Yahoo!ニュース

酒井宏樹所属のマルセイユの前に立ちはだかる、女性監督率いる2部チーム

杉山孝フリーランス・ライター/編集者/翻訳家
クレルモンを率いるディアクル監督(クラブのSNSから)

日本代表DF酒井宏樹が所属するフランスの名門マルセイユは26日、フランスのリーグカップでベスト16入りを懸けて3回戦に挑む。その前に立ちはだかるのは、フランスのプロクラブで唯一の女性監督が率いるチームだ。

やって来た“2人の女性監督”

2014年夏、フランス2部のクラブが突如、脚光を浴びた。前シーズンのリーグドゥ(2部リーグ)を20チーム中14位で終えたクレルモン・フット63が、欧州の2部リーグ以上のプロクラブでは初となる“2人の女性監督”と契約したのだ。

まず1人目は、ポルトガル人のエレナ・コスタだった。大学でスポーツ科学も学んだコスタは、母校の名門ベンフィカで男子のユースチームを率いた後、イラン女子代表チームなどを預かった。コスタのクレルモン指揮官就任に、当時はフランスの女性権利大臣もツイッターで賛辞を送った。

だが、事態は急転した。コスタが1カ月も経たずして辞任したからだ。理由は、クラブが何の説明もないままに選手の獲得を決め、開幕前の親善試合を決定するなど、指揮官を蚊帳の外に置いたためだった。クラブ幹部に疑義を呈するメールを何度送っても、返信はなかなか戻ってこなかったという。コスタはクラブが自身のことを、単なる「顔」としてしか見ていないと感じたと語った。

そして、「2人目」がやって来た。コリーヌ・ディアクルである。

開幕前の突然の監督辞任に、クラブは慌てたことだろう。その状況下で選んだのは、またも女性監督だった。

新監督の肩書は申し分なかった。フランス女子代表チームのDFとして10年以上にわたり活躍し、121キャップを刻んでいる。引退後はフランス女子代表のアシスタントコーチも務めていた。

ただ、難しい決断だったことは確かだろう。真意は分からないが、最初のコスタの招へい時にも、周囲ではクラブに「話題集めでは?」との浮かんだことは確かだ。事実、イギリス『ガーディアン』など、フランス国外からも大きな注目を集めた。クラブの女性監督へのこだわり、そして前任者の辞任理由を踏まえれば危険な賭けだったが、ディアクルは敢然と火中に飛び込んでいった。

2015年のリーグ最優秀監督に

男社会のサッカークラブで女性がボスになること自体、大変な挑戦だと言える。何しろ“腕力”がものを言う世界だ。だから、結果でヒエラルキーを示すしかなかった。

端的に言えば、結果は出た。初年度には、前年の14位から12位へと順位を引き上げた。このシーズン、移籍金を払って獲得した新戦力はいなかった。

昨季には2012-13シーズン以降では最高となる7位でシーズンを終えた。順位は7位だったが、56という得点数はリーグ3位の成績だった。リーグアンへと昇格し、今夏に日本代表GK川島永嗣を獲得したメスを上回るゴール数を残したのである。『フランスフットボール』は、2015年のリーグドゥ最優秀監督にディアクルを選出した。信頼を置いて起用したファラマ・ディデュはリーグ得点王となり、シーズン終了後にはリーグドゥの最優秀選手に輝いた。

そのディデュを獲得時の5倍近い移籍金で売却した今季、現状ではリーグ14位につけている。だが、まだ12試合を終えたばかりで、一時は首位のブレストを破るなど3連勝を飾った時期もあった。

そして、リーグカップである。

3回戦でのマルセイユとの対戦が決まってから、クラブはSNSなどでこの“ビッグマッチ”を盛んに宣伝している。

先週金曜のリーグ第12節、クレルモンは1-2で敗れてしまった。試合後、ディアクル監督は「選手たちはもう頭がマルセイユ戦にいってしまっていた」と嘆いたが、裏返せばそれだけ今回の一戦への思いは強いということだ。

一方のマルセイユは、23日のパリ・サンジェルマン(PSG)との「ル・クラシク」を0-0で終えた。近年苦しんでいるマルセイユとしては、フランスを支配するPSGのホームから勝ち点1をよく持ち帰ったと言えるかもしれない。だが、そのあまりに守備的な戦い方は「サッカーをしていない」と批判された。率いるウナイ・エメリ監督も「枠内シュートがゼロでは、これ以上のものは望むべくもない」と、自虐なのか現実的満足感なのか判別のつかないコメントを残していた。

ディアクル監督は、「あくまで優先するのはリーグ戦」と話している。だが、前節終了後の会見で話したとおり、ピッチに立てば選手たちの気持ちが否応なく高まることは確実だろう。

普段は3000人程度の入りだというホームスタジアムでは、「1万人も観客が来るのは良いこと。クラブにもいくらか金をもたらすでしょう」とディアクル監督。クールな物言いが、また期待を高める。

試合後、ピッチにはどんな結果が、ディアクル監督の口からはどんな言葉が残されるのか。スポットライトを浴びる準備は、整っているはずだ。

フリーランス・ライター/編集者/翻訳家

1975年生まれ。新聞社で少年サッカーから高校ラグビー、決勝含む日韓W杯、中村俊輔の国外挑戦までと、サッカーをメインにみっちりスポーツを取材。サッカー専門誌編集部を経て09年に独立。同時にGoal.com日本版編集長を約3年務め、同サイトの日本での人気確立・発展に尽力。現在はライター・編集者・翻訳家としてサッカーとスポーツ、その周辺を追い続ける。

杉山孝の最近の記事