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やさしい職場が「心理的安全性」が高いわけではない〜むしろ、厳しく強い職場〜

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
とにかく傷つかない安全地帯のことを指しているの?(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

■Googleの研究で一躍有名になった「心理的安全性」

今ではよく知られたことですが、グーグルは「プロジェクト・アリストテレス」と名付けた「効果的なチームを成立させる条件は何か」についての研究の結果、真に重要なのは「誰がチームのメンバーであるか」よりも「チームがどのように協力しているか」であることを発見しました。

その中で重要な影響を与える因子として「心理的安全性(psychological safety)」を挙げました。それはハーバード大学のエイミー・エドモンドソンの定義によれば「無知(ignorant)、無能(incompetent)、否定的(negative)、邪魔(intrusive)だと思われる可能性のある行動をしても、このチームなら大丈夫だ」という「信念」(belief)を意味します。

■「うちは心理的安全性がない」とぼやく人が増殖

この研究が大変有名になったこともあり、「心理的安全性」は日常的に使われるようになりました。先日もある人が「うちの職場は心理的安全性が全然ないんですよね」とぼやいていました。

ちなみにどんな様子なのかと尋ねると、「ある案件について意見を出したら、上司や先輩からいろいろとダメ出しをくらってしまいました。あれでは、意見を言う気もなくなります」とのこと。どんな対応だったらよかったのかと続けて聞くと、「せっかく意見を言ったのであれば、否定するのではなく、まずはそれを受け入れて欲しい」というようなことでした。

■「否定」されたら「心理的安全性」はないのか

この話を聞いて「心理的安全性」とはそんなことだったか?と疑問に思いました。エドモンドソンの著作や発言をみると、彼女の問題意識の源は、医療ミスやスペースシャトルの打ち上げ失敗、鉱山での岩盤脱落事故への対処など、危機的状況において、率直に意見がなされないことで解決策が出なかったり、ミスが起こってしまったりすることでした。

重要な場面で、もしも間違ったことを言えば否定されるのは当然です。悠長なことを言っている場合ではなく、否定しないと事故や問題が起こります。それなのに、「意見を否定すること」だけで、即座に「心理的安全性がない」ことになるのでしょうか。

■「大丈夫」とは何か

先に何十年も前から入ってきているカウンセリングやコーチングなどの考え方の影響も強く、「心理的安全性」の「大丈夫」という言葉を「受容」や「共感」などと混同しているのかもしれません。また、エリン・メイヤーの「異文化理解力」などによると、日本人は世界でもトップクラスに「否定されることが嫌」な民族のようです。それもあって「否定」=「安全ではない」と結びつけてしまうのかもしれません。

しかし、エドモンドソンの言う「心理的安全性」とは、罰を受けたり(punished)辱められたり(humiliated)しないということです。意見を受け入れたり、共感したりするとまでは言っていません。

■「信じる」とは意思である

加えて言うのであれば、上で書いたように「心理的安全性」とは、意見を言う側が持つ「信念」(belief)です。つまり、相手が自分を信じてくれるということではなく、「自分が周囲の人間を信じることができる」ということです。

しかも、信じる、信じないというのは相互作用です。相手が不実なことをすれば信じにくくなるのは当然ですが、自分の疑心暗鬼によって無実の人を疑うことだってあります。逆に、一度裏切られようとも「それでも次は期待する」というような信じ方だってあります。つまり、極端に聞こえるかもしれませんが、「信じる」というのは自分一人の意思の力でどうにでもなることなのです。

■プロ同士が意見をぶつけ合う「厳しく強い職場」

以上のように、「心理的安全性」とは、重要な場面や危機的な場面において、最高の効果を発揮するチームを作るために必要な信頼関係と言ってもよいかもしれません。それは、けして「やさしい職場」ではないでしょう。

むしろ、「厳しく強い職場」と言った方が適切に思えます。大きな課題を抱えピリピリした雰囲気の中、間違いを恐れずビシビシ意見を言い合う。バカにするとかしないとか、そういうマウントの取り合いではなく、意見の内容だけに焦点を当てて、ガツガツ議論しあう。よい意見はよい意見、ダメな意見はダメな意見、それ以上でも以下でもない。まさにプロ同士の真剣な職場というイメージです。

■日本人が「心理的安全性」の高い職場を作るのは難しい?

やさしく受容的な人が多く、周囲に気遣いをしながら過ごす日本人がそういう「心理的安全性」の高いチームを作るのは難しいかもしれません。侃々諤々(かんかんがくがく)と議論をせずに、お互いに空気を読みながら、言いたいことは腹にしまい込むか、できる限り婉曲的に伝える、そういう「心理的安全性」とは真逆の職場の方が多いような気がします。

こういう職場は「気を遣う」「ケアをしあう」場とも言えますし、表面的にはやさしい職場とも言えますから、これを「心理的安全性の高い場」と思う人もいるかもしれません。しかし、そうではないのです。ふつうの日本人にとっては、そんな「強いプロの職場」はストレスフルな職場でしょう。

■「心理的安全性の高い職場」には強い目的意識と人への探究心が必要

それでも心理的なハードルを乗り越え、「心理的安全性」の高い職場を作るためには相当の覚悟を持ってチームメンバーが頑張らなくてはなりません。そのために必要なものは何か?

私は、強い目的意識と人への探究心だと思います。どうしても実現したい理想か、解決したい問題があれば、必要とあらば嫌でも「心理的安全性」の高いチームを作ろうとするでしょう。

また、その際、いつものように「あうんの呼吸」で相手の考えを想像して勝手に理解してしまうのでなく(そして、陰でバカにするのではなく)、わからなかったり違うと思ったりしても、「きっと何か自分が理解できていない本意があるはず」と興味関心を持ってしつこく聞いていくことで、主張の下手な日本人同士でも「心理的安全性」の高いチームがなんとか生まれていくのではないでしょうか。

BUSINESS INSIDERより転載・改訂

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

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