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【世界遺産】フランス皇帝が愛した湯治場VICHY(ヴィシー)1/2 温泉編

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
ヴィシーの街の中心部にある源泉ホール(写真はすべて筆者撮影)

温泉といえば、日本の湯けむりの宿を思い浮かべますが、ヨーロッパにも由緒ある湯治場というのがあって、今年7月、11の温泉都市が新しく世界遺産に登録されました。

チェコ3都市、ドイツ3都市、オーストリア、ベルギー、フランス、イタリア、イギリスがそれぞれ1都市ずつという内訳で、1700年から1930年代にかけて発展したヨーロッパのグローバルなスパ文化が対象になっています。

フランスで唯一選ばれたのがVICHY(ヴィシー)。国土のなかほど、内陸に位置していて、パリからは電車で3時間というところにあります。

なかなか自由に旅ができにくいご時世ですが、今回、地元観光局の協力を得て訪問が叶いましたので、世界遺産の街の空気をお届けします。

取材協力/Auvergne Rhône-Alpes Tourism (オーヴェルニュ・ローヌ・アルプ地方観光局) , Vichy Tourism (ヴィシー観光局)

ヴィシー駅。現在は隣接する現代的な建物が駅としての機能を果たしているが、古き良き時代の面影を伝える建物がいまも美しく保たれ、訪れる人を迎えてくれる。
ヴィシー駅。現在は隣接する現代的な建物が駅としての機能を果たしているが、古き良き時代の面影を伝える建物がいまも美しく保たれ、訪れる人を迎えてくれる。

飲む温泉

そもそもヴィシーの天然ミネラル水は太古の昔から知られていて、ガロ・ローマ時代の開発跡が認められるそうです。ガリアを征服したカエサル一行が発見していたといわれる3つの源泉は、およそ2000年後の現在でも湧き出していて、市内中心部の源泉ホール「Le Halle des Sources(ル・アル・デ・スルス)」で飲むことができます。

5つの源泉水を飲むことができるホール「Le Halle des Sources(ル・アル・デ・スルス)」。5つのうちCHOMEL(ショメル) LUCA(ルカ)、 HÔPITAL(オピタル)の3つは、カエサルの時代からあるもの。
5つの源泉水を飲むことができるホール「Le Halle des Sources(ル・アル・デ・スルス)」。5つのうちCHOMEL(ショメル) LUCA(ルカ)、 HÔPITAL(オピタル)の3つは、カエサルの時代からあるもの。

源泉水は持参した紙コップなどでも飲めるが、専用のバスケット入りご当地グラスもヴィシー各所で販売されている。
源泉水は持参した紙コップなどでも飲めるが、専用のバスケット入りご当地グラスもヴィシー各所で販売されている。

わたしたち日本人は、温泉というとどうしても湯船に浸かることをイメージしますが、フランスでは天然水に含まれた成分を体内に取り込む、つまり源泉を飲むことで効能を生かす方法が注目されてきています。

天井のアール・デコスタイルのステンドグラスから光あふれるホールには5つの源泉水があって、それぞれのゾーンの蛇口から水が出てきます。水温は源泉によって異なりますが、蛇口から出てくる時点ではいずれも飲みやすい温度。成分は重炭酸塩の成分が主体だったり、フッ素の割合が高かったり多種多様で、消化器系、メタボリックな症状などへの効能が期待されています。なかでも特にミネラル分を多く含む源泉「ルカ」は、化粧品ブランド「VICHY(ヴィシー)」の製品にも配合されています。

以前、このホールでは5つの源泉水すべてに自由にアクセスして飲み比べができました。けれども、無謀な飲み方のせい、あるいは体調によって具合が悪くなる人が出たりしたため、現在だれもが自由に飲めるのは「セレスタン」という源泉水のみ。ほかの4つは医師の処方箋のある人、もしくはガイド付きツアー参加者などに限られています。

ホールでたまたま、湯治のために滞在中という男性に会いました。この方は、南仏カンヌ在住ですが、毎年3週間ヴィシーに滞在するのが恒例になっているそうです。

毎年決まって3週間ヴィシーで湯治をするという男性。「この街のいいところは歩いてなんでもできること。テニスもゴルフも徒歩圏ですよ」と、滞在中のヴィシーライフを満喫している様子だ。
毎年決まって3週間ヴィシーで湯治をするという男性。「この街のいいところは歩いてなんでもできること。テニスもゴルフも徒歩圏ですよ」と、滞在中のヴィシーライフを満喫している様子だ。

「最初の年は、3週間の効能が6ヶ月、つぎの年は9ヶ月、3年目には1年中続くようになって、長年の持病の症状がでなくなったんです」と、彼。

蛇口の下にコップを置くと、ちゃんと目盛りを見ながら注ぎ、それを一気に飲み干しました。どの源泉水をどのタイミングでどのくらいの量を飲むのか、という専門医による処方に従っての湯治というわけです。

ココ・シャネルもヴィシーゆかりの人

かつてこの源泉ホールには、それぞれのコップに適量ずつの水を注いでくれる専門の女性(donneuse d'eau ドヌーズ・ドー)たちがいました。ヴィシーの北に位置する街、ムーランで生まれたココ・シャネル、といっても、デザイナーとして有名になる前の若き彼女は、フランスきっての温泉街の劇場に立つことを夢見てヴィシーにやってきます。けれども、歌手としてはうだつが上がらず、この源泉ホールでドヌーズ・ドーとして働いていたことがあるのです。

かつての源泉ホールの様子を伝えるポストカード。源泉水は「ドヌーズ・ドー」によって配られていたことがわかる。この仕事は1960、70年ごろまで続いていたそう。
かつての源泉ホールの様子を伝えるポストカード。源泉水は「ドヌーズ・ドー」によって配られていたことがわかる。この仕事は1960、70年ごろまで続いていたそう。

「セレスタン」源泉水は、ホールだけでなく、歴史的建造物指定のパヴィリオン「Sources des Célestins(スルス・デ・セレスタン)」の中でも自由に飲むことができる。
「セレスタン」源泉水は、ホールだけでなく、歴史的建造物指定のパヴィリオン「Sources des Célestins(スルス・デ・セレスタン)」の中でも自由に飲むことができる。

この場所の上にあったセレスタン修道院の僧侶が、岩から湧き出ている天然水を発見したことからその名があるのだとか。
この場所の上にあったセレスタン修道院の僧侶が、岩から湧き出ている天然水を発見したことからその名があるのだとか。

美しい蛇口から流れ出る源泉水。このまま飲むことができる。
美しい蛇口から流れ出る源泉水。このまま飲むことができる。

ヴィシー郊外にある源泉「DÔME(ドーム)」。
ヴィシー郊外にある源泉「DÔME(ドーム)」。

絶え間なく湧き上がってくる水の温度は66度。飲料としてではなく、トリートメントに使うペーストを作るのに利用されている。容器の表面がまるでオブジェのようになっているが、これは源泉による自然の作用。
絶え間なく湧き上がってくる水の温度は66度。飲料としてではなく、トリートメントに使うペーストを作るのに利用されている。容器の表面がまるでオブジェのようになっているが、これは源泉による自然の作用。

王様の源泉

ヴィシーで最初に湯治施設が作られたのは、アンリ4世の時代のこと。徳川家康と同時代の人で、パリのポンヌフに立派な騎馬像のある美男の王様です。その彼の時代に、ヴィシーには「Maison du Roi(王の家)」という建物ができました。

1730年頃の「Maison du Roy(王の家)」の様子を伝えてくれる版画。
1730年頃の「Maison du Roy(王の家)」の様子を伝えてくれる版画。

王様は温泉の重要性に着目し、フランスの天然源泉をすべて国有にします。この伝統は今も続いていて、先のヴィシーのホールにある5つの源泉も郊外のオブジェのような源泉も現在まで国有財産になっています。

ところで、「王の家」は、ささやかな家のようなものですが、ともかくもそれが最初の湯治場。しかも王様の湯治場となると、ヴィシーに貴族が訪れるようになります。1676年、77年と2年続けて湯治にきたマダム・ドゥ・セヴィニエの手のリウマチが治ったことが評判になったり、ルイ15世の娘たちまでも湯治に訪れるようになったりすると、片田舎の施設は王族、貴族の趣味に合わせてどんどん立派になってゆきます。

アングレム公妃の1828年の湯治は、従者200人を引き連れてというものだったそうで、彼らが宿泊するところも必要。湯治施設そのものも彼女好みに大改造し、1等、2等、3等と、等級別の建物からなる一大スパも築かれました。

皇帝の湯治場

ヴィシー発展の立役者はなんといっても皇帝ナポレオン3世(1808ー1873)です。首都パリを大改造し、白亜のアパルトマンが立ち並ぶ真っ直ぐな大通り、オペラ座などのモニュメントが築かれたのは彼の時代ですが、そのヴィジョンはヴィシーでも具現化されました。

彼はすでにヨーロッパの有名な湯治場を訪れていて、とくにドイツのそれに負けないようなものをフランスにもつくりたいということで、湯治施設そのものだけでなく、公園、劇場、邸宅群を作り、「小パリ」とでも言いたい優雅な街を出現させました。

ナポレオン3世による開発後のヴィシー。右側の巨大な建物群は湯治施設、左の建物群は劇場やカジノ。それをつなぐエリアが公園になっている。上部の水色のラインはアリエ川。
ナポレオン3世による開発後のヴィシー。右側の巨大な建物群は湯治施設、左の建物群は劇場やカジノ。それをつなぐエリアが公園になっている。上部の水色のラインはアリエ川。

源泉200箇所

皇帝が格別の愛情を注いで作った美しい街ヴィシーはフランスはもとより、北アフリカの富裕層たちも惹きつけ、国際的な湯治場へと発展します。すると、人々は街のあらゆるところで地面を穿ち、我も我もと温泉を掘り出すようになります。その数は200以上。温泉バブルとでもいえそうな時代があったことが想像できます。自然に湧き出している温泉は国家財産ですが、掘って出てきたものは私有財産。というわけで、掘った温泉をもとに施設が作られ、湯治客のための高級ホテルや贅を凝らしたヴィラなどが立ち並び、いまわたしたちが目にする街並みが形作られるようになりました。

そのヴィシーの町並みについては、次回の記事で紹介したいと思います。

1899〜1903年に建てられた、かつての高級スパ「Grand Établissement Thermal(グラン・エタブリスマン・テルマル)」。
1899〜1903年に建てられた、かつての高級スパ「Grand Établissement Thermal(グラン・エタブリスマン・テルマル)」。

館内に残るかつてのVIP施術室
館内に残るかつてのVIP施術室

昔の高級スパの様子が伝わるポストカード
昔の高級スパの様子が伝わるポストカード

※ヴィシーの施設は、すべて自由にアクセスできるわけではありませんが、5つの源泉の飲み比べ、VIP施術室などの見学を希望する場合、地元観光局Vichy Destinationsが開催しているツアーに申し込むか、プライベートツアーをアレンジしてもらう方法もあります。1時間半ほどのプライベートツアーの場合、料金は125ユーロから(1人から19人まで。それ以上の人数の場合は、ひとりにつき6.50ユーロプラス)。フランス語、もしくは英語でのツアーになります。

パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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