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最低で最高の天才の魂の響き。稲垣吾郎主演舞台『No.9-不滅の旋律-』

杉谷伸子映画ライター

天才音楽家ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが聴覚を失い始めた頃から、最後の交響曲『第9番』を生み出すまでの半生を綴る稲垣吾郎主演舞台『No.9-不滅の旋律-』が10月10日に幕を開けた。初日前日の9日に行われた公開ゲネプロを取材。

音楽と芝居が奏でる人生の交響曲

演出・白井晃、脚本・中島かずき劇団☆新感線)、音楽監督・三宅純が構築したのは、架空の人物マリアをベートーヴェンの人生に登場させることによって、誰もが名前は知っている偉大な音楽家の人生に改めて興味を抱かせてくれることになったドラマティックな世界。

ナポレオンが率いるフランスが勢力を増し、ヨーロッパが揺れ動く時代。難聴に悩まされ始めながらも「政治は変わるが芸術は変わらない」と自らの音楽に誇りを持つ天才ベートーヴェンが、それぞれのかたちで彼と彼の音楽を愛した3人の女、恋人ヨゼフィーヌ(高岡早紀)、ピアノ技師ナネッテ(マイコ)、ナネッテの妹マリア(大島優子)や、彼の音楽を愛する人たちを翻弄し、ときに衝突ながらも支えられ、孤独や絶望のなかから『交響曲第9番』を生み出していく。3人のピアニスト(日下譲二末永匡佐藤文雄)によるピアノの生演奏が、天才音楽家の機微を映すなか、ベートーヴェンと彼に関わった人々の苦悩が深ければ深いほど、人と人との魂が響きあう喜びの結晶として完成させる『第九』の合唱が神々しさと高揚感に満たされることになるわけだが、その魂の叫びが響きわたるクライマックスはまさに圧巻。

人間臭さが魅力、稲垣ベートーヴェン

稲垣は、言葉を発せずとも舞台に現れるだけで芸術家の苦悩が伝わってくるオープニングから 観客を作品世界に一気に引き込んでさすがの存在感。ときにコミカルなやりとりを交えながら、ベートーヴェンの才能を認めなかった父の幻影(田山涼成)に苛まれつつも、彼の音楽の力に心酔する山師ヴィクトル(長谷川初範)らに勇気付けられる音楽家の魂を体現すると同時に、聴覚を失ったことを俗世の雑音を聞かずに済むとうそぶく天才の人間臭さに共感させてくれる。物語に陰影を与える、傍若無人でありながら人を惹きつけずにいない磁力を持った天才のさまざまな顔は 実に魅力的だ。

「自分の音楽を認めてくれた人にはこう(好きに)なってしまうので」とゲネプロに先立つ囲み取材でベートーヴェンについて稲垣が話していたとおり、「すごく情熱的な人間」だという彼の音楽をさまざまなかたちで支える女性たちとの関係も、もちろんこの作品の大きな軸。稲垣とまるで踊るかのような艶かしいラブシーンを演じる高岡は、女のたくましさとしたたかさ、その奥にある哀しさを大人の女の魅力で魅せ、マイコは天才の才能に自分の才能で応えようとした女性ピアノ技師に凛とした品格を与えているのだ。

そして、本作が注目の初舞台である大島は、ベートーヴェンを人間としては最低とあきれながらも、彼が生み出す最高の音楽を愛し、そのそばにいることを選んだマリアの成長を見事に映し出す。向こう見ずな少女から、ベートーヴェンの音楽活動になくてはならない存在へと変貌を遂げながらもそこには彼への変わらぬ愛があることを見せる大島は、娘時代の内側から輝くような美しさもさることながら、クライマックスの聖母のような包容力まで初舞台とは思えない堂々とした演技。その舞台度胸も舞台映えも、さすが何万人もの視線を集めるステージに立ってきた存在といったところ。囲み取材で見どころをたずねられた稲垣が、大島の名を挙げていたのも頷ける。

「舞台ってほんとに素晴らしいものですし、楽しいものなので、これを機に好きになってほしいと思います」と、初舞台の大島へ向けた言葉も残していた稲垣。その願いどおり、素晴らしいスタッフ・キャストとの作品との出会いで 大島は間違いなく舞台を好きになるだろう。

『No.9-不滅の旋律-』

【東京公演】2015年10月10日(土)〜25日(日)赤坂ACTシアター

【大阪公演】2015年10月31日(土)〜11 月3日(火・祝)オリックス劇場

【北九州公演】2015年11月13日(金)〜15日(日)北九州芸術劇場大ホール

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『25ans』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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