セックスも暴力も

過剰な描写は必要ない。

直近の記事「刺激的なセックス描写は必要なのか? ベルリン映画祭金熊賞受賞作の挑発が考えさせる」で『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督〈自己検閲〉版』が過剰な描写は必要ないと確信させてくれたことを書きましたが、ミシェル・フランコ監督の『ニューオーダー』は性暴力もまた過剰に描かれる必要がないことを見せつけます。

2020年のヴェネツィア国際映画祭審査員大賞を受賞した本作は、経済格差が広がり続けるメキシコが抱える問題を直視したディストピア・スリラー。裕福な家庭に育ったマリアン(ネイサン・ゴンザレス・ノルビンド)ら多くの人々(監督によれば、主人公は8人)の人生が、格差社会への不満から発生した暴動によって一変しする様を冷徹に描きます。

フランコは、『父の秘密』『母という名の女』カンヌ国際映画祭「ある視点」部門グランプリ最優秀脚本賞を受賞し、『或る終焉』コンペティション部門最優秀脚本賞を受賞しているメキシコの俊英。

マリアンの結婚パーティーが開かれているその日、広がり続ける経済格差への不満から発生した抗議デモが暴徒化。政財界の名士たちも招かれていた豪邸にも暴徒が押し入り、パーティーは殺戮と略奪の場と化しますが、これは秩序崩壊がもたらす悪夢のほんの入り口。マリアンは難を逃れるものの、軍が暴動を制圧し、戒厳令のもとで新しい秩序がもたらされようとするなか、想像を絶する状況に追い込まれていきます。

結婚パーティーが開かれている屋敷にも暴徒が乱入。富裕層の招待客たちを恐怖に陥れる。
結婚パーティーが開かれている屋敷にも暴徒が乱入。富裕層の招待客たちを恐怖に陥れる。

社会秩序が崩れた混乱の中では略奪や殺人だけではなく、性暴力も行われます。本作では新たな秩序が築かれつつあるなか、衝撃的な犯罪も行われるのですが、その被害者たちは性別を問わず性暴力の恐怖にも晒されることに。

フランコ監督はそうしたシーンを実に映画的に描きます。性暴力の行為そのものを執拗に映し出すのではなく、フレームの外から聞こえる悲鳴や物音、その恐怖に怯える登場人物たちの姿によって加害者たちの残虐さに戦慄させる。暴行シーンになる以前から、背後でずっと聞こえている泣き声や悲鳴にもまた被害者たちを待ち受ける事態のむごさを予感せずにはいられません。

全裸に緑の塗料

不安をかき立てる鮮烈なイメージ

こうした描写が観客の想像力を増幅させるのは、本作の冒頭に映し出される鮮烈なイメージのかずかず。

塗料の緑とともに、マリアンの赤いジャケットが印象的。メキシコ国旗に使われている色でもある。
塗料の緑とともに、マリアンの赤いジャケットが印象的。メキシコ国旗に使われている色でもある。

雨が降りしきる中、白い壁の前で立ちすくんでいる全裸のマリアン。その体を伝う緑の塗料。むごたらしい遺体のかずかず。強烈なインパクトを持った映像が、不穏な空気を募らせる。ほどなく、緑の塗料が意味するものが明らかになったとき、私たちはマリアンの身を案じずにいられなくなるのです。

冷酷な現実を直視する

冷徹な視線の先にあるもの

経済格差が広がり続ける社会にあって、マリアンは裕福であることに驕らない心優しい人物として登場します。彼女が結婚パーティー会場での難を逃れることができたのは、善意の持ち主だからなのですが、だからといって危機を逃れ続けられるわけではないあたりが、恐ろしくリアル。彼女以外にも善良な人々は登場するのですが、善良だからというのは救われる理由になりません。

その冷徹な視線と描写が、現実の冷酷さを突きつけてきます。そうした現実の冷酷さは、きっと世界のどこでも変わらない。さらに、新しい秩序が生まれたからといって、その秩序が社会を良くするものとは限らない。メキシコの俊英による格差社会への警告には、そんな事態にならないことへの願いが託されているのかもしれません。

『ニューオーダー』(原題:NUEVO ORDEN /英題:NEW ORDER)

6月4日(土)より、渋谷シアター・イメージフォーラムほか順次公開

(C) 2020 Lo que algunos soñaron S.A. de C.V., Les Films d’Ici

配給:クロックワークス