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ハイジュエリー「ショーメ」が繰り広げる 植物をテーマにしたアートの大展覧会@パリ

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
1830年製のティアラ。Woburn Abbeyコレクション(写真はすべて筆者)

1780年創業、パリを代表する老舗中の老舗のハイジュエリーブランド「ショーメ」の展覧会が、いまパリの国立美術学校「ボザール」で開かれています。

仏語でのタイトルは「VÉGÉTAL(ヴェジェタル)=植物」。

副題は「L'ECOLE DE LA BEAUTÉ(レコール・ドゥ・ラ・ボーテ)=美の学校」。会期は2022年6月16日から9月4日までです。

※日本語サイトでは、『Botanical – Observing Beauty』展となっています。

展覧会場はパリ6区、セーヌ河に面した国立美術学校「ボザール」。建物のファサードが展覧会のロゴで彩られている
展覧会場はパリ6区、セーヌ河に面した国立美術学校「ボザール」。建物のファサードが展覧会のロゴで彩られている

最近の記事で、コロナ禍以降、あらゆる分野で「生命への礼賛」というテーマが通底していることをご紹介してきましたが、やはりここでも真正面からそれに向き合っていると感じます。

ハイジュエリーの制作にあたっては、常に植物が大事なお手本でした。形、構造、テクスチャー、色が創造の源になり、数多の名品が生まれてきています。

今回の展覧会は、ジュエリーの歴史的な名品はもちろんですが、アーティスト、科学者、クリエーターらがどれほど植物から、生命あるものたちからインスピレーションを受け、感性を形にしてきたかを多角的に紹介するスケールの大きなもの。

フランス国立自然史博物館、オルセー美術館、ルーヴル美術館、フランス学士院、ヴィクトリア&アルバート美術館など世界各国70以上の美術館や財団、個人コレクションの絵画、彫刻、写真などと、ハイジュエリーのアートピースおよそ80点が展示されています。

ルーヴル美術館の人気作品の一つ、アルチンボルドの絵も会場に
ルーヴル美術館の人気作品の一つ、アルチンボルドの絵も会場に

「ボザール」の広々とした2フロアを使った展覧会の模様は、記事後半の写真でご覧いただくとして、この企画で私が興味深く思ったことを一つご紹介しておきます。

それは入場料金の設定です。

昨今の展覧会のほとんどがそうであるように、入場するにはまずインターネットサイトからの予約が必要です。日時を選ぶと、次の画面では3種類の入場料金を選ぶ案内が表示されます。2ユーロ、5ユーロ、10ユーロ。日本円換算(1ユーロ=137円)で、それぞれおよそ270円、690円、1,370円。このうち各自が好きな価格を選ぶことができます。

2ユーロという額は展覧会の入場料としては破格の安さ。さらに18歳以下、国立の美術系学校の生徒と関係者、アーティスト協会の会員、障がい者、職探し中の人などは無料です。

価格によって見られるもの、できることに違いがあるのでしょうか? 

いえ、そういった差は一切ありません。

一人あたり0.99ユーロの予約手数料を除いた売上の全額は「ボザール」への寄付に充てられるそうですから、入場者が選んだ料金は寄付金額。つまり、主催者は入場料によって収益を上げようとはしていないのです。

このところ、ハイジュエリーブランドが好調だと聞きます。特に高額なものほどよく売れるのだとか…。そういう背景があってこそ、なのかもしれませんが、豊かさの循環がこのような形で繰り広げられていることを実感する展覧会です。

さて、ここからは会場の様子と作品の数々を写真でご覧ください。海外渡航がまだ以前のように気軽ではない今、写真から少しでも芸術の街パリの空気を感じ取っていただけたら幸いです。

会場の入り口。ボザールの建物内部の歴史を感じさせる厳かな雰囲気からスタート
会場の入り口。ボザールの建物内部の歴史を感じさせる厳かな雰囲気からスタート

蔓植物をモチーフにした「ショーメ」1970年制作のネックレスと、アール・ヌーヴォーの中心人物の一人、エミール・ガレの肖像画が一つのケースに飾られた演出
蔓植物をモチーフにした「ショーメ」1970年制作のネックレスと、アール・ヌーヴォーの中心人物の一人、エミール・ガレの肖像画が一つのケースに飾られた演出

樫の木の葉と実が具象的に表現され、アートピースと化したティアラ。1840年の制作。作者不詳
樫の木の葉と実が具象的に表現され、アートピースと化したティアラ。1840年の制作。作者不詳

天井の高い「ボザール」2階部分の展示。洋の東西から集めた絵画、彫刻、テキスタイル、写真作品とハイジュエリーが様々な植物や花、あるいは昆虫などを切り口に各コーナーでテーマ性を持たせながら展示
天井の高い「ボザール」2階部分の展示。洋の東西から集めた絵画、彫刻、テキスタイル、写真作品とハイジュエリーが様々な植物や花、あるいは昆虫などを切り口に各コーナーでテーマ性を持たせながら展示

ラディッシュを象ったブローチ。Henri Vever(1854~1954)の作品で現在は個人コレクション。下はその箱。ラディッシュの種を入れる箱が宝石箱になっている
ラディッシュを象ったブローチ。Henri Vever(1854~1954)の作品で現在は個人コレクション。下はその箱。ラディッシュの種を入れる箱が宝石箱になっている

1885年パリで発行された日本の詩歌の翻訳本の1ページ。PRINCESSE ISSE(伊勢姫)という題が上に見えるが、トンボがテーマになったもので、挿絵は山本芳翠(1850–1906)の手による
1885年パリで発行された日本の詩歌の翻訳本の1ページ。PRINCESSE ISSE(伊勢姫)という題が上に見えるが、トンボがテーマになったもので、挿絵は山本芳翠(1850–1906)の手による

上の詩集のページのそばには1900年頃、ルネ・ラリックをはじめとする複数のクリエーターが制作したトンボのブローチが、山本芳翠の絵さながらに展示されていた
上の詩集のページのそばには1900年頃、ルネ・ラリックをはじめとする複数のクリエーターが制作したトンボのブローチが、山本芳翠の絵さながらに展示されていた

パリ装飾芸術博物館の蔵書になっている長谷川契華の『契花百菊』(1893)も会場に。明治時代の絵師の画力がヨーロッパのクリエーターたちのインスピレーションを刺激したことが伝わってくる
パリ装飾芸術博物館の蔵書になっている長谷川契華の『契花百菊』(1893)も会場に。明治時代の絵師の画力がヨーロッパのクリエーターたちのインスピレーションを刺激したことが伝わってくる

『契花百菊』と同年に、印象派の画家、カイユボットが描いた菊の絵(左)
『契花百菊』と同年に、印象派の画家、カイユボットが描いた菊の絵(左)

バロック真珠を駆使した菊のコサージュ。1900年、Henri Veverの作品
バロック真珠を駆使した菊のコサージュ。1900年、Henri Veverの作品

作品一つ一つに感嘆の声を上げながら見入っている人たち
作品一つ一つに感嘆の声を上げながら見入っている人たち

手前はフィレンツェで17世紀初頭に作られた大理石象嵌細工のテーブル。壁面には、1530–1535年にフランドル地方で製作されたタピスリー。「Mille fleurs(ミルフルール=千の花)」がテーマ
手前はフィレンツェで17世紀初頭に作られた大理石象嵌細工のテーブル。壁面には、1530–1535年にフランドル地方で製作されたタピスリー。「Mille fleurs(ミルフルール=千の花)」がテーマ

鈴蘭のドレスとスカーフ。いずれも「クリスチャン・ディオール」。ドレスは1956年、スカーフは1950年製
鈴蘭のドレスとスカーフ。いずれも「クリスチャン・ディオール」。ドレスは1956年、スカーフは1950年製

ドレスの鈴蘭は刺繍で表現されている
ドレスの鈴蘭は刺繍で表現されている

アイリスを象ったティアラ。「ショーメ」の2016年コレクション
アイリスを象ったティアラ。「ショーメ」の2016年コレクション

1階と2階を繋ぐ大理石の階段のフロア。壁面を飾るのは、1981年生まれのアーティストAlain Butlerの青写真シリーズ
1階と2階を繋ぐ大理石の階段のフロア。壁面を飾るのは、1981年生まれのアーティストAlain Butlerの青写真シリーズ

展覧会場順路の最後のコーナーには現代のアーティストの作品
展覧会場順路の最後のコーナーには現代のアーティストの作品

東信(あずま・まこと)さんの「Block Flowers」(2016年)
東信(あずま・まこと)さんの「Block Flowers」(2016年)

パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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