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未来のスター候補が無観客興行で悶絶KO。米ボクシングが先乗りしたメリットとは?

杉浦大介スポーツライター
Photo By Mikey Williams/Top Rank

6月9日 ラスベガス

MGMグランド ボールルーム・カンファレンス・センター

スーパーフェザー級10回戦

WBO世界フェザー級王者

シャクール・スティーブンソン(アメリカ/22歳/14戦全勝(8KO))

KO 6回1分31秒

フェリックス・カラバリョ(プエルトリコ/26歳/13勝(9KO)2敗2分)

スター候補が予定通りの圧勝

 蓋を開けてみれば、やはり誰もが予想した通りの内容、結果に終わった。

 開始ゴング直後から軽々とペースを奪ったリオ五輪の銀メダリスト、スティーブンソンはいつになく積極的に仕掛けていく。初回、怖さのないカラバリョから右フック、右ボディで先制のダウンを奪うと、ここでほとんど勝負あり。以降、明らかに格下のカラバリョも闘志は見せるが、ディフェンスの良いスティーブンソンにはパンチはほとんど当たらない。

 終幕は6回。22歳のサウスポーが放った右ボディ、左ボディのコンビネーションで、好戦的なプエルトリカンは悶絶してしまう。リング上で苦しむカラバリョを見て、トニー・ウィークス・レフェリーがすぐに試合を止めた。

 「これまでと違う雰囲気だったし、減量、ジムでのトレーニングもやはり違った。誰とも一緒にいられなかったからね」

 無観客興行シリーズの初陣を終え、40万ドル(カラバリョは5万ドル)の報酬を受け取ったスティーブンソンは正直にそんな感想を述べていた。

 3月にニューヨークで予定された防衛戦が新型コロナウイルスの影響で直前キャンセルされた後、今回のファイトはほんの肩慣らしの一戦だった。勝って当然の試合で予定通りの仕事を果たした形だが、デビュー直後は高校生と見紛うほどに華奢だったスティーブンソンが順調に逞しさを増していることは間違いない。

 「凄いパフォーマンスだった。彼は向上し続けている。未来のパウンド・フォー・パウンド・スーパースターだよ」

 ボブ・アラム・プロモーターがそう述べていたのをはじめ、この選手への米国内での評価と期待度は高まる一方だ。早くもフロイド・メイウェザー(アメリカ)との比較論が飛び出しているのはご存知の通り。正直、対戦相手の質を考えればそんな比較は余りにも気が早過ぎるが、打たせずに打つスタイルゆえ、極めて負けにくい選手に成長していく可能性は高そうではある。

 幸いにも今夜の5ラウンドに痛めかけた左拳も問題なさそうで、だとすれば早期のリング帰還を望みたいところ。フェザー級の減量は相当厳しいこと、期待されたIBF王者ジョシュ・ウォーリントン(イギリス)との統一戦の実現は容易ではなさそうなことなどから、スティーブンソンはこのままスーパーフェザー級に昇級することになるかもしれない。

 近い将来、WBC世界スーパーフェザー級王者ミゲール・ベルチェルト(メキシコ)、WBO同級王者ジャメル・ヘリング(アメリカ)といった同じトップランク傘下の王者たちとの対戦が具体化すれば、余計に楽しみになりそうだ。

88歳のボブ・アラムもマスク着用で元気にリングサイドで観戦 Photo By Mikey Williams/Top Rank
88歳のボブ・アラムもマスク着用で元気にリングサイドで観戦 Photo By Mikey Williams/Top Rank

4時間枠で5試合

 ライブスポーツが全米で壊滅状態の中、ESPNの熱い期待を浴びたこの日の興行は4時間という長尺での生中継となった。しかし、セミに登場予定だった女性ファイター、ミカエラ・メイヤー(アメリカ)がコロナ陽性反応で試合キャンセル。おかげで5試合のみになり、やや間延びしたイベントになってしまったことは否定できない。

 カードの弱さも指摘されていた通りで、ワンサイドで終わったのはメインイベントだけではない。ロベイシー・ラミレス(キューバ)、ジャレット・アンダーソン(アメリカ)、グイド・ビアネロ(イタリア)といったトップランク傘下のプロスペクトたちはそれぞれワンサイドのKO勝ち。ラミレス、ビアネロの相手は1ラウンドも持たなかった。戦前から力の差があり過ぎるマッチメイクに批判の声はあったが、その懸念が的中した感がある。

 もっとも、「ボクシングが戻ってくる」米大手プロモーターが仕掛ける無観客興行シリーズの内幕」でも記したが、今回ばかりはそれも許容範囲ではないかと思える。

 ついにスタートした歴史的なパンデミック下の新シリーズは、トップランク内でも5月初旬にようやく最終的なゴーサインが出たのだとか。世界的に大半のファイターが練習不足で、スパーリングも満足にこなせていない選手がほとんど。しかも渡航制限ゆえに海外からボクサーが呼べない中で、1ヶ月程度の準備期間でのマッチメイクは極めて難しかったことをトップランクは認めている。

 また、トッド・ドゥブーフ社長は、「コロナの検査だけで向こう2ヶ月間で50万ドルが必要になる」と話していた。ESPNのバックアップがあるとはいえ、最終的に経費がどれだけかかるかも未知数だけに、当初はコスト面でも様子を見ながら進んでいく必要があるはずだ。

コロナ対策のため、1試合ごとにリングが消毒された。 Photo By Mikey Williams/Top Rank
コロナ対策のため、1試合ごとにリングが消毒された。 Photo By Mikey Williams/Top Rank

早期再開の価値

 すべてを考慮した上で、トップランクとESPNが懸命に努力し、多くの時間を注ぎ込み、ボクシングをMLB、NBAといったメジャースポーツより先にスタートしたことの意味は小さくなかったように思える。

 今回の試合前、ESPNはスティーブンソンを大々的にプッシュ。試合後のスポーツセンターでもトップニュースでボクシングを伝えていた。視聴率、カジュアルなファンからの評判は現状ではわかりかねるが、元オリンピアンのスター候補が一般的な知名度を大きく上げたことは確かに違いない。

 時を同じくして、ESPNのライバルになるはずだったスポーツ動画配信サービスDAZNはコンテンツ枯れのまま沈黙している。一方、PBCが契約するFOX、Showtimeはスポーツ専門局ではないため、興行再開を焦る必要もなく、じっくりと機会を待つ構えだとか(FOXはMLBの交渉結果待ちだろう)。そんな中で、トップランクが一足先に戻ったことは、まずはボクシングファンを喜ばせるのに十分だった。

 今後、シリーズが進む中で、今回のようなマッチメイクばかりを続ければ、世間の風当たりは強くなるし、視聴率も急降下するだろう。その際には、ボクシングが“先乗り”したメリットは消失してしまう。ただ、あくまでリスタートの第1歩としては、今夜のイベントは失敗ではなかった。

 これから先にシステムを確立し、カードの質も向上させていけるのなら、シリーズを一般のスポーツファンにも喜ばれるものにすることは十分可能なはずである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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