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棄国(キコク)…若い世代に日本を捨てる選択を迫る現状

鈴木崇弘一般社団経済安全保障経営センター研究主幹
自分を活かす場所・国は自分で選択できる時代が来ている。(提供:アフロ)

 筆者は、日本を良い社会であると今も思っているし、今後もその社会をよりよいものにしたいと考えている。そのことを前提にして、本記事を書いていることをご理解いただきたいと思う。

 筆者は、1988年に米国の雑誌“The Futurist”に“A Hollow Future for Japan?(空洞化する日本の未来)”という短い論考を寄稿した。同論考は、その時の時代状況に基づいて書いたものである。

 当時は、1985年のプラザ合意以降の急速な円高の進展等を背景にして、日本の製造業の生産拠点の海外への急速な移転等が起き、国内生産量が減少すると共に、研究開発拠点も海外への進出が続き、国内雇用減少および技術水準の低下の恐れから、産業の空洞化問題が論じられたのである。

 そのような状況から、日本では、創造性や社会的活力が失われ、ひいてはキャリアの多くの機会が減少し、若く有能な人材が海外に移住してしまう危険性・可能性を論じた。

 その推測は、その後必ずしも当たっていたとはいえないが、最近起きていることや今後を考えると、やや異なる意味ではあるが、残念ながら当たりつつあるかのように感じる。

 スイスのビジネススクール「IMD」が毎年発表している「国際競争力ランキング」では、1989年から4年間は、アメリカを抜いて日本が第1位だった。ところが2002年には30位に後退し、2019年でも30位であり、2020年版では34位にさらに下落した(「図表:IMD「世界競争力年鑑」2020年 総合順位」参照)。

日本の国際競争力は確実に低下してきている。
日本の国際競争力は確実に低下してきている。

 また米国のビジネス誌『フォーチュン』が毎年発表の「フォーチュン・グローバル500」は、グローバル企業の収益ランキング・ベスト500を示しているが、1989年には日本企業は111社もランキングインしていたが、2019年版では52社に減少した。

 さらに科学技術力も、この30年で大きく衰退してきている。 研究者の発表論文がほかの論文にどれだけ引用されているかを示すデータ「TOP10%補正論文数」においても、日本の研究者は、1989年前後には世界第3位だったが、2015年にはすでに第9位へと転落したのである。

 このようにして、日本は、この30年で、企業・ビジネス、仕事・キャリア、研究などの多くの面で魅力を失ってきている。

 他方、1989年11月に、東ドイツ政府が国民の西ドイツへの出国を認め、ベルリンの壁が崩壊し、分断国家のドイツが統一されて、東西冷戦の時代は終わりを告げた。

 そして、そのベルリンの壁崩壊1ヶ月後の12月、ジョージ・H・W・ブッシュ米国大統領とソ連のミハイル・ゴルバチョフ・ソビエト連邦最高会議議長兼ソビエト連邦共産党書記長が、地中海のマルタ島でマルタ会談を行い、冷戦の終結を宣言し、これにより東西冷戦構造は終了した。

 これに伴い、国際社会は、グローバル化し、グローバル経済等が進展してきた。  

 その結果、ヒト、モノ、カネなどは容易に国・国境を越えて、移動・移転できるようになってきていた。それと共に、入管システムの柔軟化および効率化などや、各国の生活水準の上がる人口数・層の拡大も起き、それらのことがその傾向をより促進した(注1)。

 さらに、ICTなどのテクノロジーの新たなる展開やLCCなどの新しいシステムの誕生などは、人、モノ、カネに加えて、さらに情報などの移動・移転、国際的な活用なども容易化・安価にさせてきたのである。

 このような結果、ビジネスや研究などは、自国で行うよりも、自身や自社にとってより優位な地域・国において行う方が、より短期でかつより大きな成果がでるような状況や環境が生まれてきたのである。

 このことは、やる気と能力・才気に溢れた若い世代にとって、変化が起きず、新しい世代に制約の大きい日本は、自分を活かすには魅力のない社会・国になってしまうことを意味するのだ。そのことは、若い世代、特に有能な若い世代が、日本を棄てるという選択をする可能性がありうるということである。つまり、若い世代が、「国を棄てる」、「棄国」するということである。

 その萌芽は既にある。

 例えば、先日ノーベル物理学賞の受賞が決まった真鍋淑郎米国プリンストン大学上席研究員は、当初日本人のノーベル賞受賞といわれたが、1975年に米国国籍を取得し、実は米国人だった。真鍋氏は、日本ではまわりを気にしてできないが、「アメリカではやりたいことをできる」と指摘している(注2)。

米国籍の真鍋淑郎氏がノーベル物理学賞を受賞した。
米国籍の真鍋淑郎氏がノーベル物理学賞を受賞した。写真:ロイター/アフロ

 また日本の大学の研究環境の悪化により、分野にもよるが、日本人の若手や中堅の研究者が、海外に活路を求めるようになってきている。ここ10年以上の流れとしてはアメリカやEU諸国を中心にした活路を求めてきたが、近年では若手・中堅を中心に中国における日本人の基礎研究者がわずかではあるが増えつつあるという意見も出てきている。それは、中国における近年の研究能力の向上や研究環境・条件の改善・向上があるからだ(注3)。

 また、これは飽くまでも個人的な感触だが、筆者の周りの特に優秀な若い世代は、日本の高校等を卒業後、日本の大学よりも欧米の優れた大学へ進学を希望する者の数が確実に増えているように感じる。その多くは、卒業後に日本に帰国し、頑張りたいという者が多い。しかしながら、彼らが若いうちから、ダイナミックに変化し自分を活かしてくれる可能性の高い海外で学び経験を積んだら、いつまで経っても変われない日本に魅力を感じて戻ってくれるか、大いに疑問に感じるところである。

若い世代の活躍には期待したい。
若い世代の活躍には期待したい。写真:アフロ

 筆者は、日本は今後ともユニークで、豊かな社会であってほしいと考えている。その意味でも、日本の若い世代が、日本と海外をつなげて活躍して、ビジネス、研究、文化、政策などの様々な面で、独自で、魅力的で、ダイナミックな変化も起きうる社会であり続けてほしいと考えている。そのためには、若い世代が、もっとチャレンジでき、活躍できる環境を、今こそ大胆に整備すべきなのではないだろうか。

 それができなければ、残念ながら、若い世代は、「棄国」を選択する可能性は高いといわざるを得ない。

(注1)今般のコロナ禍は、ある意味で、この30年ぐらいのグローバル経済やグローバル化への警鐘・警告であったし、改めて「国」「国境」というものの意味を国際社会に問いかけるものであった。コロナ禍がたとえ明けても、今後の「グローバル経済」や「グローバル化」は、これまでのそれとは大きく変化する可能性は大いにありうる。他方で、ヒト、カネ、モノ、情報の国際社会における移動・移転の量および速度は、今後も拡大、加速化すると考えられる。

(注2)「真鍋淑郎さんは、なぜ米国籍にしたのか。『日本の人々は、いつも他人を気にしている』」(ハフポスト日本版編集部、ハフポスト、2021年10月6日)参照。

(注3)「中国の大学に移った日本人研究者が明かす『海外流出』の事情…『高給につられて中国へ』は誤解」(服部素之、PRESIDENT Online、2020年10月2日)参照。

一般社団経済安全保障経営センター研究主幹

東京大学法学部卒。マラヤ大学、イーストウエスト・センター奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て、東京財団設立に参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・フロンティア研究機構副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立に参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。㈱RSテクノロジーズ 顧問、PHP総研特任フェロー等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演等多数

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