ハリウッドスターと鬼才の極上コラボに魅了されずにいられない。独創的な不条理スリラー『聖なる鹿殺し』

ギリシャの鬼才と呼ばれるヨルゴス・ランティモスは、不思議な監督です。ポジティブな言葉で魅力を説明するのは難しい世界を描いているのに、惹かれずにいられない。

第70回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した不条理スリラー『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(原題:The Kiiling of a Sacred Deer)もまた然り。

スティーブン(コリン・ファレル)は、眼科医の妻アナ(ニコール・キッドマン)、娘キム(ラフィー・キャシディ)、息子ボブ(サニー・スリッチ)とともに、郊外の豪邸で幸せに暮らす心臓外科医。しかし、ある少年マーティン(バリー・コーガン)を家族に引きあわせたことから、一家を不穏な影が覆いはじめます。

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スティーブンが以前から気にかけていたらしい、この少年との関係が解き明かされていくにつれて、物語はマーティンの復讐劇の様相を呈していくのですが、全編に何かに抑圧されているような異様な緊張が張り詰めているのは、これが復讐される側の物語だから。

しかも、マーティンが一家にもたらす悲劇は、理屈では説明できないこと。子供たちは突然歩けなくなり、這って動くしかなくなる。さらに、彼は、もっと悪いことが起こると告げるのです。綿密な計画に基づいてターゲットを破滅に追いこんでいく復讐スリラーの常道とはまったく違い、突如として悲劇が襲いかかる不条理。やがて、スティーブンは、自分たちが置かれた絶望的な状況を解決するための「究極の選択」に苦悶することに。

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ギリシャ悲劇を想起させる「聖なる鹿殺し」という言葉がタイトルになっていることが、この家族を待ち受ける事態を想像させるわけですが、究極の選択を迫られたスティーブンと家族の行動は、人々が、親と子について信じたいと思っている“常識”を冷笑しているかのよう。実際、苦悩の末のスティーブンの行動は、笑いさえ誘うほど。

だからといって、ランティモスは、この作品から何をどう受け取れなどというメッセージは感じさせません。「人生で大きなジレンマに直面したとき、人は善悪が判断できるとは限らない」と語ってはいますが、出来事をただ冷徹に突きつけるのです。

かなりの緊張感を要求する世界ですが、観終わった後には胸のざわつきは残るものの、面白い映画を観たという高揚感が確かにある。

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この不条理な世界を息を詰めて凝視しつづけることができるのは、緊張感に満ちた映像と音楽で構築された世界観とともに、主人公夫婦を演じるのがハリウッドスターであることも大きいでしょう。

期限内にパートナーを見つけられなかった独身者は動物にされてしまう世界を描いていた『ロブスター』でも、コリン・ファレルやレイチェル・ワイズ、レア・セドゥら豪華キャストが、シュールな世界をとっつきやすいものにしていました。本作では、同じ第70回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したソフィア・コッポラの『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』でも共演しているファレルとキッドマンが、エリート夫婦をどこか無機質に演じて、シネフィル好みの世界の間口を広げてくれています。

この作品がカンヌ映画祭3度目の受賞となった才能が、ハリウッドスターを惹きつけ、その実力派スターたちの存在が観客にランティモスの世界への興味を抱かせる好循環。しかも、アリシア・シルバーストーンもマーティンの母親役で登場。この母親のスティーブンに対する態度もまた、絶妙な居心地の悪さを感じさせてお見事。

そして、そのビッグネームたち以上に強力な磁力を放っているバリー・コーガン。兵士たちの救出に向かうべく民間船に乗りこんだ少年を演じた『ダンケルク』でも、名優揃いのなかでひときわ強い印象を残した彼は、ここでも登場した瞬間から得体のしれない存在として、観客に不安を抱かせずにいません。その強烈な存在感。天才監督たちに次々と起用される演技力ともあいまって、これから目が離せない存在になるのは確実です。

『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』

新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか公開中

 

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