Yahoo!ニュース

安倍総理・自民党は、「民意」の意味がわかっていない。

鈴木崇弘一般社団経済安全保障経営センター研究主幹
安倍総理(写真:ロイター/アフロ)

自民党の高村正彦副総裁は、7月19日のNHK番組で、今回の安保法制に関する、衆議院での審議と強行採決を受けて、多くの世論調査において、安倍政権への不支持率が支持率を越え、第二次安倍政権成立以来最低の支持率になってきている状況を受けて、次のように述べた。

「刹那(せつな)的な世論だけに頼っていたら、自衛隊も日米安保条約改定もできなかった。国民のために本当に必要だと思うことは、多少支持率を下げてもやってきた。これが自民党の歴史だ」。

だが、それは誤った考えだ。

昨年7月1日に、安倍政権は、臨時閣議において、憲法解釈を変更して、集団的自衛権の行使を認める閣議決定を行った。その時期、閣議決定に関して、最近多くの世論調査がなされた。たとえば共同通信の世論調査では集団的自衛権反対は54%(7月1、2日に実施)、朝日新聞の世論調査では集団的自衛権行使容認反対56%、議論不十分76%(6月21、22日実施)などとなっており、安倍政権への内閣支持率も最低を記録し、低下していた。なお、詳しくは、朝日新聞WEBRONZAの拙記事「安倍政権は、平成の「超然内閣」ではないか?」をご参照ください。

このことからわかるように、国民は、この一年以上にわたって、今回の安保法制に関して、納得してきていないのであり、国民世論は決して「刹那的」なわけではないのだ。

しかも、現在の自民党は、以前の55年体制が盤石であった時の自民党とは異なる。そのことは、以下の表からもわかる。

現国会では、自公与党が多くの議席を占めてはいるが、それは飽くまで現在の政治制度の結果であり、野党があまりに支持がないために消去法というか、相対的にその結果を得ているに過ぎない。同表からもわかるように、与党(特に自民党)は、55年体制において自民党が有していた盤石な基盤(当時の自民党は何があっても、国会で過半数を割り政権を失うようなことはなかった)とは大きく異なり、国民から強い支持を得て、政権を得ているわけではないのだ。そして、現在の自民党(あるいは与党)の得票数は、なんと、2009年に自民党が政権を失った時よりも少ないのだ。

そのことは、国民は、民主党政権のあまりの体たらくに、自民党を政権に復帰させたが、本質的に自民党にも大きな期待も支持もしていないことを意味する。

表:比例代表得票数の推移(自公+民主党)     

2009年衆比  2010年参比  2012年衆比 2013年参比  2014年衆比

自民党 18,819,217 14,071,671 16,624,457 18,460,404 17,658,916

公明党  8,054,007  7,639,433  7,116,474  7,568,080  7,314,236

自公計 26,864,224 21,711,104 23,740,931 26,028,484 24,973,152

民主党 29,844,799 18,450,139  9,628,653  7,134,215  9,775,991

総得票数70,370,255 58,453,432 60,179,888 53,229,608 53,334,447

凡例 衆:衆議院 比:比例代表選

同様のことは、現政権である安倍政権への支持についてもいえることである。

2012年12月の衆議選挙の結果、政権の再交代で安倍政権は生まれた。その後の金融政策や財政出動などの経済政策で、日本経済は久しぶりに好転し、これまで国民の安倍政権への支持はある程度高い水準を維持してきた。

だが、昨年の消費税増税以来、またEUにおけるギリシャ問題等もあり、日本経済がもたつき始めており、安倍政権の経済政策(いわゆるアベノミクス)にも、陰りが生まれてきている。さらに、国民の間で反対の多い原発の再稼働もまもなく始まる。

これらのこともあり、安倍政権の内閣支持率は徐々に低下してきており、今回の衆議院での安保法制の審議や採決の結果、本記事の冒頭にも記したように、内閣の支持・不支持率が逆転したのだ。

このような状況を受けて、支持率向上を狙って、安倍総理は、これまた国民の反発が高まってきている建設予算が当初の二倍に跳ね上がった新国立競技場の建設計画の白紙撤回を最近表明した。だが、最近行われた世論調査では、政権支持率の回復には至らなかった。

政権を長期的に維持していくには、内閣支持率の反転・盛り返しが必要であるが、このように考えていくと安倍政権の今後を考えるとそれは容易ではない。また、政権は一度、支持率低下と不支持率上昇により支持率・不支持率の逆転が起きるとそれを反転することは非常に難しい。

安倍総理自身も、第一次安倍政権の経験(特に小泉政権下での郵政民営化選挙での造反組の復党にはじまる国民の政権への不信感のはじまり以降、同政権はほとんど支持を回復できなかった。そのような「潮目」「節目」が重要であり、それを読み間違えると、政権は維持できないのだ)から、そのことは重々承知しているはずだ。

安倍総理は、第一次政権の失敗から学び、2012年の政権復帰以降は、国民にとって最優先事項の経済を優先し、外交等で得点を稼ぎ、国民の支持を得ながら、慎重に運営してきた。だが、安倍総理の関心が高い安全保障や憲法改正に絡む問題に関しては、総理の思いが強いからか、民意に対して粗雑な対応や拙速な動きが目立つといわざるをえないのだ。

筆者の理解では、1990年代以降、日本における政治と国民の関係は大きく変わってきたのだと考えている。それまでは、政治はインナーサークルのゲームに過ぎなかった。そのゲームでは、国民は観客に過ぎなかった。国民が何を言っても、政治は国民に対して必ずしも十分に説明したり、説得したりする必要はなかったといえる。

だが90年代以降はその状況は大きくかわってきており、国民は政治にある意味意思を持ち出してきており、国民と政治の関係が変わってきたのだ。民意の意味が変わり、国民が納得しない政治は継続できないのだ。その結果が、2005年の郵政民営化選挙の結果であり、2009年や2012年の政権(再)交代だったのだ。

政治が、ふり幅の大きな世論だけに振り回されてはならないことはいうまでもない。だが、民主主義では、いかなる課題(たとえ国民が受け入れがたい課題でも)であろうが、政治は国民に出来る限り説明し、出来る限り納得させていくこととそのプロセスが非常に重要なのだ。

今回の安保法制の国会審議をみる限りでは、安倍総理も同法制の審議を与党内でリードしてきた高村自民党副総裁も、そのことや民意の意味の変化を十分に理解しているとはいえないのだ。

民主主義は、「民意(政治的要請)」と「(複数の)専門性」のバランスを取って運営していくものだ。その意味では、専門の議論も重要だが、やはり民意をどのようにして受け入れ、あるいは形成していくかが要諦なのだ。民意を聞くことは、決して「ポピュリスト」ではない。政治が自分の立場や主張が正しいと信じるなら、国民を説得していかねばならないのだ。安倍総理や与党自民党には、その点をよくよく理解していただきたいと考える。

筆者は、日本の政治にとって、9月は「魔の月」「激動の月」だと考えている。それは、近年は9月に大きな政治的な動きが起きることが多いからだ。その9月が近づいている。本年9月には、日本政治にどんなことが起きるのだろうか。注目していきたい。

一般社団経済安全保障経営センター研究主幹

東京大学法学部卒。マラヤ大学、イーストウエスト・センター奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て、東京財団設立に参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・フロンティア研究機構副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立に参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。㈱RSテクノロジーズ 顧問、PHP総研特任フェロー等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演等多数

鈴木崇弘の最近の記事