

確定給付企業年金は会社にとってキツい、確定拠出年金は社員にとってキツい、というのが今までの基本的な整理で、「第3の年金」では社員と会社が負担のシェアを行う仕組みを考えているようです。

報道によれば、確定給付企業年金と同じところは「会社が掛金を出す」「会社が運用を行う」「会社が資産を一括して管理する」というところで、違うポイントは「運用リスクは労使が分担」となっているところです。ちなみに確定拠出年金と同じ説明となっているのは「年金額は運用次第で変動」です。なお、同種の議論は、昨年の社会保障審議会企業年金部会でも行われており、おおむね同じ流れでした。

一見すると「難しいことは会社がやってくれる」「結果については社員も責任をシェアする」、というイメージで、いいとこどりしたせいどのように見えますが、実はそう簡単な話ではありません。

運用を集団運用で行うが、その結果はよかれ悪しかれ、すべて社員のみが負う、というシェアであれば、最初から確定拠出年金にしてもいいわけです。第3の年金でもよいという人は「運用は不得手で自分ではできないので任せたい」という層になります。

逆に質問をしてみましょう。「自己責任だがうまくいったら増やした分が自分だけ全部のものになる確定拠出年金」と、「連帯責任で運用され、うまくいかない場合はマイナスであろうと受け入れる第3の年金」のどちらがいいでしょうか

■ガバナンス的心配はおそらく無用だがむしろ問題は2つ「確定給付」とみなされること、マイナス運用の取り扱い

この新聞記事について「こんなものは持ち合い株をつぎ込むのがオチで、株価の騰落が社員に押しつけられるろくでもない制度になるだろう」と懸念を述べる人がいました。運用結果は社員が負うとすれば適切な資産運用をしてもらわないと困るわけで、こうしたガバナンス体制(制度運営体制)の確立は重要です。しかし、過度の心配は杞憂であろうと思います。

そもそも現在の確定給付企業年金でもそういう運用は不可能で、第3の年金についても同等の分散投資の規制が課せられることになるはずです。

それよりも、「第3の年金」の最大のポイントは2つあります。

1つは会計基準上、これを「確定給付」とみなすか「確定拠出」とみなすかということ。もう1つは「マイナスの運用局面のツケまで社員に負わせるのか」というところです。

すでに説明したとおり「確定給付」とみなされると、積立不足は企業の債務とみなされるため、株価に悪影響を及ぼします。世界的に確定給付タイプの企業年金が流行らない理由はそこにあります。確定拠出とみなされると、その運用責任は個人にあるので企業債務とならないため、「第3の年金」は確定拠出扱いされることが期待されます。

しかし、会計基準的にはおそらく、「第3の年金」は確定給付とみなされるのではないかと思います。もしそうなれば、純粋な確定給付より債務額は小さくなると思われるが、企業が喜んで採用するかは微妙なところです。結局のところ、制度の導入の可否を最後に決めるのは経営者であるからです。

また、マイナスの運用結果が生じたとき、すべて社員に押しつけもいいかどうかも、制度のひとつの分岐点です。従来の「確定給付」型の企業年金はマイナスの運用結果を社員に還元してはいけないこととしています。最悪であっても、会社が出した掛金額合計くらいは返せ、ということです。

普通に運用すれば平均的にはプラスリターンになるのですが(リーマン後の損失も結局はアベノミクス相場でプラスに回復している)、短期的にはマイナスになることがありえます。運用期間が短い場合の若い方が中途退職した場合や、大暴落相場の直後に退職して一時金受取を希望するとマイナスがあり得ます。

また中長期的にマイナスが回復しない場合、全員を対象に給付を引き下げるようなアプローチも考えられます。これもマイナス運用の結果をどう社員側に負ってもらうかという仕組み作りの問題です。

マイナスでも受け入れるように、というのは確定拠出ではすでに実現しています。こちらは最初から運用の判断そのものを委ねているので、結果について受け入れることも可能ですが、第3の年金の場合、運用担当者は会社の誰かがやって、マイナスのときだけ結果は社員が負う、というのは受け入れがたいかもしれません。感情的問題も含めて労使間で解決する必要があるでしょう。

■個人にとっての影響~できる人ほど役に立たない選択肢という難しさ

個人のマネープランにとっての影響を最後に説明します。

個人にとっては、退職金や企業年金は1000万円を超えることもしばしばであり、上場企業では2000~3000万円に達することもあります。財産形成として考えると金額は大きいものがあります。しかし、個人にとっては意識が希薄な「金融商品」です。

第3の年金について、簡単にいえば「自分で運用できる人にとっては、まったく無用」な仕組みです。自己責任で運用し、自分の運用成績がすべて自分の資産増に直結する確定拠出年金にしてくれればいいからです。実際に確定拠出年金年率10%以上の運用成績を出している人は1割弱います(年5%以上なら4人に1人が該当するので、実は確定拠出年金でうまく稼いでいる人は多い)。むしろ第3の年金のほうが運用成績が下がるかもしれません。

一方で、確定拠出年金で「よくわからないので全部定期預金でいいや」と言う人(これはこれで約4割いる)の運用成績は年0.2%程度です。こうした「自分で運用できない人」にとっては、確定給付企業年金のほうがいいといえます。第3の年金であっても、平均的には年0.2%は上回ることでしょう。

会社が実施する企業年金であるため、個人レベルで制度の好みを選択できないのが残念ですが、自分の会社がどちらの制度を選択するのか、また選択した制度のメリットとデメリットはどこにあるのか、自分の老後資産形成に役立てていきたいものです。