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ワークライフバランスに悩む人をどうサポートするべきか〜「全力で何もしない」ができるか〜

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
「家庭」か「仕事」か。それが問題だ。(写真:アフロ)

■「選ぶ」ことは大変なこと

人は一生の中で、複数の選択肢の中からひとつに決めるという判断を数え切れないぐらい行います。判断や意思決定という行為はとても精神的なエネルギーを使うことが知られており、ある個人が判断を長時間繰り返した場合、その後の判断の質が低下するようです。これは「決断疲れ」と呼ばれています。

重要な判断をするための精神エネルギーを確保しておくために、アップルのスティーブ・ジョブズやフェイスブックのマーク・ザッカーバーグは毎日同じ服を着ているというのも有名な話です。私が昔所属していた会社の先輩も、一緒に行ったお昼ご飯がブュッフェだったときに、「人生でこんなに選ぶものがあるのに、お昼ご飯を選ぶなんて面倒くさい……プロがあつらえたものをそのまま食べたい」とか物憂げに言っていたのも思い出します。ともかく、物事を選択するということは大変なことなのです。

■“まだ決めていない人”が悩む

特に、「育児」や「仕事」となると、その人にとってはどちらもかなり大事なものでしょうから(そうでなければ、不安とか言ってないで、さっさとどちらかを選んでいるはずです)、その選択の際の負荷も大変なものでしょう。ちなみに、こういうことを言うのは、まだ選んでいない人です。

片方に力を入れるのか、両立をなんとか頑張るのか、既に決まってしまった人は、悩みません。悩んでいる暇などないですし、決まったことを悩む意味もない。決めたことを一生懸命やるので精一杯だからです。

ですから、悩む人は「まだ産んでいない人」「まだどちらに振り切るか、両立するのか、決め切れていない人」が多いと思います。そういう人が、「育児」と「仕事」という、どちらも甲乙つけ難い、人生にとって大切な2つのものの間を、振り子のように揺れて悩んでいるのです。

■「なるようにしかならない」ことに悩むのは無意味

しかし、この悩みは私には無駄に見えます。そんなものは「なるようにしかならない」からです。子供が生まれて育児をするようになったとき、配偶者がどれぐらい手伝ってくれるのか、保育所にちゃんと入れるのか、子供がどれぐらい育児の大変な子なのか(おとなしいとかやんちゃとか)、やってみないとわかりません。仕事も、リモートでできるような仕事を会社がアサインしてくれるのか、それは自分の望むキャリアパスを阻害するものではないのか、欲しい能力が身につくのか、やりがいを感じられる仕事なのか。

そんなことも、自分の会社からの評価やそのときの周囲の環境(自分の他にライバル社員がいるのか、自分しかいないのか等)、仕事そのものがそもそもあるのか、などによって変わります。不安に思うのも無理はありませんが、「不安です」という問いに対しては「不安だろうね」と、冷たいようですが、表面的な共感を示すことぐらいしかできません。上司として、本当に何もできないのですから。

■「案ずるより、産むが易し」

ですから、私のお勧めは、日々無益に悩み、「エア決断疲れ」(想像上で決断を繰り返して〈実際にはしていない〉疲れてしまう)になってぐったりするのではなく、まさに「案ずるより産むが易し」で、さっさと産んで、育児をしなければならない状況にさせてしまうということです(と言いながら、出産はアンコントローラブルですが)。

「育児」と「仕事」を両立させるには大変な覚悟、やる気スイッチをONにすることが必要ですが、その「やる気」は脳の側坐核(そくざかく)で生じます。ところが、この側坐核はなかなか自分からは動いてくれず、動かさないと動かないようなのです。よく、ずっとやる気がでなかったことが、重い腰を上げてやり始めるとどんどんやる気が出てきて止まらなくなるという経験はありませんか。これを「作業興奮」と言います。これにより側坐核が活性化し、活動的になり、さらにやる気が生じるという良循環が生まれます。

■変に助け舟を出すとチャンスを奪うことにも

私にも子供がいますが、両立がどうとか考えないうちに生まれ、仕事と育児とめちゃくちゃな負荷になりましたが、やらねばならないことはやらねばならず、やっているうちになんとかなりました(育児中に起業までしています)。やればできるのです。

最近の「働き方改革」的分脈でいくと違和感ある意見かもしれませんが、私は、若手が不安がるからといって、それをそのまま真に受けて、いろいろ配慮して仕事の負荷を減らしてあげる(育児の負荷は減らせませんので)のが本当に良いのかわからないと思います。

うまく仕事の負荷を減らしてあげられれば良いのですが、多くの場合、そこには重要な仕事やチャンスの多い仕事からの排除につながる可能性があります。不安に駆られている方にとっては、短期的には仕事の負担を軽くしてもらったことを感謝するかもしれませんが、後になって振り返って、それによって同期から出世が遅れたり、自分のなりたいものになれなかったりしたと感じたら、うらみに思うかもしれません。

■ギリギリまでは放置してはどうか

もちろん、若手の様子をよく見て、本当に限界なら、手を差し伸べて負荷を減らしてあげるべきでしょう。しかし、そうでなければ、ギリギリまで注意深く見守ってあげるのがベストなのではないかと思います。

臨床心理学の大家であった故・河合隼雄先生がおっしゃっていた「そばにいて見守るが、全力で何もしない」ということです。まずいときにはすぐにサポートする準備をしておきながらも、ギリギリまでは何もしない。

そうすることで、若者は自分の持てるポテンシャルを最大限発揮して、不安と言いながら、なんとか自力で育児と仕事の両立を乗り越えていきます。人は、もうダメかもと思うレベルの目標を乗り越えることによって成長するといいます。仕事と育児の両立という問題についても、同じことが言えるのではないでしょうか。

OCEANSにて若手のマネジメントに関する連載をしています。ぜひこちらもご覧ください。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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