Yahoo!ニュース

どうすればパワハラ上司をなくせるか〜「人事権」を与えるのではなく「説明責任」を負わせるべき〜

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
「お前なんて、私の一存でどこへでも飛ばせるんだからな」(写真:アフロ)

■パワハラ上司はなかなかいなくならない

世の中には、上司に対する悪口や批判的な言説であふれかえっています。私も小さいながら会社を経営しており、嫌われ上司の一人かもしれません。これだけ頑張っても部下にやいのやいの言われてしまうとは、上司とはいかに辛い仕事かと実感します。

もちろん上司の側にも問題があるために、このような状況になっているところもあります。最も不思議なのが、部下に対する各種ハラスメントに関するもの。これだけコンプライアンス重視の世の中になっているのに、なぜパワハラ・セクハラ上司はいなくならないのでしょうか。

■「直言されない上司」がダメになるのは当然

どんな上司であっても、会社内では何らかの権力、権限を持っています。最も大きなもののひとつが「人事権」や「評価権」です。この権限は部下にとって、自分の人生を大きく左右させられる可能性すらある絶大な力とも言えます。

昇進できなかったり望まない異動を命ぜられたりするのは、部下にとってとても怖いこと。上司を恐れて直言を躊躇するようになることは、ある意味自然なことと言えるでしょう。

しかし、このことは上司の「成長」にとって大変なマイナスになりうるのです。ハラスメントのみならず、様々なダメ上司の言動は「フィードバックのない環境」で生み出されます。人は他者からフィードバックを受けることによって、様々なことを改善し、成長していきますが、その大きなきっかけを失ってしまうからです。

しかも『異文化理解力(THE CULTURE MAP)』(邦訳:英治出版刊)の著者であるエリン・メイヤーによれば、日本はタイと並んで、極めてハイコンテクストで間接的なネガティブフィードバック(批判の指摘)を好む文化であるとされています。そもそもお互いに空気を読み合い、直言しにくい国民性と言えるかもしれません。

■上司は部下を「権力」でなく「権威」で動かすべき

フィードバックを受けなくなる上司は、対人関係における気づきのモデルである「ジョ=ハリの窓」で言うところの「ブラインド・セルフ(自分では気づいていないが、他人にはバレている自分)」に意識の光を当てることができなくなります。

自分のことのはずなのに、自分で気づいていない自分とは、大概の場合「認めたくない自分」です。それは社会的望ましさの低い自分であり、一般的・社会的な場面において良いと思われない言動をする自分の姿です。

しかし余計な権力をもってしまった人は、社会的望ましさの低い姿をさらしても「それをやったらダメですよ」と諭す人がいなくなり、抑制が弱まってきます。それがハラスメントの温床となっているのではないでしょうか。

誤解を恐れずに極論を申し上げますと、私は上司という立場の人から、様々な権力をある程度取り上げるべきだと思います。上司たるもの、与えられた権力によってではなく、仕事での能力や人柄などによって、自然と部下に影響を及ぼすべきです。

部下は上司が偉いから言うことを聞くのではなく、その能力や人柄を信頼して上司の言うことを聞く。そういう関係が理想だと思います。経理の決裁権などは組織運営上必要なので、特に取り上げる必要はないかもしれませんが、特に「人事権」などは上司から取り上げるべき最たるものだと思います。

■「説明責任」を持たせて余計な権力行使を抑える

ただし、ここで言う「取り上げる」というのは、「何も触れさせない」という意味ではありません。人事評価などは、日常的に部下の仕事ぶりを観察している上司にしかできないというのも事実ですから、もちろん人事評価は上司がすべきなのです。

しかし、完全に任せきってブラックボックスにはしてはいけない。そうしてしまうと、変な権力の温床となってしまうということです。なお、この場合の「権威」とは信頼の力で心理的に周りの人を従わせることができる力を指し、「権力」とは何らかの強制力を背景に物理的に周りの人を従わせる力として使っています。

例えば人事権において、人事評価や昇進や異動についての意見は、上司がもちろんすべきですが、そこにおいては必ず「なぜ、そうしたのか」についての説明責任を同時に持たせなければなりません。

彼はなぜこのような低い点がついているのか、なぜ彼女を異動させることにしたのか、なぜ彼を降格させるのか。人事について精緻な説明を求めることで、上司の「余計な権力行使」に一定のプレッシャーを与えることができます。

■データを使えば「生産性の高いチームの組み合わせ」も分かる

ただ、これだけではまだ甘いかもしれません。組織や人のことは大変曖昧で目に見えないために、口のうまい上司たちは気に食わない部下たちを、なんやかんや理由をつけて放逐してしまうかもしれません。

加えて行うべきことは「見える化」です。最近は様々なデータを用いて人事を行う「データベーストHR」などが進化していますが、例えば適性検査などを全社的に導入し、どういう人がどういう仕事で高いパフォーマンスを上げているのか、どういう組み合わせのチームの生産性が高いのかなどについて、きちんと「見える化」することが可能になりつつあります。

そんな中、もしも上司がその結果に反したことをしようものなら、ここにも大きな説明責任が発生するはずです。組織の状態の「見える化」に反対する人がいたならば、それは性悪説に過ぎるかもしれませんが、組織を恣意的に自分の権力のほしいままにしておきたいと考えている可能性があります。

このような努力を行って、上司たちから無用な権力を取り上げて、権威によって人を動かさなくてはならないようにすれば、ハラスメントのようなことをしている上司は見向きもされなくなり、人を動かすことができなくなるために、自然と消滅していくのではないでしょうか。

キャリコネニュースで人と組織に関する連載をしています。そちらも是非ご覧ください。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

曽和利光の最近の記事