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井上対ドネアのリマッチはどう実現に至ったのか ドネアのプロモーター独占インタビュー

杉浦大介スポーツライター
Esther Lin/SHOWTIME

6月7日 さいたまスーパーアリーナ

WBC、WBAスーパー、IBF世界バンタム級王座統一戦

WBAスーパー、IBF王者

井上尚弥(大橋/29歳/22戦全勝(19KO))

12回戦

WBC王者

ノニト・ドネア(フィリピン/39歳/42勝(28KO)6敗)

 まるで運命の意図に導かれたようにーーー。軽量級史上に残る2人の名王者が約2年半ぶりの再戦を行うことになった。6月7日、日本が誇る“モンスター”、WBAスーパー、IBF王者井上尚弥(大橋)はさいたまスーパーアリーナで、WBC王者ノニト・ドネア(フィリピン)との統一戦に臨むことになったのだ。

 ご存知の通り、両者は2019年11月、さいたまで初対決し、アメリカでも多くの媒体の年間最高試合に選ばれるほどの名勝負を演じた。その際は井上が3−0の判定勝ち。ただ、第9ラウンドにはドネアが渾身の右を打ち込み、井上をプロキャリアで初めてといっていいピンチに追い込むシーンもあった。

 あれから約2年半。互いに尊敬を隠さない2人の偉大なボクサーたちの再戦はどうやって可能になったのか。現在のドネアはどういった状態で、何を目標に戦っているのか。通称”ドラマ・イン・サイタマ2”の実現に向けて尽力した1人であり、ドネアのプロモーターであるプロベラムのリチャード・シェイファーにじっくりと話を聞いた。

*今回のインタビューは5月5日、電話で収録

交渉の中で難しかった部分とは

――ファン待望のリマッチが約1ヶ月後に迫っていますが、今のお気持ちは?

リチャード・シェイファー(以下、RS) : 私だけでなく、すべてのボクシングファンがこの試合を楽しみにしています。2019年の第1戦は多くの媒体から“年間最高試合”に認定される激闘になり、以降、井上、ノニトはどちらもさらに向上したと私は思っています。ノニトは39歳になりましたが、過去最高の状態です。今回も“クラシック(不朽の名作)”と呼べるような試合になるでしょう。私ももちろんエキサイトしていますよ。

――今戦を成立させるための交渉は比較的容易なものだったんでしょうか?

RS : 容易だったと言っていいと思います。井上側の窓口になってくれたミスターホンダ(帝拳ジムの本田明彦会長)と私は20年来の知り合いであり、相互のリスペクトが存在します。おかげで話し合いは非常にスムーズでした。

――難しかった部分があるとすれば?

RS : 日程ですね。新型コロナウイルスの影響に加え、12月下旬に開催予定だった村田諒太(帝拳)対ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)戦が先送りになったことも関係し、日取りを決めるのが難航しました。当初は4、5月に組みたかったのですが、まず村田対ゴロフキン戦の挙行を待たなければいけなかったのです。ただ、繰り返しますが、それ以外のすべては問題ありませんでした。ミスターホンダはこの業界内でも最も信頼できる人物であり、彼と一緒に仕事を進めるのは私にとっても喜びでした。何より、この試合はノニト、井上の双方が熱望した一戦であり、おかげで様々なことがスムーズに運んでいったのです。

両者の第1戦はバンタム級史上に残る名勝負となった
両者の第1戦はバンタム級史上に残る名勝負となった写真:YUTAKA/アフロスポーツ

――ドネアはスーパーフライ級まで体重を落とせると述べており、対戦相手候補としてローマン・ゴンサレス(ニカラグア/帝拳)やファン・フランシスコ・エストラーダ(メキシコ)のような選手の名前も出していました。そうやって他の選択肢もある中、最終的に井上戦を望んだ理由とは?

RS : なぜならノニトには井上と同じく“バンタム級の4団体統一”という目標があったからです。ノニトはもう4階級を制覇し、多くのことを成し遂げてきましたが、まだ4団体統一を果たしたことはありません。そのためには、井上と戦う必要があったのです。井上を倒し、3団体統一王者になれたら、その後はWBO王座を持つポール・バトラー(イギリス)が次の標的になります。近年、ボクシング界全体が統一を重要視する方向に向かっているのは素晴らしいことで、数年前にはなかったことでした。その潮流通り、井上が同じようなプランを持っていることはわかっています。

――スーパーフライ級でのビッグファイトより、バンタム級での統一路線の方が優先度は高かったということですね。

RS : その通りですが、仰る通り、今のノニトには本当に様々な選択肢が存在します。スーパーフライ級に下げれば、ノニト対チョコラティート(ローマン・ゴンサレス)といった最高のカードを組むこともできます。あるいはスーパーバンタム級に上げることもできます。年齢を重ねておきながら、ウェイト面でこれだけのフレキシビリティーを保っていることは驚くべきことです。バンタム級でのノニトにはパワー面でアドバンテージがあり、スーパーフライ級ではさらにその利点が莫大なものになる。あまり先のことは考えたくないですが、ノニトは井上戦後もまだまだ戦えるでしょうし、他の階級での戦いもいずれ視野に入ってくるかもしれません。

友好的なライバル関係

――ドネアは加齢とともに適応能力が増しているように思える理由はどこにあるのでしょう?

RS : ノニトの聡明さと練習熱心さがゆえでしょう。彼は本当にいつでもワークアウトをこなしており、ジムから離れることができません。常に健康なライフスタイルを保っているため、息の長いキャリアが可能になっているのだと思います。私が過去にプロモートしたバーナード・ホプキンス(アメリカ)とも共通点があり、ホプキンスは50歳まで戦い続けました。ホプキンスもまた非常に頭が良く、練習熱心で、健康を心がけるボクサーでした。ノニトは50歳までは戦わないでしょうが(笑)、あと数年はトップレベルで戦えるはずです。

――井上戦にも良い状態で臨んできそうですね。

RS : 今のノニトは心身両面で最高のコンディションです。過去2戦をKOで飾り、さらに勢いをつけ、井上戦に向けての意気込みは最高潮です。井上とはすでに一度対戦しており、しっかりとした対策を立てて臨んでくるでしょう。ただ、もちろん井上が“モンスター”と呼ばれるには理由があります。井上は間違いなく全階級を通じて最高レベルのボクサー。キャリアのこの時点でのノニトにとっても大きなチャレンジと呼べる試合であることは間違いありません。

――井上とドネアはともに引退後の殿堂入りも確実ですが、両者の間には友好的なライバル関係が存在するように思えます。

RS : 彼らは互いにリスペクトし合っています。2人の間にはトラッシュトークは存在せず、そこにあるのは尊敬の気持ちとポジティブな空気だけです。彼らはボクシングのアンバサダー。ライバルとの戦いはリング上で行うもので、リング外で戦う必要はないのです。昨夏、当時のWBO王者だったジョンリエル・カシメロ(フィリピン)とノニトの統一戦が決まりましたが、カシメロとその陣営がノニトと彼の妻に対して極めて失礼な態度を取ったため、ノニトは「お金はどうでもいい。あんな失礼な選手とは戦いたくない」と態度を固くしました。その点、井上は非常に礼儀正しく、リング外ではノニトは井上のことを気に入っています。彼らはともに素晴らしいロールモデルだと言えるでしょう。

写真:ロイター/アフロ

――この2年半、ドネアと何度か話してきましたが、プライオリティは常に井上との再戦だったという印象も受けています。

RS : その通りです。ノニトの頭の中にはいつでも井上とのリマッチがありました。ただ、ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズの決勝で井上に敗れ、世界王座を失ったあと、私たちはまず体制を立て直す必要がありました。パンデミックのおかげで少し時間をかかりましたが、ノルディーヌ・ウバーリ(フランス)に勝ってWBC王者になり、レイマート・ガバリョ(フィリピン)を下して指名戦もクリア。こうして常にプライオリティだった井上との再戦の準備が整ったというわけです。先ほども話した通り、今ではスーパーフライ級、バンタム級、スーパーバンタム級で他にも様々な選択肢がありますが、実際にはノニトは興味がありませんでした。彼が私に告げたのは、「井上戦を組んでくれ」ということだけだったのです。

――日本にはいつ頃、向かう予定ですか?

RS : ノニトは試合の2週間半前には日本に入るつもりのようです。私は6月1日に発ち、日本で1週間を過ごします。まだパンデミックゆえの規制こそ存在しますが、井上の地元である日本での再戦も私たちにとって問題ではありませんでした。日本の人たちはとても親切で、ノニトのことを尊敬し、愛してくれています。ノニトはフィリピン人ですが、まるで日本人であるかのように扱ってくれます。やるといったことはかならずやってくれるのが日本人の国民性なので、リング外でも特に心配はしていません。

――最後に確認ですが、先ほども話が出た新WBO王者のバトラーはあなたの契約選手ということで間違いないでしょうか?

RS : はい、バトラーも私の選手です。ビザの面で実現するかはわかりませんが、バトラーも6月7日は日本に来て、ノニトと井上の試合をリングサイドで観ることを希望しています。私の今の目標は2022年中にバンタム級の4団体統一王者を生み出すこと。(井上対ドネアの)勝者を年内にバトラーと対戦させるのが現在のプランです。年末までに統一路線が終わり、最後に勝ち残るのがノニトであることを私は願っています。

リチャード・シェイファー

スイス出身 1961年10月25日生 (年齢 60歳)

2002年、オスカー・デラホーヤが設立したゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)のCEOに就任。以降、フロイド・メイウェザー(アメリカ)、サウル・”カネロ”・アルバレス(メキシコ)をはじめとする多くのスーパースターをプロモートした。2014年にGBPを離れ、2016年にリングスター・スポーツを設立。2017年7月にドネアと契約し、昨年9月にはプロベラムの設立を発表した。

写真提供:Ringstar Sports
写真提供:Ringstar Sports

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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