ノニト・ドネアが井上尚弥との死闘で失わなかったもの WBSS決勝密着ドキュメント

(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

 11月7日、ワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ決勝戦の夜。バンタム級の歴史に残る井上尚弥(大橋)との激闘が終わり、約2時間半後ーーー。

 ノニト・ドネアとスタッフの乗った車が九段下のホテルグランドパレスに辿り着き、“王者”から“前王者”になったフィリピンの英雄がロビーに入ってきた。トレーニングウェアを着て、頭に白いタオルをかけたドネア。まずはそこで待っていた支持者たちに丁寧にお礼を述べた。

 「皆さん、どうもありがとうございました。勝ってここに戻って来たかったので、とても残念です」

 激しく、崇高で、見ている方が逆にお礼を言いたくなるほどの素晴らしい戦いだった。“モンスター”と呼ばれる若き王者とフルラウンドをわたりあい、判定負け。それでも周囲が驚嘆するほどのハートとタフネスを示したドネアは、最後までプライドを失うことはなかった。

撮影 杉浦大介
撮影 杉浦大介

 ドネアを待っている間、実は私は上機嫌な姿を想像していた。試合後のボクサーの反応は様々だが、開放感もあって、手痛い敗戦の後でも饒舌になる選手は少なくない。特にドネアは“前半KO負けが濃厚”と目された試合で大方の予想を覆し、判定勝負にまで持ち込んだ。敗れはしても、周囲の過小評価は誤りだと証明してみせた。そんな背景から、少なからず満足感を感じているのではないかと考えたのだ。

 しかし・・・・・・実際に目の前にいるドネアからは、達成感、安堵感、そしてもちろん満足感はみじんも感じられなかった。そんな様子を見て、私は試合前のドネアの姿と、ある言葉を思い出していた。話は試合2日前にさかのぼる。

11月5日 最終会見と調印式

 ファイトウィーク・イベントの会場となったのは九段下のホテルグランドパレス。前夜に日本に帰国した私が会見開始の5分前にボールルームに到着すると、入り口の周囲でドネア、レイチェル夫人、総勢11人に及ぶ“チームドネア”のメンバーが会場入りを待っていた。

 アメリカでの試合前イベントは定刻より30分程度は遅れて始まるのがある意味で“通例”だが、日本では当然のように定刻に開始される。ぎりぎりに会場に飛び込もうとした私を見て、ドネアとレイチェル夫人は笑顔。ただ、スマイルは一瞬で消え、厳しい表情に戻った。

 過去に私は2011年のオマール・ナルバエス(アルゼンチン)戦、2012年の西岡利晃(帝拳)戦、2013年のギジェルモ・リゴンドー(キューバ)戦、2014年のニコラス・ウォータース(ジャマイカ)戦などは現場取材し、その他の試合会場でも何度となくドネアと言葉を交わす機会があった。柔和な印象はこれまでと同じ。それでもバンタム級への減量ゆえ、ドネアは近年の試合時よりも確実に痩せて見えた。

 全員のスピーチに通訳が入るため、通常よりも長くなった今回の会見が終了後、ドネアは囲み取材には応じることなくボールルームを後にする。鋭い眼光を温和な笑顔の中に隠したWBA世界バンタム級スーパー王者は、“チームドネア”のメンバーで敷き詰められたエレベーターの中に慌ただしく消えていった。

撮影 レイチェル・ドネア
撮影 レイチェル・ドネア

 午後5時18分にレイチェル夫人からメッセージが届き、ドネア夫妻が宿泊するホテルグランドパレスのスイートルームに向かった。私が部屋に入ると2人は瞬間的にスマイルを浮かべ、すぐに無表情に戻る。この翌日に計量をパスするまで、笑顔の中にも緊張感に溢れた夫妻の表情は基本的に変わらなかった。

 ドネアとともにソファに腰掛け、タイトルマッチ前最後のインタビュー。トレーニングウェアを着た王者は丁寧に日本と井上へのリスペクトを述べ、同時に溢れ出る自信を語った。ファイト直前のボクサーのコメントは抽象的かつ大げさになることが多いが、ドネアの言葉は具体的で的確。落ち着いた語り口と態度が、キャリア18年の大ベテランの年輪を感じさせる。

 今回のインタビュー中、これまでとは違い、ドネアは一度も“イノウエ”という名前を呼ばなかった。どんな質問にも、常に“彼(Heかhim、his)”。自らを目標にしてきた後輩王者に対してドネアも確実に愛着を抱いているが、ここまで来たらそんな感情は邪魔にしかならない。自らの後を追いかけるように台頭してきたスーパースターは、今や宿敵であり、もう名前を呼ぶ必要もない。

 「観衆は2万人? 2万5000人? 凄い数だけど、リングに立ったら私は全然気にならないんですよ。それよりも、日本で試合をするのがこれが初めてとは。ついに、という感じですね・・・・・・」

 質疑応答を終え、ドネアはソファに座ったまま感慨深げにそう呟いた。

 インタビュー途中、レイチェル夫人の父親が夕食のお弁当を持って部屋に入ってくると、ドネアはソファから静かに立ち上がり、自らテーブルに運んだ。取材後、「一枚食べようかな」と言ってステーキ弁当の肉とモヤシに箸を運ぶ。言葉通り、減量は順調なのだろう。

 ドネアが食べている間、レイチェル夫人はこの日の会見で井上がモハメド・アリについて話した言葉に興味を示し、私のレコーダーに録音された音声に聞き入った。その後、仲の良い夫妻はそれぞれ思い思いの時間を過ごす。部屋に漂った独特の緊張感は最後まで薄れないままだった。

11月6日 前日計量

 「ドネア選手、53.3キログラム、117 1/2パウンド」

 両腕を掲げて計量の秤に乗ったドネアは、無事にパスしても表情を崩さなかった。すぐに水のボトルを手にし、壇上でのフェイスオフ。最後に井上と握手を交わし、ようやく小さく微笑んだ。

 「ハイ、ダイスケ!」。ホテルグランドパレスのエレベーターの前にいた私を見ると、そこでついに満面の笑顔を浮かべた。事前からクリアできる手応えはあっただろうが、フェザー級でも戦ったドネアがバンタム級に落とす減量が容易なはずはなく、まず最初の戦いを終えた開放感が垣間見えた。

撮影 杉浦大介
撮影 杉浦大介

 ホテルの部屋でサラダとフルーツをかき込んで胃をならしたドネアは、約45分後にボールルームに戻ってきた。壇上のイスに座り、植田眞壽氏を通訳に、約10分間のメディアセッション。今後の食事予定を尋ねられ、「このあとはラーメンを食べて、夜はステーキ」と前夜にも述べていたリカバリープランを繰り返す。途中で日本人報道陣に促され、背後に置いてあるモハメド・アリ・トロフィーに目をやるシーンも。

 「獲得できれば最強の証明。このトロフィーをリング上で掲げることを楽しみにしています」

 決戦前夜、ドネアらしいはつらつさと天真爛漫なスマイルがようやく戻ってきた。

11月7日 試合当日

 午後9時15分頃、セミファイナルが終わり、ドネアとチームドネアのスタッフが選手入場口に姿を表した。オレンジと青のコスチュームに身を包んだ王者は、ケニー・アダムス・トレーナーが持ったボトルの水を飲み込む。「(入場の)30秒前」と言う声がかかると、身体を左右に小刻みに振り始めた。

 リングウォークを開始すると、ドネアの全身に敵地とは思えないほどの莫大な歓声が注がれる。しばらく背後を歩いていても、場内の熱気に圧倒された。

撮影 杉浦大介
撮影 杉浦大介

 その後、WBSS独特のレーザーを使った派手なセレモニーが開始。コーナー下に設置されたステージ上でのドネアは、どう動けば良いのかがはっきり分からず、井上の方をチラチラ横目で見ながら確認していた。長いキャリアを誇るフィリピンの英雄も、英国サッカーのそれを彷彿とさせるWBSSの斬新な演出にはまだ馴染めていないのだ。

 午後9時半。WBSSバンタム級の決勝であり、軽量級を代表する2人のスーパースターの直接対決のゴングが鳴る。運命の一戦。レイチェル夫人はエプロン下で心配そうにリングを見つめている。ベイレス・トレーナーに背中を叩かれてリングの中央に駆け出したドネアは、眩い光量の下で、11歳も若いチャンピオンと向かい合い、鋭い左ジャブを繰り出した。

11月8日(深夜) 試合終了後

 死闘を終えて、ホテルグランドパレスのスイートルームは少々息苦しいほどに静かだった。

 部屋に戻ると、ドネアはそのままソファにおもむろに腰をかけた。壮絶な一戦に敗れ、明らかに意気消沈した前王者の姿に、ロビーで待っている間は騒がしかった10人以上に及ぶ取り巻きたちも沈黙を保っている。その間隙を縫うように、ドネアは試合を振り返り始めた。

 「良い試合になりましたが、私は多くのミスを犯してしまいました。ゲームプランを間違えた。パワーに頼りすぎてしまったことを否定はしません。もちろん井上を讃えなければいけませんね・・・・・・」

 ソファに深々と座ったドネアは、前述通り、満足感などまったく感じさせず、心底からの悔恨を語った。冷静に敗因を分析し、特にチャンスを掴んだ第9ラウンドに攻めきれなかったことを悔やんだ。

 そして、ほとんど信じられないことに、激闘を終えたばかりだというのに、今後への展望まで語り始めたのである。

 「自分に何ができるかはわかっていたので、周囲の人たちが間違っていると示すことに興味はありませんでした。それよりも、大切なのは私にはまだ改善点があるということ。この試合からも多くを学びました。まだ最高の自分には到達していないし、そこに辿り着きたいと思っています」

 これほどのダメージを負った後でも闘志の衰えないドネアの姿を目の当たりにし、瞬間、私は戦慄する。それと同時に、改めて真実を思い知らされたような気分になった。

撮影 杉浦大介
撮影 杉浦大介

 「私が勝ちますよ。それだけです。勝つことはわかっています。今回の試合は、私がバンタム級戦線のトップに再浮上する一戦になるのです」

 前々日、私に残したそんな言葉は、強がりでも誇張でもなかった。誰もが“絶対不利”と感じた一戦でも、実際にドネアの頭には“敗北”や“善戦”といったオプションは存在しなかった。彼にとって、“モンスター”と呼称される井上との対戦も”勝てていたはずの試合”だった。

 そういったマインドセットであるがゆえに、30代も後半に入った現在までドネアはトップ戦線に止まってこれたのだろう。だからこそ、この日も名勝負を演じられたのだろう。最後の最後で、フィリピンの英雄を英雄たらしめている理由を私は突きつけられたのだった。

 時計の針はすでに午前1時を回り、もう立ち去らなければいけない時間に思えた。インタビューを終えた私は席を立ち、レイチェル夫人と静かに握手をかわす。いつも強気だったレイチェル夫人のほとんど涙ぐんだような表情が、周囲のファンにとっては“敗者なき戦い”であっても、ドネア夫妻にとってはそうではなかったことを象徴しているように思えた。スイートルームを出る際、もう一度ドネアの姿を見ると、その目も微かに潤んでいるように見えた。

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