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「経営者目線でモノを考えろ」とだけ言う上司は若者を困らせる〜「経営者目線」って一体何?〜

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
俺と同じ目線に立て・・・と言われても。(写真:アフロ)

■確かに「経営者目線」は重要だが

パナソニック創業者の松下幸之助氏はかつて「社員は社員稼業の社長」という言葉で、まさに経営者の目線で働くことを推奨していました。

曰く、「自分は単なる会社の一社員ではなく、社員という独立した事業を営む主人公であり経営者である、自分は社員稼業の店主である、というように考えてみてはどうか」(『社員稼業』PHP研究所まえがきより)、そう考えて上司や同僚も「お客様」「お得意先」と考えて働く方がアイデアも出て楽しいのではないか、自分のためにも会社のためにもなるのではないかということです。これを「やりがい搾取」とか呼ぶ人もいるかもしれませんが、私は共感します。

■「経営者目線」の意味が若者に伝わっていない

この言葉が流布したことも一因なのか、現在では日々いたるところで上司達が部下の若手に向かって「経営者と同じ目線に立て」と言いまくっています。しかし、それを受けた若手はどうもあまり響いていないようです。

彼らの言い分を聞いてみると、「自分は経営者じゃないし」「経営者とは給料が違うし」「経営者とは役割が全然違うし」というような受け止め方で釈然としない気分でいるようです。「なぜ、経営者目線が必要なのか」「経営者目線でモノを考えたら、何がいいのか」が伝わっていないのです。

そもそも、「経営者目線」とは何なのでしょうか。

■2つの「経営者目線」

ふつうに考えれば「経営者目線」とは、「もし自分が経営者だったらどう考えるか」ということでしょう。しかし、よく考えれば、松下幸之助氏の言う「経営者」と、よく上司が言う「経営者」とは異なります。松下氏が言っているのは、「今の自分の仕事がそのまま1つの会社であった場合に自分は経営者としてどう考えるか」ということです。

ところが、多くの上司は「うちの会社の経営者の立場になったら」と言っているのではないでしょうか。松下氏は「うちの会社の社長の気持ちになれ」などとは言っていません。それどころか「社員稼業に『徹しろ』」とさえ言っています。今の自分の仕事に集中しろということです。

■「利己」的に働くからこそ自発的になる

松下氏は「自分のことだけを徹底して考えてきちんと動けば、結果としてうまくいく」と言っているように私には聞こえます。「利己的でいいのだ」と。人は自分のためにと考えればアイデアも出ますし、努力もできます。

ただ、多くの人は、それすらできておらず、自分に不利益になるようなダメなことばかりしている。

上司や経営者のやりたいことに貢献すれば、評価されて報酬も上がる。こんなことは極めて当たり前で卑下すべきものでもなんでもないですが、「上司に媚を売ったら負け」みたいな中二のような気持ちになって、わざと反抗したりスルーしたりして、一時的にウサを晴らす。これでは単なる自害行為です。

■「利他」を強要されれば自分で考えなくなる

そうでなく、もっと「利己」的に、つまり自分にメリットがあるように考えれば、経営者や上司に役立つことは何かと自然に真剣に考え、動き、その結果、評価されるというのは当然でしょう。

ところが、よく上司のみなさんが言う「経営者目線」は、「うちの経営者のために働け」=「滅私奉公」的な自分を捨てて会社のために働けという「利他」を強要するようなニュアンスが先にあるように思います。

似た感じですが、一方は「利己的に考えるから、自立的・自発的になる」のに対し、もう一方は「利他的に考えよと言われるから、従属的・反応的になる」と効果は正反対です。つまり自分の頭で考えずにオーダーされたことだけやる「ガキの使い」のようになってしまい、上司の意図とは真逆の結果となるわけです。

■勝手に「経営者の目線」になったらどうなるか

そもそも経営者は「会社全体」にとって最適な判断を行う立場の人です。場合によってはそれが会社のためになると思えば、ある社員が今せっかく頑張っている仕事からの撤退を命ずるかもしれません。一方、社員は「任された範囲の中」で最適な判断を行う立場の人です。よそ見せず、自己判断をせず、まずはミッションをクリアすることに全身全霊をかけることが使命です。

それを、勝手に経営者の立場に立ってしまい「これってやめたほうがいいですよね」とミッションをやめてしまったらどうなるでしょうか。組織はバラバラになってしまい、事業は成り立たないでしょう。もちろん経営者の立場を本当に理解して、適切な提案を上司や経営者に対して行い、それが受け入れられた結果、自分のミッションが変わるというのであれば素晴らしいと思いますが、それはかなりハイレベルな話です。

■自分の仕事を部下に押しつけるな

結局、若手はまずは自分の与えられた仕事に集中していればよいのです。それは「言われたことをする」ということではなく、与えられた仕事で最も効果を出すためには何をすればよいのかを自発的にどんどん考えるということです。それが松下幸之助氏の言う「社員稼業の社長」ということだと私は思います。

現実的にはなかなかわかるはずもない「(自社の)経営者目線」を想像して勝手な判断を自分の仕事に紛れ込ませる必要はありません。むしろ「(自社の)経営者目線」を持つべき人は、経営者からオーダーを受けて部下に仕事を配分する役目である管理職です。部下に対して「(自社の)経営者目線を持て」と言っている上司は、本来自分がすべき仕事を部下に丸投げしていないか、振り返ってみるべきでしょう。

OCEANSにて若者のマネジメントについての連載をしています。こちらも是非ご覧ください。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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