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パリで今季注目の展覧会【レオナルド・ダ・ヴィンチ展】ルーヴル美術館

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」の告知(写真はすべて筆者撮影)

展覧会が始まったのは、10月24日。それ以前に28万枚のチケットがインターネットで売れたという。

没後ちょうど500年目にあたる今年、レオナルド・ダ・ヴィンチについての様々な企画が行われてきたが、なかでもこのルーヴルでの展覧会は待ちに待たれた大イベントだ。

展覧会開催の垂れ幕を下げたルーヴル美術館
展覧会開催の垂れ幕を下げたルーヴル美術館

レオナルド・ダ・ヴィンチが北イタリアはフィレンツェ近郊で生を受けたのは1452年。当時のフィレンツェはルネサンス芸術の中心地だった。続く、いわゆる盛期ルネサンスは、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロという3巨匠が並び立った時代。美術史でも特筆すべきこの時代を代表する名画『モナリザ』は、ダ・ヴィンチが1503年頃に制作を始めたものとされている。そして現在、この絵画がルーヴル美術館で最も注目を集める作品であることはご承知の通りだ。

ところで、そもそもどうしてこの作品がパリのルーヴルにあるのか? 

生涯のほとんどをイタリアで過ごしたダ・ヴィンチだが、最晩年のおよそ3年間はフランスで過ごしている。当時、文化的にはイタリアの後塵を拝していたフランスで新しく王位についたフランソワ1世は、ルネサンスの万能の巨人を「王の首席画家、首席技術者、首席建築家」として迎えた。このときダ・ヴィンチは60代半ばで、健康状態はすでに悪化していたが、「我が父」と慕って自らすすんで薫陶を受けることになる王の求めに応じてアルプスを越えた。その旅の荷の中にあった作品の一つが『モナリザ』なのだ。

『モナリザ』の展示室
『モナリザ』の展示室

さて、今回の展覧会にはこの『モナリザ』はない。というより、ルーヴル美術館の中でも特段のセキュリティシステムを備え付けたいつもの展示室で、いつものように大群衆を迎えている。

では、今回のダ・ヴィンチ展には何が展示されているのか。

『モナリザ』と同じくダ・ヴィンチと一緒にフランスにやってきてた『聖アンナと聖母子』『洗礼者ヨハネ』。そして同様にルーヴル美術館の所蔵品である『ラ・ベル・フェロニエール(ミラノの貴婦人の肖像)』『岩窟の聖母』がこの会場で観られる。加えて『ほつれ髪の女性』(パルマ国立美術館)、『聖ヒエロニムス』(ヴァチカン宮殿)、『ブノワの聖母子』(エルミタージュ美術館)、『若い音楽家の肖像』(ミラノ・アンブロジアーナ美術館)が一堂に会している。

ダ・ヴィンチの真作とされている現存絵画は十数点という希少さであることを考えると、この数は画期的と言っていい。

さらに、ここに展示されていない作品も含めて、ダ・ヴィンチ絵画の原寸大の赤外線画像が展示されていて、その筆致をモノクロの濃淡で見ることができるほか、それらの大作に向かうまでのデッサンの展示が質、量ともに充実している。

『聖アンナと聖母子』(ルーヴル美術館)
『聖アンナと聖母子』(ルーヴル美術館)
『聖アンナのための習作』(ニューヨーク・メトロポリタン美術館)
『聖アンナのための習作』(ニューヨーク・メトロポリタン美術館)
『洗礼者ヨハネ』(ルーヴル美術館)
『洗礼者ヨハネ』(ルーヴル美術館)
『ブノワの聖母子』部分(エルミタージュ美術館)
『ブノワの聖母子』部分(エルミタージュ美術館)
『ラ・ベル・フェロニエール(ミラノの貴婦人)』(右)と『白貂を抱く貴婦人』(左)の赤外線画像
『ラ・ベル・フェロニエール(ミラノの貴婦人)』(右)と『白貂を抱く貴婦人』(左)の赤外線画像
『モナリザ』の赤外線画像
『モナリザ』の赤外線画像

筆者が特に感動したのは、ダ・ヴィンチが生涯にわたって書き綴った手記を大量に間近で鑑賞できることだ。

彼が万能の天才と言われる所以は、その守備範囲が絵画にとどまらず、天文、科学、建築、土木、工学、音楽、解剖学など多岐にわたるためだが、手記のページからは知の豊かさが溢れ出している。

パリのフランス学士院、英国ウインザー城の王室コレクション、ビル・ゲイツのコレクションなどとして世界中に分散している手記が、こうして同じ空間に集うのは間違いなく歴史的なことに違いなく、ダ・ヴィンチの頭脳や精神がそこに再構築されているようで、なんだかとてつもない体験をしているような気になる。

フランス学士院所蔵のレオナルド・ダ・ヴィンチの手記。技術に関するページでヘリコプターの構想などが描かれている。ちなみにダ・ヴィンチは左利き。しかも鏡に写して初めて普通に読める反転した状態の文字を書いた
フランス学士院所蔵のレオナルド・ダ・ヴィンチの手記。技術に関するページでヘリコプターの構想などが描かれている。ちなみにダ・ヴィンチは左利き。しかも鏡に写して初めて普通に読める反転した状態の文字を書いた
ウインザー城、王室コレクションの手記の一葉
ウインザー城、王室コレクションの手記の一葉
『ウィトルウィウス的人体図』(ヴェネチア・アカデミア美術館)も展示されている
『ウィトルウィウス的人体図』(ヴェネチア・アカデミア美術館)も展示されている
さまざまな持ち主の手に渡っている手記。その主だったものがこの機会に同時に観られる
さまざまな持ち主の手に渡っている手記。その主だったものがこの機会に同時に観られる

そして終わりには時代を反映し、VR(ヴァーチャルリアリティ)システムを使ってダ・ヴィンチの世界を体感するコーナーがある。ゴーグルを装着すると、設定は『モナリザ』の展示室。頭を動かせば360度全方向が見え、振り返ればルーヴルで最も大きい絵『カナの婚礼』もちゃんとある。そうこうしているうちに『モナリザ』が近づいてきて、彼女と差し向かいで座って会話をしているような格好に。広く開いたデコルテの部分が呼吸で上下している様子が、仮想とはいえ、なんとも生々しい。彼女のヘアスタイルがどうなっているのか、後ろの状態も見せてくれたかと思えば、最後には絵の背景になっている風景を、ダ・ヴィンチが構想した翼のついた乗り物で遊覧飛行するという展開。数分間の体験だが、童心に返ったような愉快な気分で展覧会を締めくくることができる。ちなみに、このシステムを享受するには、展覧会入り口に設けられた専用カウンターで会場に入る前に予約しておく必要がある。

HTC Vive Artsによるヴァーチャルリアリティのコーナー
HTC Vive Artsによるヴァーチャルリアリティのコーナー

「レオナルド・ダ・ヴィンチ」展の会期は2020年2月24日まで。

事前に日時を決めてチケットを購入するシステムなので、まだ日にちに余裕があると思わず、ルーヴルの専用サイトで早めの予約がお勧め。ちなみにこの記事を書いている11月1日時点で11月分のチケットは完売。12月のカレンダーでもすでに半分ほどが埋まっているという状況である。

ルーヴル美術館に入るにはたいてい行列覚悟だが、この特別展のチケットを持っていると一般とは別の列に並んで入場できる
ルーヴル美術館に入るにはたいてい行列覚悟だが、この特別展のチケットを持っていると一般とは別の列に並んで入場できる
『ラデュレ』のルーヴル美術館店では、展覧会にちなんだパッケージのマカロンが限定発売されていた
『ラデュレ』のルーヴル美術館店では、展覧会にちなんだパッケージのマカロンが限定発売されていた
パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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