Yahoo!ニュース

描かれる現実は過酷でも、アジアの未来は明るかった第36回東京国際映画祭。2024年に公開熱望の2作。

杉谷伸子映画ライター
『レッドライフ』 (c)BrandThinkCinema2023

長編第一作にして光ったアジアの才能

『ロングショット』『レッドライフ』

第76回カンヌ国際映画祭最優秀男優賞受賞作にしてオープニングを飾った『PERFECT DAYS』も正月に向けて遂に公開され、クロージング作品となった『ゴジラ−0.1』は邦画実写作品としての全米興収記録が歴代1位となるなど日本のみならず大ヒット。

こうした話題作を劇場公開に先駆けて見られるのも映画祭の楽しみだが、日本公開がまだ決まっていない作品や無名の新人監督の才能に触れられるのもまた映画祭の醍醐味。

新しい年も間近に迫った今、改めて第36回東京国際映画祭(2023年10月23日〜11月1日)で、個人的に印象深かった作品を記しておきたい。

ハードボイルドな社会派

最優秀芸術貢献賞の中国

ペマ・ツェテン監督の『雪豹』東京グランプリに輝いたコンペティション部門で強烈なインパクトを受けたのが、最優秀芸術貢献賞を受賞したガオ・ポン監督の『ロングショット』

射撃選手だった主人公。銃を構える際のこのポーズが、のちの少年の心理描写にも繋がる。『ロングショット』(素材提供:第36回東京国際映画祭)
射撃選手だった主人公。銃を構える際のこのポーズが、のちの少年の心理描写にも繋がる。『ロングショット』(素材提供:第36回東京国際映画祭)

1990年代の中国東北部の鉄鋼産業の町を舞台に描かれるのは、体制の急激な変化に苦闘する人々と鉄工所の斜陽が招く衝撃的な事件。主人公シュエピンはかつては国際大会で活躍するほどの射撃選手だったが、競技によって右耳の聴力に問題が生じ、今は鉄工所の警備部で働いている。

そんな彼の経歴が終盤の銃撃戦に生きてくるのはもちろん、心理描写にも生かされている。「射撃の才能があるかどうかは、銃を構えた腕が震えないかどうかでわかる」といったやりとりが、シュエピンとある少年との間で繰り広げられるのだが、そのやりとりがのちに少年の正義や決意を台詞のないシーンで伝えるために活かされているのが秀逸。

さらに、終盤の銃撃戦などクライマックスにはハードボイルドなかっこよさ満載。主演のズー・ホン、少年を演じたジョウ・ジェンジエら、俳優陣がまた魅力的ときている。

ジョウ・ジェンジエ演じる少年たちは、斜陽の町で生きるために窃盗を繰り返すことに。『レッドライフ』(素材提供:第36回東京国際映画祭)
ジョウ・ジェンジエ演じる少年たちは、斜陽の町で生きるために窃盗を繰り返すことに。『レッドライフ』(素材提供:第36回東京国際映画祭)

ガオ・ポン監督は、音声面に問題があり、音楽も最終的なものではないことを上映後のQ&Aで詫びていたが、それでも最優秀芸術貢献賞に輝いているのだから、作品のクオリティの高さは推して知るべし。

長編第一作にして社会派な題材を、最終的には見応えのあるエンターテインメント作品な余韻に浸らせてくれる作品に仕立てつつ、細部の細やかな描写でも痺れさせる才能は、要注目だ。

社会に見過ごされた人々

苦い現実の先に指し示される希望

長編3本目までのアジア(日本・中東を含む)のフレッシュな作品を世界に先駆けて上映するアジア・コンペティション部門「アジアの未来」では、大都市バンコクの片隅で過酷な環境のもとで愛と希望を求めてもがく若者たち描いたタイ映画『レッドライフ』エカラック・ガンナソーン監督のセンスが光った。

性を売って生きる母親の期待を背負って、名門校に通うソム。魅力的な上級生との出会いで、新たな世界に触れるが…。『レッドライフ』 (c)BrandThinkCinema2023
性を売って生きる母親の期待を背負って、名門校に通うソム。魅力的な上級生との出会いで、新たな世界に触れるが…。『レッドライフ』 (c)BrandThinkCinema2023

女子高生ソムと、裏社会の周辺に生きる青年トゥーを軸に描かれるのは、ガンナソーン監督曰く「社会の中でも見過ごされている人々」。彼らを通して社会の格差を浮かび上がらせつつ、やがて登場人物たちの人間模様が一つに収束していくさまをサスペンスドラマとして手に汗握らせると同時に、ソムとトゥーという二人の若者の成長を切なさと苦さの中に映し出しつつ、その先に希望を指し示してみせるあたりがお見事。

トゥー役のティティ・マハーヨーターラックやソム役のスピチャー・サンカチンダーら、こちらの作品もまたキャスト陣にも華があるのも大きな魅力だ。

苛立ちを抱えるトゥーが路地裏を歩くカットにも映像センスがひかる。『レッドライフ』 (c)BrandThinkCinema2023
苛立ちを抱えるトゥーが路地裏を歩くカットにも映像センスがひかる。『レッドライフ』 (c)BrandThinkCinema2023

コンペティション部門はアジア映画が半数近くを占め、有名スターが出演する作品も少ないがゆえに、国際色や華やかさに欠ける印象は否めなかった。だが、むしろ、これからはコンペティション部門ではアジア色を打ち出していくのが東京国際映画祭の個性として認識されるのかもしれない。

今年は上映作品全てがワールド・プレミアだった「アジアの未来」など、まっさらな状態で新たな才能に出会えるのは、やはり国際映画祭ならではの醍醐味。

グランプリの『雪豹』も審査員特別賞最優秀女優賞を受賞した『タタミ』もアジアン・プレミアだったが、コンペティション部門も最優秀監督賞観客賞『正欲』や『ロングショット』などコンペティション部門も15作品中10作品がワールド・プレミアだった。映画祭としての魅力が高まっていけば、東京国際映画祭をワールド・プレミアの場に選ぶ作品もさらに増え、観客のワクワクもさらに高まるというもの。

今後のラインナップのさらなる充実と共に、映画祭上映時には配給が決まっていなかったこの2作品をはじめ、受賞作をはじめとした秀作の数々が日本公開されるのを楽しみにしている。

【第36回東京国際映画祭 受賞結果】

[コンペティション]

東京グランプリ/東京都知事賞 『雪豹』監督:ペマ・ツェテン

審査員特別賞 『タタミ』監督:ザル・アミール、ガイ・ナッティヴ

最優秀監督賞 岸善幸『正浴』

最優秀女優賞 ザル・アミール『タタミ』

最優秀男優賞 ヤスナ・ミルターマスブ 『ロクサナ』

最優秀芸術貢献賞 『ロングショット』監督:ガオ・ポン

観客賞 『正欲』監督:岸善幸

[アジアの未来]

アジアの未来 作品賞 『マリア』監督:メヘディ・アスガリ・アズガディ

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『25ans』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

杉谷伸子の最近の記事