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中村俊輔が振り返る2017年、見据える2018年(1) 新しい風景

杉山孝フリーランス・ライター/編集者/翻訳家
(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

一番難しかったトップ下

中村俊輔を取り巻く風景は、随分と変わった。

新天地でのホーム開幕戦では、まだ「自分」を強く発信する必要があった。3月4日のJ1第2節では、仲間がベガルタ仙台からボールを奪い返すたび、何度も何度も手を高く掲げて、自分がフリーであることを強調していた。4-2-3-1のフォーメーションのトップ下の位置から広く動き、ピッチのあらゆる位置に顔を出してボールに触れようとした。

あれから9カ月後に迎えた最終節では、状況も環境も一変していた。前年にJ1残留を決めた同じ第34節で、磐田は上位を争うチームとして、勝てば文句なしに優勝が決まる鹿島アントラーズを堂々とホームで迎え撃っていた。サックスブルーの背番号10をすっかり自分のものとした中村は、3-4-3の右シャドーとして、少し余裕を持ってプレーしているように見えた。手を挙げてボールを要求する場面は、ほとんどなかった。

「プレッシャーでしかないでしょ。オレが来てうまく回らなくて、ジュビロが残留争いをしたら、オレも批判されるし、歳だなと思われるし」

目の前での胴上げを阻止して、年内の公式戦をすべて終えた中村は、移籍1年目に抱えていた思いを吐き出した。

「良いプレーをしないで負けたりしていたら、全部『俊輔を獲って失敗だった』という話になるし、オレも移籍しなければよかったじゃん、って言われるから。そこは“勝負”の世界でしょ。オレだって、腹をくくって来たんだし」

シーズン半ばにもこう語っていたように、38歳にして初の国内移籍という重圧は、常に中村の身にのしかかっていた。ホームでの新背番号10のお披露目で、過剰なまでにボールを呼び込もうとした姿は、その端的な表れだったのかもしれない。

第3節では、自ら直接FKを決めてチームにシーズン初白星をもたらした。その後もセットプレーでのアシストも多かった。開幕前の名波浩監督の「勝ち点10を持っている選手」との評が正しかったことを証明した。

ただ、“俊輔効果”はすぐに表れたわけではない。シーズン中にも、その難しさは語っていた。

「トップ下からあちこちに動いても、必ずしも他の選手が反応してトライアングルがどんどん変わっていって、相手がつかみづらくなる、というわけじゃない。単にオレが動いただけで、何も変化が起きないことがあった。だから、そういう自分のやり方を教えるというよりも、各々のポジションで100%に近い力を出してもらって、結果を出すような感じの方がいいのかなと思った。3-5-2のトップ下もやらせてもらったけど、トップ下が一番やりづらかった」

「間接的」な後押しへ

磐田が昨季も併用していたフォーメーションだが、今年もシーズンが進むにつれて、3バック採用が増えていった。その中で、中村も自分の成長を促す『気付き』に出会う。

「あのままでもし、『これは違う、オレはこうだ』とやっていたら、今はこんな感じではいないと思う。早い段階で気付けたね。3-4-3のシャドーに置いてほしいと名波さんに言ったら、実際にそうしてくれた。2トップだと、あの2人は守備をしないからね(笑)。今のご時世で、フィールドプレーヤー10人のうち2人が守備をしなかったら、守り切れない。今のJリーグでは、1人の守備も無駄にできないからね」

チームへのプレーには当初、より「直接的」な関わり方を模索していた。第29節の清水エスパルス戦では、より周囲にプレーさせるという、「間接的」な後押しにシフトチェンジしていた。その静岡ダービーを振り返りながら、こう話した。

「タッチ数が少なくても、決定的なことをすればいい。今はそういう状況になることの方が多いから、そういうプレーを心がけている。次にこうなりそうだから、ここにいよう、とか。トップ下だと、全体のバランスを見て、自分がもらってから何かを起こしていく、という面があるじゃない。でも今は真逆のことをしている。どちらかというと、セルティック時代のようなことをしている。ボールが来たら、ひと仕事をしてやろう、ってね」

「1回パスが通った後に1回ミスしたけど、何とも思わないね。ああやって、『この選手は何かやる』と思ったら、相手の足が止まるから。そうすると、オレだけじゃなく他の選手にも同じ現象が起きて、相手が寄ってこなくなる。そうしたらスペースができて、パスを回し始められる。前から全体的に見るという目は変わっていないけど、そこに『加わる回数』は断然少ないね」

そうした『気付き』が周囲に連鎖する。時にはブラジル料理を食べながら言葉で伝えることもあれば、何も言わずとも感じ取る選手も出てきた。前者のアダイウトンはリーグ戦で8得点し、後者の川辺駿には中村自身「日本代表に入ってもおかしくない」と認めるまでのプレーを披露するようになった。

第29節の清水戦では、左サイドのアダイウトンへ何本もサイドチェンジのボールを送り、何度もボックス内への突進を演出した。3-0の勝利の口火を切るゴールは、アダイウトンから生まれた。

「各々のポジションで輝くために、オレは何をしなくちゃいけないのか。一番分かりやすいのはアダ(アダイウトン)。オレが左に行ったら、中に絞るように言ってある。5回のうち4回のプレーがダメでも、1回はすごいプレーをする。それが2回、3回と増えた時に、初めて『オレは普段は右にいるんだよ』と言ってあげるの。内容もそうだけど、タイミングも大事だからね」

川辺のキャリアハイとなるシーズン5得点は、必然の結果だろう。前方にいる中村がいるからこそ、川辺はゴールへ向かう道を見つけ出せた。チーム全体的にも、中村に頼るようにボールを預ける様子は今季最後の試合にはなかった。それが逆に、中村の仕事の「一発」ぶりを際立たせた。局面を大きく変えるパスに、ヤマハスタジアムは感嘆のため息で応えた。

「誰かに輝いてもらえれば、それでいいという考えの方が大きい。特に若い選手にね。それで自分も少しバイト料をもらう、みたいな(笑)」

「シーズン最後に、(上原)力也や駿の伸び具合といったものを近くで見られたのは面白かった」

名波監督からは最終節を前に、シーズンを通してのチームの貢献に対して、感謝の言葉をかけられたという。中村にとっても、新しく視界を広げる、有意義なシーズンとなったはずだ。

フリーランス・ライター/編集者/翻訳家

1975年生まれ。新聞社で少年サッカーから高校ラグビー、決勝含む日韓W杯、中村俊輔の国外挑戦までと、サッカーをメインにみっちりスポーツを取材。サッカー専門誌編集部を経て09年に独立。同時にGoal.com日本版編集長を約3年務め、同サイトの日本での人気確立・発展に尽力。現在はライター・編集者・翻訳家としてサッカーとスポーツ、その周辺を追い続ける。

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