【パリ】「オテル・パラディゾ」シネマホテルという新コンセプトが大当たり

「オテル・パラディゾ」中庭側の客室からの眺め(写真はすべて筆者撮影)

コロナ禍でも連日満員御礼

映画館、ホテルといえば、コロナ禍で大打撃を受けた業界の筆頭。

パリの映画館はロックダウンのたびに休館になり、5月上旬のいまもすべての映画館が閉まったままですし、外国人観光客の姿が途絶えたこの1年以上、多くのホテルが沈黙しています。

ところが、この3月にオープンしてからほぼ連日満室というホテルが存在します。

それが今回ご紹介する「HOTEL PARADISO(オテル・パラディゾ)」です。

手がけたのは、フランスの映画制作・配給会社mk2(エムカードゥ)。

1974年、マラン・カルミッツさんが興した会社で、フランスはもとよりスペインでも複数の映画館を有していています。現在は、2人の息子ナタナエルさんとエリシャールさんにバトンが渡っていますが、2010年代には「シネマ・パラディゾ」と題した企画も展開。パリのグラン・パレやルーヴルの中庭を舞台にして、映画とガストロノミー、クラブ、ゲームなどをセットにしたイベントを成功させるなど、映画を核にして広がる世界をクリエイトしてきました。

「オテル・パラディゾ」もまた新しい創造の延長上にあるもの。ここでは映画とホテルを合体させた「シネマホテル」というコンセプトを実現しました。

「オテル・パラディゾ」の入り口。左の近代的な建物の1階が映画館の入り口で、その上の階がホテルになっている
「オテル・パラディゾ」の入り口。左の近代的な建物の1階が映画館の入り口で、その上の階がホテルになっている

ナタナエル・カルミッツさん。手にしているのは「オテル・パラディゾ」オリジナルのポップコーン
ナタナエル・カルミッツさん。手にしているのは「オテル・パラディゾ」オリジナルのポップコーン

ホテルの階段はパリの映画館の階段のよう。壁を飾るのはmk2の映写技師が収集してきた映画のポスター
ホテルの階段はパリの映画館の階段のよう。壁を飾るのはmk2の映写技師が収集してきた映画のポスター

客室は全部で34室(ほかにスイート2室)。こちらは通り側、バルコニー付きのジュニア・スイートで、右の壁がスクリーンになり、ベッドからもバスタブからも映画が観られるように設計されている
客室は全部で34室(ほかにスイート2室)。こちらは通り側、バルコニー付きのジュニア・スイートで、右の壁がスクリーンになり、ベッドからもバスタブからも映画が観られるように設計されている

「シネマ+ホテル」

場所はパリ市内東部に位置するナシオン。ここには1930年からパリっ子に親しまれてきた映画館がありましたが、mk2の所有になってからは大改装して最新鋭の機能を搭載したシアターに変身しました。そして、その上の部分に建設したのが「オテル・パラディゾ」。全客室にスクリーンと映写機が装備されていて、ベッドに寝ながら専用のタブレットを操作すると、およそ1万本のレパートリーから好きなだけ映画を観られるというホテルなのです。

そう聞いても、(映画ならウチの大画面でNetflixを好きなだけ観られる)というかたもいらっしゃることでしょう。けれども、この客室は特別です。最新システムの映像と音は、毎週mk2映画館の専門家によって完璧な状態に調整されているほか、どれほど大音響にしても隣人に迷惑がかからない防音が施されているのだそうです。

そしてお腹が空いたら、やはりタブレットからルームサービスをオーダー。食材はビオ(有機栽培)のものがベースで、ベジタリアンやヴィーガンに対応したメニューも取り揃えているという昨今の世界的ヘルシー志向に沿ったもの。映画館につきもののポップコーンもビオのトウモロコシを使った「パラディゾ」特製なのだそうです。さらに映画界の巨匠フランシス・コッポラ所有のワイナリーのワインがあったり、ブラッド・ピットのワイナリーのロゼワインも入荷予定とのこと。

客室の電話は昔なつかしい黒電話で、レセプションの番号は「007」。用がなくてもちょっとかけてみたくなる心憎い演出です

最上階の2つのスイートルームはさらにスペシャル。というのも、ホテルの下の「mk2ナシオン」には6つの映写室がありますが、客室内にそれと同じ映写機を備えたプライベートシアターがあって、それぞれ公式に第7、第8映写室とみなされます。つまり、下の映画館で公開されている映画を同じタイミングでプライベート空間で観られるという特権があるのです。

枕元の黒電話
枕元の黒電話

客室のタブレットを使って、映画を選んだり、ルームサービスをオーダーしたり、スクリーンの開閉、照明調整などができる
客室のタブレットを使って、映画を選んだり、ルームサービスをオーダーしたり、スクリーンの開閉、照明調整などができる

スタンダードなタイプの中庭側の部屋。チャップリンが見えていた窓にスクリーンが下りてきて。。。
スタンダードなタイプの中庭側の部屋。チャップリンが見えていた窓にスクリーンが下りてきて。。。

このとおり、本格的なルームシアターに変身
このとおり、本格的なルームシアターに変身

映画館のある街

ところで、「パラディゾ」と聞いて、名画「シネマ・パラディゾ」(邦題「ニュー・シネマ・パラダイス」)を連想されたかたも多いと思いますが、その名をホテルに付けたオーナー兄弟の意図もそこにあります。ナタナエルさんはこう語ります。

あの映画には2つの大きな価値が込められていました。ひとつは、村の中心に映画館があって、村はその映画館のリズムで生きている。もうひとつは映画館のある広場で少年が成長してゆき、映画を通じて世界に開かれた視野をもつようになる。街に映画館があること、人の暮らしのなかに映画館があることはいまでも重要だと思うのです。

パリは世界的にみても映画の首都です。世界中のたくさんの映画のなかにパリが登場しています。けれども実際に数日間というパリの旅で巡れる場所は限られていますから、滞在中にそれを実感することは難しいかもしれません。

また海外旅行ではしばしばジェットラグに悩まされます。夜中目覚めて、朝ごはんまで部屋で延々と待つといった体験をしているかたは少なくないはずです。そんなとき、このホテルなら夜中から映画を1本、2本と素晴らしい環境のなかで観続けられる。ジェットラグを利用する最善の方法ではないでしょうか。

ここは単に眠るためのホテルではなくて、映画が滞在の核になりうる。映画によって旅が豊かになり、パリの特別なエクスペリエンスを体験できるはずです。

「mk2ナシオン」の第1映写室。21世紀になって大改装したが、アールデコ時代からある街の映画館としてのアイデンティティは天井の独特の形、そして壁の照明に踏襲されている
「mk2ナシオン」の第1映写室。21世紀になって大改装したが、アールデコ時代からある街の映画館としてのアイデンティティは天井の独特の形、そして壁の照明に踏襲されている

映写室の最前列にはいずれも、横になって鑑賞できる長椅子がある。普通、映画館の一列目は不人気なものだが、この席を取りたくて行列する人が絶えないのだとか
映写室の最前列にはいずれも、横になって鑑賞できる長椅子がある。普通、映画館の一列目は不人気なものだが、この席を取りたくて行列する人が絶えないのだとか

ところで、冒頭にも書きましたが、「オテル・パラディゾ」は今年3月、コロナ禍真っ只中のオープンながら連日満室という人気です。海外からの観光客はおろか、フランス国内でもつい先日まで自宅から10キロ以内の移動しか認められす、地方からのツーリストすらいない状況だったのにもかかわらず、なのです。

満室のわけは、パリっ子たちがこぞって利用したから。つまり、コロナ禍の閉塞した状況のなかのしばしのエスケープ。自由を自分にプレゼントするという機運がこのホテルへと足を運ばせたというわけなのです。

苦境にあっても好発進したシネマホテル。その引力はパリっ子だけでなく、世界の人々にも強力に働くに違いありません。

※客室のほかにも、映画館のボックスルーム、ルーフトップシネマ、カラオケルームなど、館内のアイディアの数々はこちらの動画からご覧いただけます。