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ラグジュアリーブランドのSDG's。本気度も桁違い「モエ ヘネシー」の国際フォーラム「生きた土壌」。

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
「モエ・ヘネシー」の国際フォーラム会場(写真はすべて筆者撮影)

「SDG’s」、「持続可能な…」という言葉を聞かない日はありません。

それを唱えていれば時代の波に乗り遅れていないような気になっているのでは? と少々訝っている方もいらっしゃるのではないでしょうか?

けれども、世界的なラグジュアリーブランドは、真っ向勝負で桁違いの取り組みを進めつつあります。

ワインスピリッツ業界の雄、「MOËT HENNESSY(モエ ヘネシー)」が、6月1日、2日に「WORLD LIVING SOILS FORUM(生きた土壌 国際フォーラム)」を開催。それはエポックメイキングとも言える時代の最先端をゆくイベントでした。

(国家レベルのイベント?)と、思ってしまうほどのスケールのこのフォーラムの様子をリポートしたいと思います。

「モエ ヘネシー」といえば、LVMH(ルイ・ヴィトン・モエ ヘネシー)グループの一翼。「モエ・エ・シャンドン」「ドン ペリニヨン」「クリュッグ」「ルイナール」「ヴーヴ・クリコ」「ヘネシー」など、フランスはもとより世界各地に広がる高級酒のブランドを有しています。

LVMHグループ全体が環境問題にかなり敏感で、積極的な取り組みを進めていますが、とりわけ、ワインやスピリッツという、自然の恵みから人の体内に入るものを作っている「モエ ヘネシー」としては、環境問題、気候変動は今、目の前にある危機。「LIVING SOILS(生きた土壌)」というテーマを掲げて具体的な改革を進めてきています。

2022年2月、パリのVinexpoでの様子
2022年2月、パリのVinexpoでの様子

遡ること2020年2月。パリで行われた世界最大のワイン・スピリッツ見本市Vinexpoで、「モエ ヘネシー」はすでに大胆な行動に出ています。

見本市といえば、各ブースでそれぞれの商品を宣伝するのが通例です。けれども「モエ ヘネシー」のひときわ大きなブースに商品はほとんどなく、「LIVING SOILS(生きた土壌)」をテーマに、各分野の専門家たちが意見交換するワークショップの場としたのです。

ブドウ畑の耕作に導入されはじめた電動トラクターが注目を集め、樽材をリサイクル利用したベンチで人々が車座になる会場は、同業他社の人々も自由に出入りしてワークショップを聞くことができるというもの。そこでは、21世紀に入ってから「モエ ヘネシー」が進めてきた取り組みが紹介され、水資源、CO2削減、未来のブランドのマーケティングに至るまで、世界各地の識者たちのディスカッションが行われました。

その会場で、「モエ ヘネシー」CEOでプレジデントのフィリップ・シャウス氏は3つの公約を掲げました。

  1. 2020年末までに、シャンパーニュで自社が所有するすべてのブドウ畑で除草剤の使用を止める。
  2. 持続可能なブドウ栽培へのための科学研究センターを創設。3000万ユーロ(1ユーロ145円換算でおよそ43億5000万円)の投資をする。
  3. ワインとスピリッツの持続可能な未来を共同で構築する議論の場、生きた土壌の学びの場を創設する。

ちなみに、この1ヶ月後にフランス全土がロックダウンになるというタイミングでしたが、Vinexpoの会場でそんな事態を想像していた人はほとんどいなかったでしょう。そして、これまでの2年半、世界がどんな境遇にあったかは皆さんご承知の通りです。

「モエ・ヘネシー」CEOでプレジデントのフィリップ・シャウス氏(2022年2月)
「モエ・ヘネシー」CEOでプレジデントのフィリップ・シャウス氏(2022年2月)

こうした状況下で、シャウス氏が掲げた公約はどうなったのか?

果たして、それはすべて守られました。

1について。シャンパーニュの自社畑では完全に除草剤フリーが実現し、現在は契約農家にも除草剤フリーが広まりつつあります。

2については、2021年秋、シャンパーニュ地方エペルネの東にあるオワリー村にRobert-Jean de Vogüé(ロベール=ジャン・ドゥ・ヴォギュエ)センターがオープンしました。

そして3つ目の公約の実現が、今回の国際フォーラムなのです。

今回の国際フォーラムの舞台になった南仏プロヴァンスの古都アルル。ローマ時代からの史跡が点在する美しい町だ
今回の国際フォーラムの舞台になった南仏プロヴァンスの古都アルル。ローマ時代からの史跡が点在する美しい町だ

アルルの新名所LUMAのシンボルタワーはフランク・ゲリーの設計
アルルの新名所LUMAのシンボルタワーはフランク・ゲリーの設計

舞台は南仏プロヴァンスのアルル。ローマ時代の史跡が点在し、フィンセント・ファン・ゴッホの多くの名画の舞台になったことでも有名な町です。鉄道操車場跡地を再開発して完成したLUMAという新しい施設がフォーラムの会場で、ここに文字通り世界中から人々が集いました。

ローマの円形劇場を連想させるような会場を埋めるのは、NGO、政府機関、研究者、ワイン醸造に携わる人たちや、食の分野の専門家やスタートアップ起業家、ジャーナリスト。そして、グループが誇るシャンパーニュメゾンの社長や最高醸造責任者の面々がいて、フランス料理界の重鎮アラン・デュカス氏らの顔も見えました。

モナコのアルベール2世大公の基調演説があり、国連平和大使でイギリスの動物行動学者ジェーン・グドール氏のビデオメッセージあり。CNNのニュースキャスター、ハラ・ゴラニさんがメイン司会を務め、フランスの前農業大臣も演説をするなど、フォーラムの志の高さが表れています。

同時に、プレジデントも醸造長らも我々も席次の隔たりがまったくなく、皆が木のベンチの思い思いの場所に車座になって座るというスタイルがとても新鮮です。

つまりそれは、一人一人の存在が尊く、誰の意見も同様に貴重なのだというフォーラムのポリシーの表れのようで、これからの真のインテリジェンスのあり方というものを感じさせます。

登壇したモナコのアルベール2世大公
登壇したモナコのアルベール2世大公

演説後、気さくに記念撮影に応じる大公
演説後、気さくに記念撮影に応じる大公

2日間のプログラムは、プレジデント、大公らの基調講演を要所に置きつつ、30余りのワークショップが同時進行で行われるというもの。「土壌とプロダクトクオリティ」、「土壌の生物多様性」、「森林システム」、「水資源の管理」、「新しいビジネスモデル」など各テーマについて、数人の専門家たちが1時間の議論を繰り広げます。

あるワークショップの話し手は別のワークショップでは聞き手の一人になり、各セッションの終盤には必ず質問の時間があるので、その場の誰もが希望すれば発言することができます。自分のプロジェクトで直面している問題についての意見を、その場で直接専門家に求めることも可能で、そういった質疑にさらに別の人の意見も重なって話題が発展していったりします。

車座になってのワークショップ。聞き手の席にプレジデントの姿(右端)もある
車座になってのワークショップ。聞き手の席にプレジデントの姿(右端)もある

ワークショップの具体例をひとつ挙げましょう。

「森林のエコシステム」というテーマのワークショップのメンバーは4人。ステファン・エレール(「Reforest Action」創設者・プレジデント)、ローラン・ボワロ(「ヘネシー」CEO)、フレデリック・デュフール(「ルイナール」プレジデント)、そしてフランスのジャーナリストが進行係です。そこでは、「ヘネシー」と「ルイナール」が取り組んでいる森や木々を再生する取り組みの経緯が示されました。

コニャックブランド「ヘネシー」は、地元の国有林ブラコンヌの森を育成するメセナに着手。オーク材はコニャックの熟成に欠かせないものですが、毎年樽材として必要な分にあたる5ヘクタールのオークの森を管理する一方、フランスだけでなく世界規模で2030年までに5万ヘクタールの森林を再生するという計画です。

そしてシャンパーニュ「ルイナール」は、ブドウ畑の一部を生垣に変える決断をしました。

いずれのプロジェクトも、森林の存在、生物多様性が気候変動に対応する上で不可欠であるという意図からです。

ワークショップで発言する「ルイナール」プレジデント(右)。左は司会者
ワークショップで発言する「ルイナール」プレジデント(右)。左は司会者

「ルイナール」のプレジデントは語ります。

2003年以前、シャンパーニュ地方でブドウの収穫が8月に行われたというのは1回しかありませんでした。9月、あるいは10月の収穫が普通だったのです。けれども、2003年以降すでに6回が8月の収穫。おそらく今年も7回目の8月の収穫になる見込みが大きい。つまり地球温暖化によって私たちの仕事は確実に変化を迫られ、指数関数的にその影響が大きくなってきています。

森林再生プロジェクトを世界で展開しているステファン・エレールさんがシャンパーニュの畑を訪れた時、彼の目には「ブドウ畑の砂漠が広がっている」と映ったのだそうです。そこで、彼のチームは、40ヘクタールある畑を2つに分割すること、二つの間に生垣を作ることの必要性をプレジデントに強く説きました。

「30秒で決断しました」と、プレジデントは語ります。

生垣を作るためにブドウのひと畝450メートルを取り除くことは、当面の経済という視点で見れば明らかに大きな損失です。そこから収穫され、作られるはずのシャンパーニュを失うのですから。けれども、ブドウ以外の複数の草木から成る生垣は、日陰を作り、水を蓄え、小動物や地中の微生物のゆりかごになると同時に、畑の温度上昇を抑える効果が期待できるという将来性に賭けたのです。

ひと畝だけではなくトラクターの働きやすさを考慮して3畝分のブドウを抜きました。実際に生垣を作ってみると、そのすぐ脇のブドウの生育がよくなったのです。というのは、いつもそのゾーンは北風の影響を受けていたのですが、生垣が風よけの役割になった。温暖化対策のつもりが、思わぬ別の効力を発揮したわけで、どうしてもっと早くやらなかったのか、と思ったくらいです。(笑)

2022年3月初めの「ルイナール」のブドウ畑
2022年3月初めの「ルイナール」のブドウ畑

見渡す限りブドウの畝という風景に森や生垣を設けてゆく計画が進行中
見渡す限りブドウの畝という風景に森や生垣を設けてゆく計画が進行中

その生垣プロジェクトのことを、彼らは「corridor de biodiversité (生物多様性の回廊)」と呼びます。

余談ですが、corridor(コリドール)という響きはウクライナでの戦争の初期にフランスのニュースでよく聞かれたものです。それはCorridor humanité (人道回廊)という言葉として。ブドウ畑と戦地というまったく別の話ですから、この連想はあくまで私の個人的な感覚にすぎません。ですが、このフォーラムの文脈で「コリドール」という言葉を聞いたとき、私には、救いの道、命の通う道としてcorridor(回廊)のイメージが重なるように思えたのでした。

「モエ ヘネシー」のシャウス氏は言います。

シャンパーニュ地方は50年間、歴史的にモノカルチャー(単一耕作)でした。シャンパーニュ地方に行くと、見渡す限りブドウ畑という均一な風景が広がっています。けれども新たな生垣は森と茂みとを、ブドウ畑を横切って繋ぐ役割をします。ブドウ畑の中に生物多様性を持ち込むのです。結果としてそれが風景全体を変えることにもなる。シャンパーニュの風景はもっと美しくなることでしょう。

※このフォーラムの話題は次回記事へと続きます。

LUMAの敷地は広大。旧鉄道操車場の建物を生かしつつ、自然を最大限に盛り込んだ設計。まさに今回のテーマにぴったりの場所だ
LUMAの敷地は広大。旧鉄道操車場の建物を生かしつつ、自然を最大限に盛り込んだ設計。まさに今回のテーマにぴったりの場所だ

フォーラム会場の入り口
フォーラム会場の入り口

環境がテーマのイベントだけに、ペットボトルではなく、ガラスのタンクから水分補給。タンクにはミントの葉、ライム、きゅうりなどが入っていたりする
環境がテーマのイベントだけに、ペットボトルではなく、ガラスのタンクから水分補給。タンクにはミントの葉、ライム、きゅうりなどが入っていたりする

パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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