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香港映画の未来のためにノーギャラ出演。『燈火(ネオン)は消えず』に込めたサイモン・ヤムの願いとは。

杉谷伸子映画ライター

『燈火(ネオン)は消えず』主演

サイモン・ヤム にインタビュー

かつて香港の夜景の象徴だったネオンサインが2010年の建築法改正によって消えゆくなか、ネオン職人だった夫とその最後のネオンを完成させようとする妻の愛を描く『燈火(ネオン)は消えず』

ネオン職人ビル役のサイモン・ヤムは、妻メイヒョン役のシルビア・チャンと共に、変わりゆく香港を背景に夫婦の愛と人生の機微を演じている。これが長編第1作のアナスタシア・ツァン監督から本作の企画を聞き、脚本を読む前に出演を即答したという。

「私は湾仔エリアで生まれて育ったんですが、ネオンが溢れていた60年代の湾仔は、香港で最も輝いていた場所。ネオンが大好きなんです。どんどん取り壊されているといってもネオン職人さんはまだいらっしゃるわけですから、この映画を撮ることによってネオンが後世に残って、見てもらえることになる

次第に紐解かれていく夫婦の歴史。共に重ねる人生が沁みる。
次第に紐解かれていく夫婦の歴史。共に重ねる人生が沁みる。

「と同時に、赤や緑、オレンジ色といった輝かしいネオンの灯りを通して、香港映画ももっともっと輝いてほしいという気持ちが非常に強かったんですね。香港映画のさらなる発展に寄与するためにできるかぎりのことをするのは香港映画界全員の責務だという話も、ツァン監督にしました。私自身も新人の頃に機会を与えられて成長することができ、今、自分たちの世代がその恩返しをする時代になってきた。ですから、この映画のギャラは“000”。ノーギャラです

ノーギャラ出演!?  事務所の方たちは、それでOKなんですか?

「私がOKと言いましたから(笑)。こうした機会を生かして、たくさんの新人監督や俳優に力を発揮してもらい、香港映画のために少しでも貢献できればという気持ちでいっぱいです。彼らもいずれベテランになって、新人を発掘し、心を込めて育成していく。そういう人がたくさん現れることによって、香港映画はもっともっと良くなるだろうと信じています」

まず、油絵を描く

役作りのユニークなアプローチ

映画が新しい才能によって受け継がれていくように、ネオンの輝きも受け継がれていくという気持ちで、ビルを演じた」というサイモン。ネオン職人のもとで1週間かけて、ガラス管の曲げ方などの技術を習得したそうだが、そのうえで役へのユニークなアプローチもとっている。

「ビルの心の中には、ネオンのエネルギッシュな色がずっとあるわけなんですね。ですから、私の記憶の中に残っている、ネオンの色や輝きを油絵で表現しようと思いました。実際、たくさん描きましたが、全部、香港のネオンの絵なんですね。例えば、これ」

と、見せてくれたスマホの画面には色鮮やかな油絵が。

飾られているのは、ビルを演じるにあたってサイモン・ヤムが描いた油絵の1枚。写真提供:サイモン・ヤム
飾られているのは、ビルを演じるにあたってサイモン・ヤムが描いた油絵の1枚。写真提供:サイモン・ヤム

「映画に出演するときには、自分の役柄に関してはいろんなことを想像するんです。で、自分の役柄に関する部分については、まず絵を描いて。家の中で、その絵に向かって、“私はこの映画の中のこの人物を演じるのだ”と自分に言い聞かせる。

人間はだいたい朝起きると、まずトイレに行って、鏡で今日の自分の顔を見るじゃないですか。でも、私は役柄を演じるときは、まず、自分の描いた絵と対面して、自分の役について考える。それから、トイレに行って、顔や手を洗う。

常にこういう方法を用いて、自分に対してリマインドをするんです。“自分自身を演じるのではないのだ”と。“今日、これから、この人物を演じるのだ”。そういうことを撮影中、毎日言い聞かせる。警官を演じるときは、警官を描いて、“今日、この警官は何をするのだ”ということを考える。これは私にとってはとても快適な方法です」

ビルのネオン工房では、メイヒョンが知らないネオン製作が続けられていた。
ビルのネオン工房では、メイヒョンが知らないネオン製作が続けられていた。

油絵での役作りは、いつ頃からですか?

「この2年くらいですかね。絵が描けるようになる前は、写真を撮って自分の役柄について考えていました。油絵の力強い色彩が、とても好きなんですよね。以前は仕事が忙しくて絵を描く暇もなかったんですが、今はそれなりに時間もあるので、どうしても油絵を描きたいという気持ちが強くなりました。これまで描いた油絵をまとめて個展を開いたり、画集を出したりしてほしいって? そのときにはプレゼントしますよ(笑)」

そうして演じられたビルとメイヒョンの夫婦愛や一人娘との絆など、決して楽しいことばかりではなかったこの家族の物語は、共感を呼ぶ機微に満ちている。

「実は、私とシルビア・チャンさんの台詞は、現場で二人のアドリブで変えた部分が結構あるんです。この夫婦は熟年で人生経験もいろいろあるし、我々自身もそうです。でも、ツァン監督は非常に若いので、まだこうした人生経験は少ないですから。

監督が我々の提案を臨機応変に受け入れてくださったおかげで、この夫婦のラブストーリーの部分は、脚本に書かれていたものよりもかなり自然なものになったと思いますし、結果、この夫婦の感情はリアルなものになった。こうしたリアルの感情が流れ出てくることによって、映画そのものが見ごたえのあるものになる。監督も、我々との現場をすごく新鮮な経験をしたとおっしゃっていました。シルビア・チャンさんとツァン監督には、この場で改めて心から感謝を申し上げたい。

リアルな感情そのものはずっと生き続けていくものだと思います。ですから、みなさん、ぜひ、『燈火(ネオン)は消えず』を劇場でご覧ください」

(c)A Light Never Goes Out Limited. All Rights Reserved.

サイモン・ヤム:香港生まれ。モデルとして芸能活動を始め、70年代から俳優業を開始し、ジョニー・トー監督作でよく知られる。ハリウッド映画『トゥームレイダー2』にも出演。近年は人情味溢れる作品で燻し銀の魅力が光る。

『燈火(ネオン)は消えず』

1月12日よりBunkamura ル・シネマ 渋谷宮下、シネマート新宿ほか全国順次公開中

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『25ans』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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