Yahoo!ニュース

こども基本法、こども家庭庁が自民党で大荒れする2つの理由-自民党保守派が子供の権利こども政策を潰す?

末冨芳日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員
自民党は子供を笑顔にできるのか?(写真:イメージマート)

児童虐待、増加する一方の不登校、子供を狙う卑怯な性犯罪、国際的にみて低い子供若者の自己肯定感、いまの日本は決して子供が安全安心に生きていける幸せな社会ではありません。

これらの課題には、政府として取り組んできましたが、なかなか効果をあげることができません。

だからこそ、菅政権では子供を大切にするためこども庁設置の方針を打ち出し、自民党は秋のこどもまんなかの総裁選を通じて岸田政権にもその路線が引き継がれた、はずでした。

昨年末に示されたこども政策の推進に関する有識者会議でも、閣議決定された、こども政策基本方針でも、「児童の権利に関する条約に則り」政策を推進することとし、与党でのこども基本法の検討が開始されたところです。

しかし、自民党のこども基本法、こども家庭庁に関する党内議論に関する報道を見ていると、自民党内部にはこども基本法、こども家庭庁など、子供を大切にするこども政策を潰そうとしているのではという懸念を禁じ得ない動きがあります。

いまこそ子供を大切にする日本をと思い、支援団体や研究者で「こども基本法の成立を求めます!」の署名活動を開始しました。

左翼だの右翼だの、どこかの政党が裏についているなど、政治的な対立は関係なく、子供たちのために日本の大人たちが広くあたたかいネットワークをつくることが、こども基本法が成立したあとも日本の子供たちにとって大切だからです。

でも、このままでは、こども基本法どころかこども家庭庁設置法もこども政策も実現せず、日本の子供たちはますます置き去りにされてしまうと心配しています。

いったい自民党内でなにが起きているのでしょうか?

こども基本法、こども家庭庁が自民党内議論で大荒れする2つの理由を整理します。

1つめの理由は、子供の権利自体に疑念を持ち、こども基本法自体に猛反対する”いわゆる自民党保守派”の存在があります。

2つめの理由は、政策通の議員を中心とした、こどもの権利擁護機関(こどもコミッショナー)に関する真剣な議論があるからです。

1.こども基本法に猛反対の”いわゆる自民党保守派”

―こども家庭基本法にし、子供の権利すら認めない?

―子供を大切にする国民は「誤った子ども中心主義」「マルクス主義者」?

まず自民党内には、子供を大切にし、親子にとってやさしくあたたかい国になってほしいという、保守政党としてあたりまえの日本を実現しようとする国会議員と、それに反発する国会議員がいます。 

多くの自民党議員は、日本国憲法第11条に定める基本的人権は子供もその対象であり、とくに社会的に弱い存在である子供は、女性や障害者と同様に基本法を立法し、国や社会で愛し守り育むことに賛同くださっています。

これに対し”いわゆる自民党保守派”は、こども基本法を、こども家庭基本法とし、家庭で母親が子どもを育て、「子育ては父母の一義的責任」であることを重視します。

関係者によれば、子供も権利を持つ国民であるという考え方自体に、疑念を持たれているという国会議員もおられるそうです。

もちろん子供は家庭で愛され守られ育つことを私も大切にしています。

しかしながら、以下のような”いわゆる自民党保守派”議員のご発言を知ってしまうと、働くほど貧困になり子育てどころではない先進国最悪の母子世帯貧困や、学校に行きたくても行けない不登校当事者親子の大変な状況がますます悪化してしまうのではないかと、心配になります。

●参院のベテラン議員(発言者未特定)「子どもは家庭でお母さんが育てるもの」(朝日新聞2021年12月20日報道

●自民党青少年健全育成推進調査会(中曽根弘文会長)の会合出席議員(発言者未特定)「最近は学校に行かない権利を唱える子どももいるようだが、権利ばかり唱えても(よくない)。青少年が健全に育つには家庭がしっかりしている必要がある」(朝日新聞2021年12月20日報道

●城内実衆議院議員(静岡7区)「(子供の権利を守る機関に対し)個人を大事にし、それを拘束するものは悪であるというマルクス主義思想があり、制度を作ったらそういう人たちばっかりだったみたいなことになる」(時事通信2022年2月5日報道

●山谷えり子参議院議員(比例代表・全国区)「(子供の権利を守る機関に対し)左派の考え方だ。恣意(しい)的運用や暴走の心配があり、誤った子ども中心主義にならないか」(時事通信2022年2月5日報道

いったいどこの国の、誰のことをおっしゃっているのだろうというご発言の数々に驚きましたし、子供の権利を大切にし、子供若者や困難な親子に寄り添う支援団体に対しても、たいへんな誤解もあるのではと悲しくもなりました。

2.大人ファーストのこども家庭基本法では、子供自身の生命や人権・安全安心が守りきれないのでは

私自身は、次のような願いをもってこども基本法の必要性を主張してきました。

・野田市の心愛さん事件のように、大人(教育委員会)が親に忖度し、家庭を過度に重視する大人ファーストの判断をした結果、子供の命をなくすような悲しい事件をゼロにしたい。

・ヤングケアラーとして家族の世話をした結果、学校に行くことすらできない大変な状況の子供若者でも、学んだり休んだり遊んだり、あたりまえの日々を過ごしてほしい。

・虐待やいじめ、性犯罪被害など、子供自身が危機に陥ったときに日本のどこに住んでいてもSOSできる仕組み(こども110番の包括化・全国化)で子供を守りたい。

・のぞまぬ妊娠による0歳0日の虐待死をなくしたい。

・大人ファーストではなく、子供自身の基本的人権を尊重し、生命や安全の確保を優先することをあたりまえにし、子供を守りきる国になってほしい。

子供は未成年であり発達途上にあり、それゆえにこの国でもっとも基本的人権が守られるべき存在です。

子供自身の生命や安全安心、最善の利益の実現など、子供自身の生命や尊厳を位置づけるこども基本法が必要であるのはそのためです。

そもそも日本が批准しているのは児童の権利に関する条約(子どもの権利に関する条約)であり、家庭の権利に関する条約は存在しませんし批准もしていません。

また子供は日本国憲法に定める権利の主体ですが、家庭の権利は明記されておらず、法として成立しうるかといったテクニカルな課題もあります。

こども家庭基本法にしてしまうと、親が子供の生命や尊厳まで管理して良いという考えを持ってしまう親も増える懸念があり、子供自身の尊厳も人権も守りきれないと私は心配しています。

子供をしつけと称し虐待する親も少なくない日本です。

民法では親の「懲戒権」を削除し「子の人格を尊重するとともに、子の年齢及び発達の程度に配慮しなければならない」と児童の権利条約に則った規定への改正が予定されています(読売新聞2022年1月5日報道)。

「子の人格を尊重する」民法改正の一方で、こども家庭基本法で家庭の責任が強調される規定になってしまうことで、学校や児童相談所では混乱が生じてしまい、子供への緊急対応ができなくなって、最悪の場合、子供の命が守り切れない懸念もあります。

もしもそのような悲しい事件が起きた場合、こども家庭基本法を主張なさる国会議員のみなさまは子供の命に対しどのように責任を取られるのでしょうか?

また不登校児童生徒が学校に行けない事情はそれぞれですが、たくさんの親子が学校に行きたいのに行けない苦しみを抱えています。

親の宗教上の理由等で、子供が本当は学校に行きたいのに行かせてもらえないなどの事例にも学校現場は苦悩しています。

こども基本法があれば子供自身の最善の利益や意見が尊重されますから、子どもが学校に行きたいとのぞめば子どもの権利を守る大人(自治体職員、教職員、オンブズマンやスクールソーシャルワーカーなどの専門職など)がサポートして、親にも学校にも丁寧に説明をし、つらいめにあわないように守りながら、学校に行くこともできるようになるのです。

3.真の保守とは子供の基本的人権を守り、厳しい状況の子供にこそ寄り添う政治家では?

―対話をし、子供たちの厳しい状況を知っていただき、ともに子供のために行動しませんか?

”いわゆる自民党保守派”と申し上げているのは、子供は国の宝であり子供を守り育てることが国の使命と考えるはずの保守政党・自由民主党で、もしかして子供たちの大変な実態を知ろうともせず、ご自身の信念やイメージだけで子供や家庭について、一面的なご発言をなさっているのではないかという心配があるからです。

報道関係者も、保守とは何かを定義せず、安直な用語の使い方をしても良いのか、自問されてはいかがでしょうか?

保守政党としての自由民主党は、伝統的に議論や対話を大切にされる政党でもあるはずなのですが、厳しい状況の子供や家庭の実態を知ろうともしない姿勢の政治家に「保守派」という呼称を用いて良いのでしょうか?

真の保守政治家であれば、厳しい状況の国民(もちろん子供も国民です)に寄り添って考え行動するはずではないかと思います。

”いわゆる自民党保守派”のみなさまが、子供の人権や尊厳を大切にしようとする大人を「マルクス主義」「誤った子ども中心主義」と批判なさるのは自由です。

しかし、実際にこども基本法を推進しようとする団体や、その団体が関わる大変な状況の子供若者や親たちのこともぜひ知って、対話したうえで、発言していただけませんでしょうか

ご想像と違いマルクス主義者に会われることもないでしょうし、こども基本法を願う大人たちの行動や考えが、子供たちが家庭・学校・学校外でも守られていない厳しい実態に、長い間向き合ってきた結果であることも、ご理解いただけると思います。

また大変な状況の親子を支えたくても、母子世帯の3割以上が一生懸命働いても衣食住すらままならず、公助も不十分な実態があります。

家庭が大切とおっしゃる国会議員に、こうした実態を知っていただければ、心から憤り改善に動いていただけるのではとも思います。

また、子供を支える支援団体には、子供自身が家族の犠牲になり生命や人生を損なってしまいかねない状況をなんとかしようとする人々もいます。

日夜を問わずこうした支援団体が、活動しなければならない厳しい実態の家族もいることをご理解いただければ「誤った子ども中心主義」というご発言にはならないと思います。

私自身は、城内実議員、山谷えり子議員や、匿名でご発言なさった議員とも対話をし、家庭が大変な状況の子供や、家庭で子育てをしたくてもできない厳しい親子の実態を知っていただくお手伝いをしたいとも考えています

真の保守政治家であれば、子供たちの厳しい状況をご理解いただければ、かならず子供たちのために行動してくださるはずだとも信じています。

4.政策通議員はこどもの権利擁護機関(こどもコミッショナー)の丁寧な議論を要求

さて、こども基本法・こども家庭庁が自民党で大荒れである理由の2つめを説明します。

こどもの権利擁護機関(こどもコミッショナー)をめぐって、政策通の議員たちが、その必要性や機関の運用について真剣な議論をしているからです。

この背景には人権擁護法案をめぐる20年にもわたる日本政治の長い議論の歴史があります。

人権擁護法案とは「人権侵害によって発生する被害を迅速適正に救済し、人権侵害を実効的に予防するため、人権擁護に関する事務を総合的に取り扱う機関の設置を定めた法案」であり、2002年に小泉純一郎内閣で法案提出されて以降、民主党政権や安倍政権でも議論が続いてきた法案です(Wikipedia「人権擁護法案」)。

差別や人権侵害を調査し改善するための人権擁護委員会の委員の専任方式や、どのような事例に対し人権擁護委員会が機能すべきなのか、言論の自由や思想信条の自由などに抵触しないか、など多くの論点があります。

自民党内部でも賛否両論あり、こどもコミッショナーを推進する公明党・石井幹事長も「やり方はいろいろある」と、必要ではあるが、その組織機能については柔軟に検討する姿勢がうかがわれます(日本経済新聞2022年2月4日報道)。

またこどもコミッショナーを国民に伝わるわかりやすい機関名(こどもの人権を守る委員会等)にするなどの工夫もあると良いと考えます。

私自身は、いじめ自殺・隠蔽や、行政の対応不足による虐待死などの子供重大事態(子供重大インシデント)に対し、国の機関が調査・検証・再発防止や改善勧告をしフォローアップをする仕組みとして、こどもの権利擁護機関(こどもコミッショナー)は必要だと考えています。

※末冨芳,都が国に先行、子供の命を守り育むこどもの権利擁護機関(こどもコミッショナー)の重要性 #こども基本法(2022年2月1日)

20年以上にわたって議論だけでとどまってきた人権擁護法案と異なり、子供の権利擁護の仕組みは兵庫県川西市(1999年~)、神奈川県川崎市(2000年~)、東京都世田谷区(2002年~)など、30以上の自治体の子どもオンブズパーソンの取り組みの蓄積もあります(川西市子どもの人権オンブズパーソン「子どもオンブズ・レポート2019」)。

また来年度から東京都が市町村に助成し、こども権利擁護機関の実証事業を開始します。

子供の命や安全を守るためには、こどもの権利擁護機関(こどもコミッショナー)は大切ですが、拙速にではなく、公正性や中立性を保つための仕組みを含め、対話し進めていく必要があるでしょう。

これを機会に自民党だけでなく与野党の子供を大切にする政策通議員の間で議論や対話が深まると、子供たちにやさしい国づくりになると期待しています。

こうした議論の際に、子供若者自身の声を聞くことは、「聞く力」をアピールされる岸田総理はじめすべての国会議員が大切にしていただきたいものです。

5.いまこそ、こども基本法が必要な理由

―家庭も社会も弱ったいま、政府全体で子供を守るこども基本法は必須

―こども政策にこども基本法で横串を通す

―こども基本法が倒れればこども家庭庁設置法も共倒れになる懸念

こども基本法が必要な理由については、Yahoo!オーサーの室橋さんも述べてこられましたが、子供たちを取り巻く社会も家庭も、コロナ禍の中で弱り果てているいま、政府全体でこどもを守るこども基本法は必須です。

※室橋祐貴,なぜ今「こども基本法」「子どもコミッショナー」が必要なのか?(2022年1月25日)

私自身は、内閣官房こども政策に関する有識者会議でのヒアリング(内閣官房HP,p.27)を受けた際に、こども家庭庁以外に最低でも1府9省が関わる省庁横断型のこども政策の推進のためには、こどもの権利の尊重、最善の利益の実現などを、こども基本法に定め、こども政策に横串を通す理念法がなければ、縦割りの弊害は打破できないという見解を述べています。

また”いわゆる自民党保守派”をのぞき、与野党がひろく待望するこども基本法が挫折すれば、現在開催中の国会では、岸田政権は本気でこども政策を推進する気はあるのかと、こども家庭庁設置法案まで集中砲火に遭うでしょう。

こども家庭庁の設置自体があやぶまれる状況になる可能性もあります。

そうなると、こども政策も進まなくなり、日本は子供にはいっそう冷たい子育て罰の国として、衰退にむかってしまう懸念が大きくなります。

子供も親を奪われるなど、深刻な人権侵害問題のある新疆ウイグル自治区等の状況に対し、国会は 2 月1日に対中人権決議を採択しました(時事通信2022 年 2 月1 日報道)。

しかし中国は児童の権利条約を批准し、子供を対象とした「未成年人保護法」はじめ子供政策を推進しているとアピールしています(中華人民共和国駐日本国大使館)。

いっぽうで、児童の権利条約を批准しながら、こども基本法すら制定できない日本のままで、国際社会に冠たる人道国家として信頼を得ていくことはできるでしょうか?

おわりに

いまこそ自民党は大人ファーストの議論ではなく、子供の生命・人権を守るこどもまんなかの議論をお願い申し上げます

この記事の最初に申し上げましたが、多くの自民党議員は、日本国憲法第11条に定める基本的人権は子供もその対象であり、とくに社会的に弱い存在である子供は、女性や障害者と同様に基本法を立法し、国や社会で愛し守り育むことに賛同くださっています。

いまこそ自民党は大人ファーストの議論ではなく、子供の生命・人権を守るこどもまんなかの議論をお願い申し上げます。

こども基本法、こども家庭庁ともにより良い形で国会で可決され、子供にもあたたかくやさしい日本へのさらなる進化が実現することを心から願っています。

日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員

末冨 芳(すえとみ かおり)、専門は教育行政学、教育財政学。子どもの貧困対策は「すべての子ども・若者のウェルビーイング(幸せ)」がゴール、という理論的立場のもと、2014年より内閣府・子どもの貧困対策に有識者として参画。教育費問題を研究。家計教育費負担に依存しつづけ成熟期を通り過ぎた日本の教育政策を、格差・貧困の改善という視点から分析し共に改善するというアクティビスト型の研究活動も展開。多様な教育機会や教育のイノベーション、学校内居場所カフェも研究対象とする。主著に『教育費の政治経済学』(勁草書房)、『子どもの貧困対策と教育支援』(明石書店,編著)など。