Yahoo!ニュース

異例のボクシング興行が成功した理由をプロモーターが証言。そして、伊藤雅雪の今後は

杉浦大介スポーツライター
Photo By Naoki Fukuda (福田直樹)

12月26日(日本時間) 東京都 墨田区総合体育館

ライト級10回戦

三代大訓(ワタナベ/26歳/10勝(3KO)1分)

10ラウンド判定(96-94, 96-94, 95-95)

伊藤雅雪(横浜光/29歳/26勝(14KO)3敗1分)

*以下、一人語りは興行プロモーター、石井一太郎(横浜光ジム会長)。インタビューは日本時間12月29日、電話で行われた

下馬評有利だった前世界王者の死角とは

 前世界王者の伊藤雅雪が番狂わせで敗れたメインイベントでは、三代大訓がやるべきことをしっかりやったと思います。「こうなったらこうする」というプランを徹底していましたね。

 伊藤は余裕があったわけではなく、もちろん緊張感もありましたが、試合に向けた練習の中でどこかイージーに考えていたところがあったんじゃないかと。油断があったとまでは思いませんが、悪いところが出てしまいました。

 WBO世界スーパーフェザー級タイトルを失ったジャメル・ヘリング(アメリカ)戦と同じ流れになってしまい、伊藤本人も「成長がないですね」と反省していました。実際には成長していないわけではないと思いますが、同じように悪い部分が出てしまう流れになったのは事実です。

 伊藤は反射神経、見切りの良さなどに恵まれており、センスで勝ち上がってきたところがあります。一定の距離になったときに抜群の強さを発揮しますが、そこまで持っていく、自分で作っていく部分が不足していたのかもしれません。試合後、伊藤とゆっくり話をしたときに、徹底してやれなかったところは本人にも伝えました。

 今後についての話もしましたが、すぐに決める必要はありません。まずはしっかりと休み、伊藤が納得いく形での結論を出してくれればいいと思っています。

 国内戦としては異例の規模のイベント

 12月26日のクラウドファンディングの最終結果は3740〜3750万円くらいでした。今回はチケットの売り上げもクラファンの中に食い込んでいるので、チケットを完売させればもう2000万円は越えます。

 墨田区総合体育館には1700くらいの座席を用意しました。満員にはならなかったんですが、1600くらいは埋まったはずで、売れ残ったのは一番安いチケットだけ。普段、一番安いチケットと一番高いチケットから売れるので、珍しいことだったと思います。

 選手の身内だけでなく、本当にたくさんの一般のお客さんがチケットを買ってくれたと感じています。また、投げ銭ではA-SIGN BOXINGへのサポートの額がメインの伊藤、三代よりも多く、圧倒的に1位でした。

 出場選手以上に、ファンが興行自体をサポートしてくれたということかなと。業界の古い体質に飽き飽きしていたボクシングファンが、僕たちのチャレンジに共感してくれたから、こういう金額が集まったのだと思っています。

Photo By Naoki Fukuda (福田直樹)
Photo By Naoki Fukuda (福田直樹)

 今回はファンの期待に応えるため、ライトアップなど、会場内の雰囲気作りにもかなり力を入れました。“アメリカで見た景色を墨田区総合体育館で再現する”という目標を掲げましたが、アメリカの会場をイメージされたらちょっと違うと思われたかもしれません。でも会場内ではスモークがかなり炊かれ、ちょっと煙い感じになったのは雰囲気があって良かった。興行当日の朝に会場でリハーサルをして臨んだ甲斐もあって、全体的に満足がいく仕上がりになったと思います。特に音響が良く、普段、後楽園ホールで流れる音とはかなり違いましたね。

 現場のお客さんたちがどう感じてくれたのかは正直、わからないところもあり、ファンの方の声もあまり聞いていません。今は電話に出たくないし、あまり人と連絡をとりたくありません。準備が大変だったので、しばらく放っておいて欲しいです(笑)

 ただ、アンダーカードに出場した赤穂亮、千葉開、坂井祥紀にファイトマネーを渡した際、選手たちはみんな「後楽園ホールよりも良い」と喜んでくれていました。「次の試合はまた後楽園ホールだから」と伝えましたけど(笑)

 事前の準備で何が大変だったかというと、チケット発送などの事務作業がすごく多かったことです。普段の興行だとチケットぴあ、後楽園ホールに委託販売するんですが、顧客データが得られることもあって、今回はそれをやらず、すべて全部自分たちのサイトで売ったんです。

 結果として、何百枚単位のチケットやグッズを自分が1枚1枚発送しなければいけなくなりました。特にボクシングファンの方は本当にチケットを1枚ごと買いますよね。5、6人でまとめて買う人はほとんどいなくて、8、9割が1人1枚だったので、発送作業も余計に時間が必要になりました。こういったところにも僕たちの方に改善の余地があり、もっと人を誘いたくなるようなイベントにしていかなければいけません。

 熱心なボクシングファンに支えられた興行

 興行当日、YouTubeのライブ視聴者のマックスは1万3000人ほどでした。これに関しては、1万5000〜2万くらいはいきたかったというのはあります。ただ、その日のうちに11万回以上も再生されているんで、「ライブでは見られなかったけど」っていう人たちがたくさんいたのが数字に表れていると思います。

 事前のプロモーション映像も満足いく質のものが作れていたんですが、YouTubeの数字は思ったより伸びませんでした。特に現役時代に凄い実績を残し、これまでYouTubeには出演していなかった山中慎介さんに出演してもらった対談は、視聴回数10万単位の数字を叩き出すと思っていたんです。それが実際には4万回ほど。

 これまではこういう動画を出せばこれくらいというのがだいたい予想できたんですが、対談動画の数字に関しては想定以下でした。YouTube界でアルゴリズムが変わったのかななんて推測しましたが、とにかく計算外でしたね。

 その一方で、視聴者維持率は非常に特徴的でした。YouTubeでは例えば10分の動画が平均何分見られているのかという視聴者維持率が非常に大事になってきます。A-SIGN BOXINGの動画の場合、平均50〜60%という非常に高い数字。それが今回のプロモーション動画に関しては、70%にまで達したんです。

 例えば井上尚弥選手の動画などは、再生回数は伸びるんですが、マニアックなボクシングファン以外の人たちも見るので、最後まで見ずに終わる割合が高くなります。たくさん見るけど、さらっと見て止める感じですよね。100万再生とかにまで達する動画って、平均維持率は20%くらいらしいです。

 伊藤対三代戦前のA-SIGN BOXINGの動画は、熱心なボクシングファンが視聴し、最初から最後まで見てくれた。だから維持率は高かったんだと思います。本当にボクシングが好きな人が見てくれたんでしょう。

美しくライトアップされた入場シーンは見どころの1つとなった。 Photo By Naoki Fukuda (福田直樹)
美しくライトアップされた入場シーンは見どころの1つとなった。 Photo By Naoki Fukuda (福田直樹)

 今回の主役だった伊藤は敗れてしまったわけですが、プロモーターとして今後の展開を考えた時に、もともと僕は伊藤をA-SIGN BOXINGの興行の中心にしていこうとは考えていませんでした。

 三代戦で勝っていたらライト級ウォーズが継続し、アジア3冠王者である吉野修一郎と対戦の可能性もあったでしょう。ただ、伊藤はA-SIGN BOXINGに出る選手ではない。来年以降の興行をどうしていこうかと考えたときに、その構想に伊藤は含まれてないです。

 今回に関しては、日本人同士のノンタイトル戦でもこれだけのイベントができることをとにかく見せたかったんです。新型コロナウイルスによるパンデミックの中でも、段階を踏んでやっていけば魅力的な興行ができる。

 それをファン、関係者に見せたかったし、実際に見せることができたというのは最終的な数字にも表れていると思っています。

(三代大訓vs.伊藤雅雪のノーカット試合映像は4:32:00ごろから)

石井一太郎

●プロフィール

東京都生まれ。前OPBF東洋太平洋ライト級王者、元日本同級王者。通算戦績は21勝(16KO)3敗1分。現役時代は横浜光ボクシングジム所属で現在は同ジム会長、興行プロモーター。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

杉浦大介の最近の記事