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「そこに愛はあるんか?」パワハラと言われたらおしまいですが、それを恐れてマネジメントしないのもダメ

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
愛があればよいわけでなく、愛が伝わらないとダメ。(写真:Paylessimages/イメージマート)

■何でもハラスメントの時代

セクハラ、パワハラ、モラハラなどにはじまり、今では「就職活動終われハラスメント」(オワハラ)、お酒を強要することを「アルコールハラスメント」(アルハラ)、高齢であることで意地悪をする「エイジハラスメント」などなど、何でもかんでもハラスメントと言われるようになりました。

そもそもハラスメントとは相手に対して行われる何らかの嫌がらせのこと。行うほうの意図とは関係なく、相手がどう思うかによって該当するかどうかが決まるとされています。

なので、知らないうちに自分がハラスメントを犯しているかもしれない……という厄介なものです。

■「上司」たち全員に関係のあるのがパワハラ

なかでも部下を持つ上司たちに最も関係のあるものはパワハラです。

2020年6月1日より「パワハラ防止法」(正式名称「改正労働施策総合推進法」)が施行されました。そもそもパワハラ(パワーハラスメント)の定義とは? 厚生労働省によると下記のとおりです。

「職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの」です。

具体例として「精神的な攻撃」「身体的な攻撃」「過大な要求」「過小な要求」「人間関係からの切り離し」「個の侵害」などが挙げられています。

ただ「客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しない」ともあり、その判定は難しいところです。

■厳しい指導と「パワハラ」の境界線は難しい

パワハラか否かで問題になりそうなのは、「精神的な攻撃」と「過大な要求」でしょう(身体的攻撃など、ほかのものは比較的わかりやすい)。

上司が部下を育成する際に、期待をしている部下であればあるほど、一定の厳しさが出てくるものです。それなのに、能力やスキル不足ではなく、仕事への本気度が足りないがゆえに起こしたミスを叱責することや、これくらいの負荷は頑張って乗り越えてくれることで高い目標を設定することが、即パワハラと認定されてしまえばどうなるでしょうか。

もちろんパワハラは違法なのですが、すべての厳しい指導をパワハラとすることも本質的ではないでしょう。

■厳しい指導を止めてしまうほうが楽

ところが、「何がパワハラかは曖昧だが、パワハラなら違法」となれば、「それなら『絶対にパワハラにならない』ために、厳しい指導を止めよう」という人が出てくることも予想されます。

そもそも日本人はネガティブフィードバック(否定的な評価を相手に告げること)が嫌いです。

期待や愛情があるからこそ、部下に対してダメ出しをしたり改善指導をしたりしているのに、それをパワハラと言われてしまうのであれば、気持ちが萎えてしまうのもわからないでもありません。

そんなことなら厳しい指導などせずに放置してしまい、ダメならダメで本人が報いを受ければいいと、高みの見物を決め込むほうが楽なのですから。

■何でもパワハラと言われるなら説明不足でないかを反省する

しかし、それでは本末転倒で、上司失格ではないかと私は思います。すべてのハラスメントがそうであるように、パワハラかどうかを判定するのは部下です。

もし、部下のために(ひいては組織のためですが)行った厳しい指導がパワハラとされてしまうのであれば、単に「なら止める」ではなく、そもそもの説明不足を検討すべきでしょう。

上司として自分は部下のことをどう考えているのか、どのような意図で厳しい指導を行っているのか、それらが理解されているかどうかを反省しなければなりません。

これまで日本は共通文化基盤が多く、あうんの呼吸が通用するハイコンテクスト社会でありましたが、徐々に社会が多様化するにつれ、離れた世代間ではけしてハイコンテクストではなくなっているのですから。

■自分を成長させてくれない上司と働きたい人はいない

つまり、「パワハラと思われないように、厳しい指導をしない」ではなく、大変ではありますが「パワハラと思われないように、きちんと説明し納得してもらう」が正解です。

楽な道である前者を選ぶ人が増えてしまえば、「厳しい指導をしない上司」が今度は問題になるでしょう。今の若者の仕事を選ぶ基準のいちばんは「成長できるかどうか」です。

パワハラはされなくても、成長させてもくれない上司の下で働きたい人はいません。ですから、困難な道ではありますが、上司たるもの後者の「説明付き厳しい指導」一択で行きたいものです。

■職場の問題を解決してくれない上司と働きたい人もいない

また、厳しい指導をしないという姿勢は、職場を乱す問題社員がいてもそれをきちんと注意しないということにもつながります。そんな上司も嫌がられるでしょう。

上司の役割には、自分の受け持つ職場環境を整えることもあります。社員の問題行動を変えさせることができなければ、チーム全員がその悪影響を受けることになりますから、厳しい態度で臨まなくてはなりません。

ただ、問題社員は被害妄想や他責思考で「パワハラだ」と反撃してくる可能性もあります。この場合も揚げ足を取られないように、指導の前に関係者(特に自分の上司)に指導内容を確認しておき、指導の際にも言動には注意が必要でしょう。

ともあれ、パワハラを恐れてマネジメントを止めてはいけません。辛い立場ですが頑張っていきましょう。

OCEANSにて若手のマネジメントに関する連載をしています。こちらも是非ご覧ください。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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