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コロナ禍の中での観光業における新たなる試み―中国のTrip.comグループの動きを中心にして―

鈴木崇弘一般社団経済安全保障経営センター研究主幹
コロナ禍の観光ビジネスにおける新しい試み 写真:Trip.comグループ提供

 コロナ禍は、世界的にもいまだ先行きが読めない状況にある。他方で、多くの国や地域で、そのコロナ禍のために、経済や社会が疲弊し、多くの企業の倒産・廃業、多くの人々が職を失い、多くの生活困窮も生まれている。

 また長引く自宅待機や外出自粛などへの辟易感も生まれ、「ニューノーマル」などと言われるように従来とは異なる日常生活が叫ばれ、その方向に向かいつつはあるが、以前のような経済・社会に戻ってほしいという期待や要請さらにその必要性も生まれてきている。 

 さらに国や地域によっては、新型コロナウイルス感染が抑えられ経済活動が再開されつつもあるが、それがゆえにコロナ禍の第二波などが起き、社会・経済活動の自粛・規制が再度行われている国や地域も生まれている。そして、コロナの感染は、累計ですでに世界で1千万人を超えており、これまでは欧米の先進国を中心に増えていたが、6月に入ってからは、新興国および途上国の感染者類型が先進国の数を上回るような事態になってきている。日本国内でも、ここ最近感染者数が首都圏で増加している。

 このように、コロナ禍は、いまだワクチンが完成されていない中その第二波や第三波の危険性を残しながら、新たなるステージに入ってきているのである。

 

 いずれにしても現在もこれからの先行きを見通すことの難しいコロナ禍であるが、別の記事や論考でも何度も書いたように(注1)、このコロナ禍においては、分野によっては実は活況を呈しているが、経済全体は大きな打撃を受け疲弊している。そのなかでも、人の移動が国内外に完全あるいはほとんど止まった今年3、4月は、観光業はとりわけ全世界的に活動がほぼゼロになっていた。

 しかしながら、世界中で、国内地域ばかりか、国も越えて人的移動の制限なども徐々にではあるが緩和されてきている。このことは日本も同様で、国内の各地の観光地や観光施設が営業再開をし始めている。またインバウンド観光はいまだ難しいが、それでもベトナム、タイ、ニュージーランド、オーストラリアとの入国制限緩和の動きが始まっており、すでにベトナムとの渡航や入国が開始された。さらに7月中にも台湾、ブルネイとの間のビジネス往来再開に向け協議を始めるという。また欧州委員会も、7月1日からの渡航制限の段階的解除による観光客やビジネスにおけるEU受入国リスト(日本含む15カ国)を公表した。

 また、多くの国や地域の観光業や観光施設は、ウィズコロナを見据えて、近郊の観光を中心に動き始めているが、コロナ禍で最悪の時にも、そのなかのいくつかの国や地域あるいは観光施設では、アフターコロナを視野にいれた様々な取り組みを行ってきていた。

 そのなかには、HP、SNSやYouTubeの動画等などを活用した、情報発信や情報提供などがある。それを観ると、アフターコロナ時に、当該の地域や施設等に観光に来てくれるように誘っているのがわかる。たとえば、海外では、「ハワイ州観光局のおうちでハワイ」「スイス政府観光局」など、また日本では「(自宅で入浴体験)有馬温泉湯めぐりVR」などがあげられる。そのいずれもが、アフターコロナ期になればぜひ訪れたいという気持ちを駆り立てている。そして、中国では、このコロナ禍の中ヴァーチャル旅行がにぎわっており(注2)、さらに世界的には、「ヴァーチャル・ツーリズム」という言葉も生まれているようだ(注3)。

 このような中、観光業界でもう一つ注目すべき動きがある。それは、中国のTrip.comグループ共同設立者にして会長のジェームズ・リャン(梁建章)氏の手法だ。

 同社は、インターネット上だけで取引を行う旅行会社であるOTA(Online Travel Agent)であり、中国のOTAの内のシェアが67.7%であり、他の外資OTAと並ぶトップ3の一つであり、2019年の総取引額は8,560億CNY(13兆3600億円)、売上高357億CNY[人民元](5,514億円)であるナスダック上場企業である。

親しみやすい感じのリャンTrip.comグループ会長 写真:Trip.comグループ提供。以下同様。
親しみやすい感じのリャンTrip.comグループ会長 写真:Trip.comグループ提供。以下同様。

 また、リャン会長は、1991年から1999年までオラクル社に勤務し、米国と中国で多数の技術職と管理職を歴任し、1997年から1999年までは、オラクルチャイナのERPコンサルティング部門の責任者を務めた。その後、Ctrip.com International Ltd. (現Trip.com Group Ltd.)を設立。卓越した先見性と強いリーダーシップのあるリャン会長は、自身の技術的経験も活かし、同社のコールセンターをオフラインからオンラインへ、デスクトップからモバイルへの移行に成功させると共に、いくつかの主要業界に戦略的な投資を行い、新しいビジネスモデルを構築・投資し、業界をリードする運用基準とプロセスを確立させ、Trip.comグループを世界最大級のOTA企業にまで成長させ、長年歴史的な業績を成し遂げてきた。リャン会長は2000年から2006年および2013年から2016年の間にCEOを務めた。また同会長は人口統計学と社会学の専門家でもあり、北京大学では、経済学の研究教授も務めている。

 要するに、Trip.comグループはすでに大企業であり、リャン会長はハイ・スペックの人材なのである。

 このような人材が、コロナ禍のために停止していた観光ビジネスの時期からそれが急速に復興する時期において、旅行業界での安全・安心への新しい対応を打ち出しつつ、デジタルを活用した新しいマーケティング手法を開発し、中国各地を回って、自らがパフォーマンスを行い、その地域のホテル商品を紹介している。その際には、ホテルからの最大60%の割引を得るなどして、ホテル宿泊の誘客や経営にも貢献している。さらに観光業ビジネスの回復と拡大に大いに貢献しており、中国で非常に話題になっている。

ライブ配信のポスター
ライブ配信のポスター

 より具体的にはいえば、リャン会長自らがKey Opinion Leader(キーオピニオンリーダー、KOL)、つまりインフルエンサーとなり、ライブ配信を行って旅行商品を販売するというデジタルマーケティングの新しい取り組みである「Trip.com LIVE」を始めたことである。

 この試みの重要なポイントは、「大手企業の会長自らが前面に立ち販売を行っていること」であり、「ターゲットを若者層向け」とし、「若者に受けるようにパフォーマンスを盛り込み」、「パフォーマンスは旅行商品に合わせて毎回変えること」などを実施していることである。

ライブ配信の様子
ライブ配信の様子

 リャン会長の行うパフォーマンは、日本の「ジャパネットたかた」創業者の高田明氏が行っていたように自ら出演し、その土地毎の民族衣装やテーマに合わせたコスプレをし、自らダンスをしたり、ギターで演奏したり、歌ったりもして、先頭に立ち観光ビジネスのパフォーマンスをするものである。そのパフォーマンスは、WeChatというインスタントメッセンジャーアプリで配信している(注4)。

ライブ配信の様子
ライブ配信の様子

 筆者もそのパフォーマンス動画を実際に観たが、「Cool(カッコいい)」というよりも、ベタで、その人物像からは想像できないような「フレンドリーな感じ」(Trip.comグループ日本の松原歩広報部長の言葉)なのである。

 リャン会長は、中国本土において、3月末から6月末までの過去3か月に15回のライブを配信し、このうち14回までの累計は3000万人の視聴者、GMVは5.6億CNYに達している(Trip.comグループ提供情報)という。この会長自らによる親しみやすいデジタルマーケティングやデジタル戦略は功を奏し、3月に開始して以来、「魅力的な割引」や「柔軟なキャンセル可能な対応」で、新規の顧客の獲得と既存の顧客の再活性化を行い、ホテルの売り上げは最大2000%の予約増加となり、国内のホテル宿泊の売り上げに貢献し、同社の営業活動にも大きな成果を生んでいるという。このようにして、旅行者(特に若者層)の意識を高めて、旅行業界を活性化させ、各地の地域経済に貢献しているとのことである。

 また、6月からは、海外市場でも「Trip.com Live」を開始した。6月には韓国で既に配信し、今後8月までにかけて、タイ、シンガポール、マレーシア、べトナムなどでも配信予定である。日本でも、7月に開催予定(注5)。なお、中国国内向けLiveにはリャン会長自らが出演するが、海外市場では各地・各国のKOLが出演するライブを実施する予定だそうだ。

 

 本記事で紹介した情報の発信で共通することは、実際に観光地を訪れることが難しいあるいは徐々に移動規制が緩和されてきているが従来とは異なる「少人数、短期間、プライバシー、清潔さ(少・短・プ・清)」が持てる観光・旅行が歓迎される中、ヴァーチャル・リアリティー(VR)YouTube等の動画、デジタルなどがキーワードとなるテクノロジーを活用して、観光や「少・短・プ・清」の厳しい条件の情報提供がなされていることだ。これによって、視覚的にも臨場感を持ちながら「体験」したり、気分を刺激して、当該の観光地に行きたいという意欲を駆り立てたり、安全かつ安心して観光や旅行を楽しめるような状況や環境を生み出しているということである。

 さらに、上述したリャン会長の試みでもう一つ特筆すべきことがある(注6)。

 それは、Trip.comグループ日本の松原広報部長によれば、「リャン会長自身が出演するのは、経営者としてコロナの危機に、自らが先頭に立ってリードしていくという意志の表れです。トップが自ら率先して前線に立つということが、この危機を乗り越えるには不可欠であるという会社の内外に向けたメッセージです」だという。コロナ禍のような前代未聞の危機的状態であり、そのなかでも最も打撃を受けている観光ビジネス業界においてだからこそ、このようにリーダーが自ら行動し、企業・組織そして業界を前向きな方向に向けていくことを仕掛けていくことが必要とされるのであろう。このリャン会長の行動力やリーダーシップについては、日本の多くの企業・組織さらに業界でも学ぶべき点があるといえるだろう。

 今後とも、Trip.comをはじめとする観光ビジネスが今危機的状況になるからこそ、その新しい動き・試みや可能性に注目していきたい。

 また日本の観光ビジネスにおいても、本記事で紹介したような企業や人材の動きや活躍が出てくることを期待したい。このコロナ禍は、大きな危機であり大きな困難だが、実はなかなか新しいビジネスになりきれない日本の観光ビジネスが、チェンジ(Change)し、今後さらなる成長ができるチャンス(Chance)になるかもしれないということも、思い起こすべきだろう(注7)。

(注1)感染症を含めたインバウンド観光におけるリスクに関しては、例えば次の拙記事参照のこと。

「『新型コロナ』で危機直面『インバウンド観光産業』の深刻度」フォーサイト 2020年3月13日

「コロナ禍での消費者の旅行・観光への意識を踏まえて観光業が今すべきこととその可能性」 Yahoo!ニュース 2020年5月8日

(注2)中国におけるヴァーチャル旅行については、次の現地報告を参照のこと。

「アフターコロナの中国で成長する【バーチャル展示会‐バーチャル旅行】」加藤勇樹 note 2020年5月24日

(注3)これについては、次の記事を参照。

“Helsinki's huge VR gig hints at the potential of virtual tourism”the Guardian, 2020年5月20日

(注4)次の記事には、リャン会長のパフォーマンス映像もされている。

「K.C.レオンのロックンロール・スクリームが発売! Ctrip Liveは "旅の618 "」Ctrip黒板

(注5)その詳細は、次のとおりである。

・日 時:7月14日(火)午後9時半~10時半

・出演者:おのださん、Trip.com名古屋オフィス 森下エリアマーケットリーダー

・配信チャンネル:

・おのだ/Onoda さんのYouTubeチャンネル

・Trip.comのフェイスブック

・内容:ライブ配信では、Trip.comが厳選した日本のホテルを最大60%オフの特別割引でご紹介。

・KOLの略歴::おのだ/Onoda(本名:小野田 正史/おのだ まさし)

ホテル、飛行機、クレジットカード、お得なマイルの貯め方・使い方など、旅行にまつわるテーマを全般的に扱うYouTuber。YouTubeチャンネル おのだ/Onodaは2016年11月に開設され、現在のチャンネル登録者は25.2万人。ほぼ毎日更新中。シンガポール航空スイートクラスの動画は154万再生、海の上の旅館guntu(ガンツウ)の動画は64万再生を記録している。

(注6)このリーダーシップのこととも関連するが、SNSでは、何をいうかよりも誰がいうかということがより重要なことが多いが、このTrip.comの試みの場合、中国社会で成功したハイ・スペックなリャン会長が、自ら気取ることなく親しげにパフォーマンスし、語りかけていることからこそ、これだけの成果を生み出しているということもできるのである。

(注7)本記事は、「JSPS科研費JP18K11874」の助成に基づく研究などを基に作成されている。

一般社団経済安全保障経営センター研究主幹

東京大学法学部卒。マラヤ大学、イーストウエスト・センター奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て、東京財団設立に参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・フロンティア研究機構副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立に参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。㈱RSテクノロジーズ 顧問、PHP総研特任フェロー等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演等多数

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