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中央集権が向く会社と分権が向く会社の違い〜権限委譲のあり方と組織の動きとの関係〜

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
権力を集めるのか、分散するのか(写真:イメージマート)

■権威や権力の集中を嫌う日本人

日本人は一人の人に権威や権力が集中することを嫌います。

例は枚挙にいとまがなく、藤原道長や平清盛、豊臣秀吉などなど、権威と権力を一心に集めようとした人物に対しては「驕る平家は久しからず」などと言われたように、どうしてもダークヒーロー的なイメージがつきまといます(私は好きですし、史実としてはイメージと違うところがたくさんあると思いますが)。

昔から日本では聖徳太子の十七条の憲法にあるように「みんなで議論を尽くして、決まったら一致団結する(和)」ことを重視し、体制も、天皇陛下が日本の統合の象徴として権威を持ち、俗世間の権力は将軍や総理大臣が担うという体制が長く続いています。

■中央集権の企業も大成功している

そして、企業における理想の組織を語る際にも、「権限委譲(エンパワーメント)ができている会社がよい会社」「社員一人一人が自律的に行動できる会社がよい会社」というのがなんとなく一般常識のようになっています。

しかし、現在でもソフトバンクの孫さんやファーストリテイリングの柳井さんなど、強力なリーダーシップを発揮して会社を引っ張っている経営者もたくさんいます。

彼らのような強いリーダーには毀誉褒貶がつきまといますが、中央集権的な企業も大成功しているところはいくらでもあるのです。

ですから、権限委譲し分権するだけがよいわけでなく、中央集権にも当然メリットはたくさんあるはずです。

■日本が中央集権化された時代

一つのヒントとして、過去の日本を政体がどのような時に中央集権化傾向を強めたのかを見てみましょう。

例えば白村江の戦いの大敗後に唐に対する危機意識から強力な国家体制を作ろうとした天智天皇や天武天皇の律令制の時代です。

三百の自治政府的な諸藩と中央の江戸幕府という日本合衆国のような江戸時代の体制では列強に勝てないとして中央集権国家を作ろうとした明治維新も、同じく危機の時代と言えるでしょう。

こうした危機の時代には、いろいろな意見を聞いて議論するメリットよりも、全員が一つの方向に向かってダイナミックに動いていくことの方が重視されるのかもしれません。

■中央集権組織の特徴とは

これは企業にも当てはまるのではないかと思います。

中央集権の組織は、組織全体から収集した情報を一つの中心となる意思決定チーム(もしくは個人)に集めて統括や管理をする体制です。

こうすることで中央は組織全体の現状を把握することが容易になり、権限が集まっているので誰にも影響を受けずに自由に意思決定できます。

意思決定をしたら、全体に対して同じ方向性の指示を一律に出すことができます。

組織のメンバーには(極端に言うと)行動の自由はないために(その代わり行動選択自体の責任はなく、あるのは行動の実行責任のみ)、その分実行の確実性は高まります。

■中央集権は、危機にも変革にも成長にも強い

このような中央集権組織の特徴は、中央の号令のもとで全体が一気に動くために、一つの行動をダイナミックに組織全体で徹底することに向いています。

このため、危機に際して迅速に対応しなくてはならないときには有効です。また、これまでの方針を一気に転換したりすることに対しても有効でしょう。

そして、安定したビジネスモデルが確立されたときも、それを組織全体で長期にわたって徹底して実行していくことで最大限の成長を成し遂げることにも強いと思われます。

中央集権にはこうしたメリットがあるために、大成功をおさめる企業が生まれてもまったく不思議ではないのです。

■分権組織の特徴とは

一方で、現在ではもてはやされることの多い分権組織についても考えてみます。

分権組織とはその名の通り、権威や権力、企業人事の文脈で言えば権限を、中央から各部署もしくは最前線の個々人にまで移譲する体制です(分業されているだけでは分権ではありません)。

組織である以上、一定のルールは決めた上ではありますが、そのルールの中であれば権限移譲された組織は中央の許可を得なくても行動することが可能となります。

中央の権限は極力少なくして、ルールを決めることと、ルールが守られているかモニタリング(監視)すること、例外やトラブルなどに対応することなどが主な役割となります。

■現場での迅速な意思決定が可能

分権組織のメリットはもてはやされるだけあってたくさんあります。

まず権限委譲されたチームは組織全体よりも小さくなり、認知限界がある人間にとっては全体を隅から隅まで把握しやすくなります。

中央集権組織が全体の情報を集めるとは言っても、情報は伝言ゲームをすることで劣化していきます。

それが、分権チーム内で情報収集と意思決定が完結できれば、正しい情報をもとに判断しやすくなります。加えて、現場で起こった出来事を現場で判断すれば情報伝達経路も短いため、迅速な意思決定や施策実行をすることができます。

変化の激しい環境において、これはとても重要な効果です。

■自分の頭で考え、多様性、創造性が生まれる

また、意思決定を任されれば、現場のチームや個人は持てる自律性を発揮できるようになります。

いろいろ考えていることがあっても、中央から厳格で詳細な指示がなされれば、自分の考えは捨てて行動せざるをえません。そういう状態が続けば、学習性無気力が生じて「考えても意味がない」となり、自分の頭で考えることを放棄してしまうかもしれません。

自分の行動を自分で考えなくてはならない分権組織ではそういうことは起こりません。少なくとも自分の頭で考える訓練の機会ができ、人は動機づけられ、成長します。

そして、個々人の意思がここかしこに表れれば、組織の多様性が増し、創造性が高まる可能性が生まれます。

■部分最適化、コミュニケーションコスト増大の危険性

働く個人からみれば上述の分権組織のメリットはわかりやすいのですが、中央集権のメリットと照らし合わせて考えると落とし穴もたくさんあることがわかります。

全体を見ずに下した現場の判断は迅速ではあっても偏った間違った判断かもしれませんし、正しかったとしてもそれは部分最適であり全体最適ではないでしょう。

多様性が増せば、組織内の情報伝達や相互理解などのコミュニケーションコストが高まり全体の動きを鈍くします。

せっかくいいアイデアを思いついても全体に波及しないかもしれません。このように分権組織のデメリットは、要は中央集権のメリットが「ない」ということです。

■分権は、試行錯誤や改善活動に強い

このような分権組織の特徴は、組織が一体となって動くべき方向性が定まっていない時でも現場の各チームが自律的に動くために、暗中模索、つまり組織全体で試行錯誤をしていくことに向いています。

例えば、既存事業が陳腐化した際に、マーケットに直接触れている現場発で新しい事業を開発するようなことに有効です。

また、大きな事業戦略などの方向性は成熟化して、あとはどれだけクオリティを高めることができるかの競争になった際の最前線での改善活動を活性化するのにも適しています。

成熟期で方向性を模索している現代日本においては、これらの特徴を持つ分権組織がもてはやされるのも理解できます。

■中央集権と分権は振り子のように繰り返される

結局のところ、中央集権も分権もそれぞれにメリット・デメリットがあり、企業は自社の置かれた環境や課題に応じて、どちらの組織体制を目指すかを決めていけばよいのだと思います。

簡単にまとめれば、方針が決まりそれを一気に進めたければ中央集権、全社員の知恵を絞って何かの物事を考えないといけないのであれば分権というようなことです。

もちろん企業は両者の状態を繰り返します。ということはつまり、中央集権と分権はどちらがよいということではなく、つねに振り子のように行き来しなければならない二つの極であるということでしょう。

重要なのはどちらの体制がよいとか好きとか頭から決めつけずに、時々に応じて柔軟に組織の方針を変えていくことができる力なのではないでしょうか。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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