教育政策を専門とする研究者として、小学校35人学級の実現を、大きな感慨とともに受け止めました。

 しかし同時に、様々な意見、とくに悲観論も少人数学級にはあることも理解しています。

 研究者や実践家の間でも、少人数学級による教員増については慎重論も強いのです。

―そもそも特に小学校では教員が足りてないじゃないか

―働き方改革ができなければ、教員のなり手は増えるわけはない

―教員の質が確保できなければ、教員が増えても意味がない

―教員より支援員や専門職(スクールソーシャルワーカー・スクールカウンセラー)に投資したほうがいいんじゃないか

 いずれもその通りです。

 いっぽうで35人学級を受け止めた学校現場からは、このような意見も出ています。

"35人でも子どもには今より丁寧にかかわれる!"

"多様な人材に学校に入ってもらい、新しい学びに取り組めるチャンス!"

"増えた教員の配置を工夫すれば、教員にゆとりが生まれ教員も学ぶ時間がとれる!"

 この思考こそとても重要なものです。

―35人学級で改善される学級サイズと増える教員やスタッフ・専門職の配置を工夫すること

―これにより働き方改革を推進し、教員のゆとりを増やすこと

―教員のゆとりを、子どもとの「新たな学び」にどのように活かすか

 これらのポイントについて、ビジョンを持ち進めていくことが、いま教育委員会と学校に求められる基本姿勢になります。

 私自身の見解はNHKニュースでの下記の報道に、その概要をまとめていただいています(一部抜粋)。

今回の35人学級への引き下げについて、「40人詰め込んできた日本の学級に、ゆとりをもたらす意味で非常に大きな意義がある。すべてが解決するような万能な方法ではないが、改革の第一歩として大事で、一人一人の子どもを丁寧に見ながら、教え方や子どもと学ぶ方法を進化させていくきっかけになる。」と話しています。

「35人への引き下げと合わせて教員の確保が課題として挙げられる。現在、教員が確保しにくい理由は、新規採用を絞りすぎて待遇が悪い非正規教員を増やしすぎた点にある。働き方改革とともに新規採用を増やすことをセットで行わないと、改革全体として高い効果を上げていくことは難しい」と指摘しています。

NHKニュース・公立小学校1クラス定員 40人以下から35人以下で合意(12月17日)

1.35人学級を活かせる自治体だけがブレイクスルーを起こせる

―国の補助金増額と教員の正規採用という政策メリットをどのように「新たな学び」につなげるか?

 小学校35人学級は、自治体(教育委員会)と学校が、戦略をもって前向きに取り組むかどうかによって、子どもたちへの教育効果に大きな差が生まれる政策でもあります。

 小学校35人学級化というのは、自治体にとっては、国からの教員の人件費補助金(義務教育費国庫負担金)の増額と、教員の正規採用を増やしやすいという2つのメリットをもたらす政策です。

 これをどのように活かすかのビジョンと戦略性が、自治体・教育委員会に問われています。

 さっそく宮崎県が全小中学校30人学級を打ち出しました。

宮崎日日新聞「県内公立小中30人学級に 教員800人順次採用」(12月18日)

 宮崎県下には少人数学校と学校間連携を通じて、子どもたちの学習方法の多様化や教員の教授法改善に取り組んで来た五ヶ瀬町地域や保護者とのコミュニケーションを通じて教職員の働き方改革に取り組んできた小林市など、全国的な注目を集める先進自治体があります。

 県教委と市町村教委との連携も全国的には良好な地域でもあります。

 宮崎県が、30人学級を契機として、子どもたちと教員との「新しい学び」や、効果のある指導方法の開発・浸透、その前提条件となる働き方改革を県・市町村・学校でビジョン共有し連携して進めていくことができれば、高い効果が実現されるでしょう。

 約20年前から、少人数学級を先駆的に導入し、子どもの自己肯定感の向上、不登校率の減少や、テストスコアの改善などで効果をあげてきた秋田県・山形県の経験も、やはり自治体戦略の重要性を示しています

 少人数学級の効果を引き出し、継続していく、そのために教室空間の利用法や、教員たちが子どもに丁寧に接する指導方法を開発・浸透させていくことが大切なのです。

※鈴木款「学力全国トップの秋田県は19年前から少人数学級を導入 伸びたのは学力だけではなかった―文科省vs財務省の少人数学級論争は学力だけを見てはいけない」(2020年12月11日記事)

※鈴木款「小中学校の少人数学級を全国に先駆け18年前に導入した山形県は『不登校』と『欠席率』が減少していた―実現成功のカギは教員の“数と質”の担保にある」(2020年12月15日記事)

 特にGIGAスクール構想による1人1台タブレット・PC配置と、2020年から開始された「主体的対話的で深い学び」を重視する新しい学習指導要領という改革が進む中で、35人学級による教職員増と配置にビジョンを持って取り組むかどうかによって、「新たな学び」へのブレイクスルーが起きるかどうかが決まるだろう、というのが私の見解です。

 ではどのようにすれば、「新たな学び」へのブレイクスルーが起きるのでしょうか?

2.少人数学級が前提条件となる「新たな学び」とは

―子どもたちが学ぶことを楽しいと感じ、安心できる環境で、子ども同士や教員で学びあう教室へ

 

 「新たな学び」とは何か、という定義は様々です。

 教育再生実行会議では「全ての子供たちの可能性を引き出す教育」というキーワードが示されています(図1)。

図1・教育再生実行会議初等中等教育ワーキング・グループ(第4回),資料3-1より
図1・教育再生実行会議初等中等教育ワーキング・グループ(第4回),資料3-1より

 教育学の研究者たちの間では、最大公約数的に以下のような「新しい学び」のイメージが共有されていると私自身は考えています。

 子どもたちが学ぶことを楽しいと感じ、安心できる環境で、子ども同士や教員で学びあうこと

 こうした「新しい学び」の前提条件として、少人数学級は重要なのです。

 少人数学級の先進県・秋田県はテストスコアが高いことで有名ですが国語・算数が好きな児童生徒が全国に比較して高く、また自分の考えを発表したり話し合いができているというデータが、全国学力・学習状況調査から示されています。

 また教員が子どもたちの「よいところを認めてくれている」「分かるまで教えてくれる」と回答する児童生徒の比率も全国平均を上回っているのです

 秋田県教育委員会の担当者も次のように指摘しています。

「やはり先生たちに大事にされながら授業を受けていると、自分には良いところがある、頑張れるんだという気持ちや、その延長上で夢や目標を持つことができる。それは先生があなたの良いところを認めてくれているとか、わかるまで教えてくれているという安心感から生まれてきていると思っていますが、こういうことはなかなか財務省には伝わらないのではないでしょうか」

※鈴木款「学力全国トップの秋田県は19年前から少人数学級を導入 伸びたのは学力だけではなかった―文科省vs財務省の少人数学級論争は学力だけを見てはいけない」(2020年12月11日記事)より要約・引用

 子どもたちが学ぶことを楽しいと感じ、安心できる環境で、興味をもって子ども同士や教員と学びあう、「新しい学び」が実現できれば、テストスコアは結果として高い水準で維持できるでしょう。

 しかし、現実の学校では必ずしもそのような状況は実現されていません。

 なぜでしょう?

3.学校マネジメントの”三すくみ状態”

―やはり働き方改革、そして教育活動の停滞を払拭するための学校裁量の保障は重要

 教育政策、とくに教育財政や学校マネジメント研究もテーマとする私にとっては、コロナ前から多くの学校の状況は、”三すくみ状態”に見えていました(図2)。

図2・筆者作成
図2・筆者作成

 そもそも「新しい学び」に取り組みたくても、圧倒的にリソース(ヒト・モノ・カネ)が不足している日本の学校現場です。

 そのことは、教員の過労・ストレスを生み、児童生徒や教職員間、ときには保護者も巻き込んで虐待・性加害やハラスメントが横行する学校現場となってしまう条件となってしまっていたのです。

 2019年、心の病による休職は5478人、退職者も817人と過去最悪となりました(文部科学省「令和元年度学校教員統計調査(中間報告)の公表について」)。

 子どもと学びあいたくても、40人学級ではそのような空間的時間的ゆとりもありません

 ICTを活用した協働的な学びに取り組みたくても子どもの意欲を引き出す授業づくりに取り組みたくても、そのための研修や授業づくりをする時間すら取れない

 その結果、教育活動が停滞している学校現場も多かったのです。

 TALIS(OECD国際教員指導環境調査)2018年調査結果からも、日本の教員は児童生徒の動機付けや批判的思考、ICT活用などにおいて教員自身が自らに対し低い評価をせざるを得ない状況です(図3)。

図3・TALIS2018報告書 vol.2ー専門職としての教員と校長ーのポイント,p.14
図3・TALIS2018報告書 vol.2ー専門職としての教員と校長ーのポイント,p.14

 図3は中学校教員のものですが、小学校教員の勤務環境も同様です。 

 ほんとうはもっと子どもたちに丁寧に関わりたい、学ぶことを楽しいと思ってほしい、ICTを使って新しい学びに子どもたちと挑戦したい、でもできない、そんな先生たちの心の叫びが聞こえてきます。

 しかし来年度以降、状況は少しずつ変わり始めます。

 まず小学校は2年生以降、順次35人学級に移行します。

 40人から35人、たかが5人と思われるかもしれませんが、この5人の違いは教員にとっては活動や評価の上では、非常に大きいのです。

 GIGAスクールにより2021年度には児童生徒1人1台のタブレット・PCが実現されます。いままで取り組みたくても取り組めなかったICT活用による学びに、すべての教室で取り組めるようになります。

 ヒト・モノの不足について、その一部が改善しはじめるという状況が国の政策によって生まれるのです。

 教育活動の停滞についても、長期休校を経験した教員たちには、また休校になっても子どもたちが学び続けられるように、子ども自身の学ぶ意欲が成長できる授業をしたい、タブレット・PCで学べるスキルを育てたい、と多忙な日々の中でも危機感と前向きな意欲が生まれていることも確かなのです。

 だからこそ自治体・教育委員会が戦略的に学校マネジメントの”三すくみ状態”全体にいかに同時アプローチしていくのか、が問われます。

 教育活動の停滞を改善するためには、教育委員会が、教員たちの意欲を応援するような教育のビジョンを示したり、学校での工夫や取り組みを促す学校裁量をデザインすることもとても大切です。

 たとえば学校裁量予算(学校がある程度自由に使える予算)を導入し、各学校でのカリキュラムや学びへの新たなチャレンジを取り組みやすくする制度改善どは、どの教育委員会でもすぐに可能なものです。

 学校裁量を拡大・保障しながら、教育委員会が学校の頑張りを認めサポートすることにより、学校マネジメントの活性化効果があることも、私たちの過去の研究では判明しています(末冨芳編著,2016,『予算・財務で学校マネジメントが変わる』学事出版)。

 また教員の過労・ストレスをなくすためには働き方改革が急務です。

 個人的に急ぐべきなのは、ハラスメント予防と相談体制の整備だと考えます。

 弁護士やカウンセラー、精神科医などがかかわった相談と改善の仕組みを教員委員会が整備することも重要だと考えます。

 教職員と子ども、双方を守り、ケアする仕組みが重要です。

 大学でのハラスメント予防・相談と改善の体制は蓄積されているのに、小中高等学校での取り組みが遅れています教育実習ハラスメントなどを通じて、意識・取り組みの低さを私自身も感じてきました。

 また働き方改革については、Yahoo!オーサーの妹尾昌俊さんが、精力的に発信や改善に関わられており、たとえばビルド&ビルドをやめてスクラップ&ビルドをする、この際、コロナでの行事や部活の縮小の経験を役立てるなどの効果的な提言をなさっています。

※妹尾昌俊「学校の働き方改革、どこ行った? コロナ禍で増える先生たちの負担、ビルド&ビルドをやめよ」(2020年7月22日)

※妹尾昌俊「コロナ禍の運動会も曲がり角 だれのための運動会?」(2020年9月29日)

 児童生徒の端末・通信環境整備ができたのなら、教職員の事務作業を効率化するための行政システムの整備も可能なはずです、日本の教員は事務負担を感じる人の割合が多いこともTALIS(2018)から分かっています。

 また、専門性を持った教員の確保・育成や専門職・サポートスタッフの配置拡充も重要です。

 少人数学級は正規採用教員を増やしやすいという政策メリットがありますが、これも自治体によっては非正規教員を増やせばいいという安易な考え方をしてしまう可能性もあります。

 正規採用を増やし、小学校専科教員や社会人特別免許状も活用する。

 くわえてスクールソーシャルワーカー、スクールカウンセラー等の専門職や支援員を増やすことで多様な背景と実績を持つ人材を学校で確保すること、これにより小学校教員が授業準備等に使える空きコマを増やしたり、担任外教員が保護者や子どもたちの課題に対応するなどの工夫で、教員の負担を減らしていくマネジメント改革もあわせて重要だと言えます。

 妹尾さんも懸念しておられますが、少人数学級で教員を増やすことだけに予算を使っても、何の効果をどのように実現したいのか、ビジョンと戦略が無ければ、「新しい学び」へのブレイクスルーは起きないでしょう。

※妹尾昌俊「【少人数学級の影、副作用】先生の忙しい日々は改善する? 悪化の可能性も」(2020年12月17日)

最後に:ブレイクスルーに向けて問われる自治体・教育委員会の力

 ここまでの論をまとめたものが以下の図4になります。

図4・筆者作成
図4・筆者作成

 自治体・教育委員会のビジョンと戦略、とくにどのような「新しい学び」をどうやって子どもたちに保障していくか、学校だけではなく保護者や子どもとの丁寧なコミュニケーションにもとづく設計が重要な時代になっています。

 また、少人数学級以外に、リソース不足に悩む日本の学校のために、各自治体が独自にヒト・モノ・カネと学校裁量をどのように確保できるかが、コロナ前から「新しい学び」

に取り組める自治体とそうでない自治体との格差を生んできました。

 そしていま自治体の手腕がもっとも問われているのが働き方改革です。

 事務負担軽減、学校行事・部活の負担軽減、ひとりひとりの子どもに丁寧に関わるための教員配置の工夫やスタッフ・専門職の配置などは学校だけでは不可能なのです。

 35人学級から「新しい学び」へのブレイクスルーが起きるかどうか、私たちは自治体・教育委員会の力をこれまで以上に見極める段階に入りました。

 国や研究者も自治体・教育委員会を支援しながら、イノベーションを加速すべき時機が来ているのです。

 実はいま問われているのはわが国の教育政策におけるエビデンス活用のあり方でもあります。

 財務省が固執したテストスコア以外にも、子ども・教員のストレスや、学習を楽しいと思えているかどうか、学校が安全な場所であるかどうか、より多角的なエビデンス政策が必要になります。

 これについては機会を改めて述べたいと思います。

 ともあれクラスサイズについて、40年の停滞は破られました。

 これを「新しい学び」へのブレイクスルーにつなげていくために、日本の教育行政がどのように実力を発揮するのか、不安や悲観論を言うこともできますが、私自身は期待と応援の気持ちとともに見守りかかわっていきたいと思います。