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亀梨和也は「俳優」に覚醒していた。吉田大八が三島由紀夫をアップデートする『美しい星』

杉谷伸子映画ライター
(c)2017「美しい星」製作委員会

三島由紀夫の原作を吉田大八監督によって映画化する。それだけでかなり気になる作品を、キャストの顔ぶれがさらにそそるものにしている『美しい星』。

突如として「宇宙人」に覚醒した家族が巻き起こす悲喜劇は、その期待をはるかに超え、吉田大八のセンスに改めて興奮させてくれる快作です。

“あたらない”お天気キャスターの大杉重一郎が、ある日、「火星人」として覚醒。地球温暖化を憂えて“太陽系惑星連合からのメッセージ”をTVのお天気コーナーを通して発しはじめる。時期を同じくして、フリーターの息子・一雄は「水星人」に、大学生の娘・暁子は「金星人」に覚醒。覚醒した家族の突飛な行動に戸惑いながらも、妻の伊余子は久々に見つけた自分が輝ける場所であるところの 怪しげな水のネットワークビジネスにハマっていく。

東西冷戦下に書かれた原作の核戦争の危機を 地球温暖化に置き換え、未来の地球と人類のために今何をすべきかと重一郎が問いかけていた世界は、やがて家族の物語へと収束していくのですが…。

原作を知らない観客は、素直に物語のうねりに興奮し、原作の読者ならば、三島が「木星人」として描いた伊余子を「地球人」にすることで、重一郎たちの覚醒ぶりが際立つことに感心せずにいられない この作品。“異色の”という枕詞がつくとはいえ、吉田は昭和を代表する作家のSF小説をうやうやしく扱うのではなく、三島が現代に生きていたら憂えただろう視点をもって原作をアップデート。“現在”という時代と、いつの時代でも変わらない家族の温かさと 家族だからこその冷たさをも見つめさせてくれる。吉田らしい寒色系の世界が、冷静な視線を感じさせつつ、その中で生きる人たちの生命の熱をより感じさせてくれる吉田組の仕事にも、今回もまた惚れ惚れするばかりですが、その世界を表現する演技陣がまた素晴らしいこと! 

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浮気相手のアシスタント気象予報士からも実は軽く見られている重一郎の俗っぽさがリアルなリリー・フランキー。夫からも子供達からも透明人間扱いされがちな伊余子の寂しさが滲む中嶋朋子。現実の壁にぶつかった一雄の焦燥と野心を体現する亀梨和也。自分の美しさを拒否しているかのような暁子の佇まいにも、覚醒してからの真っ直ぐさにも恐ろしく説得力のある橋本愛。そして、一家と関わる謎の男の不敵さが、超絶色っぽい佐々木蔵之介。メインのキャストはもちろん、アシスタント気象予報士の誇張されたあざとさ加減までもが逆にリアルに感じられる絶妙さ。そう、これは特定の誰かが素晴らしいと賞賛するタイプの作品ではなく、それぞれの静かな化学反応がもたらす作品としての完成度の高さに興奮せずにいられない作品なのです。

だからこそ、逆説的ではありますが、この作品のもうひとつの大きな興奮といえるのが、亀梨和也の起用。これまで何作ものドラマや映画で主演を務めてきた彼ですが、スターである以上、演じる役柄には 亀梨が演じるからこその魅力も当然求められていたはずです。そして、彼はこれまでそうした漫画や小説の映画化作品でも 亀梨和也と役柄との絶妙なバランスで魅力的なキャラクターを作りあげてきました。けれども、『美しい星』は重一郎を軸とした群像劇であり、純粋に役者であることを求められる作品。しかも、「宇宙人」として覚醒しながらも、焦りも野心もある普通の青年でもあるという難しい役柄です。アイドル臭やスター臭が少しでも出たらアウト。

ですが、亀梨は、そこで一雄としてのみ存在し、亀梨和也という存在を微塵も感じさせません。冒頭の家族が集まるレストランへの登場シーンも、ロードバイクで都会を疾走するシーンも、ハッとさせるかっこよさですが、そのかっこよさも亀梨和也というスターのかっこよさではなく、あくまでも一雄という青年のかっこよさ。日本映画を牽引する吉田の作品において 登場人物の一人としてごく当たり前に存在しているのです。その事実が目の当たりにさせるのは、亀梨がとっくに「俳優」に覚醒していたということ。そして、すべてのキャストの素晴らしさとあいまって、『美しい星』は 改めて吉田の俳優を見る眼の確かさと演出力にも感嘆させてくれるのでした。

『美しい星』

TOHOシネマズ 日本橋ほか全国ロードショー公開中

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『25ans』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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