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首相襲撃で問題になる140年前の爆発物取締罰則ってどんな法律

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(写真:アフロ)

■はじめに

 和歌山で現職の総理大臣を狙った大事件が起こりました。衝撃的なニュース映像を多くの方がご覧になったことでしょう。現場で取り押さえられた容疑者の逮捕罪名は威力業務妨害罪でしたが、「爆発物」らしき物を使用していることから、今後〈爆発物取締罰則〉という法律の適用もあると思われます。

 あまり馴染のない法律ですので、その内容について簡単に解説したいと思います。

■爆発物取締罰則はいつできた法律ですか? また、その背景は?

 爆発物取締罰則ができたのは、今から140年ほど前の明治17年(1884年)です。たいへん古い法律です。当時は明治維新の王政復古によって、千年前の太政官(だじょうかん)制度が復活していました。太政官は立法・司法・行政の機能をもった行政の最高機関であり、この太政官布告第32号として爆発物取締罰則が制定されました。一般の「○○法」という名前になっていないのは、このためです。

 この法律が制定された背景には、当時かなり過激になっていた自由民権運動があります。明治15年の福島事件や明治16年の高田事件、とくに福島事件に反抗した青年自由党員が起こした加波山(かばさん)事件(明治17年)が、法制定の直接のきっかけになったといわれています。

 加波山事件では、専門家も驚くほどの大量の爆薬が1人の素人によって製造され、要人の暗殺には至らなかったものの投げられた爆弾によって警官が爆死しました。事件は社会に大きな不安を与え、政府に爆発物の強力な取締りを促しました。

 制定当時の条文は次のような内容です。

第1条 治安を妨げ又は人の身体財産を害せんとする目的を以て爆発物を使用したる者及び人をして使用せしめたる者は死刑に処す

第2条 前条の目的を以て爆発物を使用せんとするの際発覚したる者は無期徒刑(注:懲役)又は有期徒刑に処す

第3条 〈以下略〉

(筆者:ひらがな文に修正)

 第1条の爆発物使用罪では、法定刑に死刑以外はなく、たいへん厳しいものでした。ただ、当時は(旧)刑法典じたいが全体的に刑罰が厳しく、必ずしもこの法律だけが突出して厳しかったというわけではありません。なお、その後大正時代の改正によって、刑罰は若干緩和されました。

  • 現行の条文については、ここを参照

■全体的にいうと、この法律の特色はどのようなものでしょうか。

 次のような特徴をもった法律だといえるでしょう。

  • 爆発物がきわめて危険なことから、殺傷等の結果が実際に発生せずとも、爆発物の使用だけで処罰、しかも死刑にすることができる特別な規定を設けたこと
  • 爆発物の取締の必要から、教唆、幇助、予備等に当たる周辺的な行為を個別に取り出し、独立の犯罪として定めたこと
  • 治安妨害目的や人身等加害目的が要件として規定されてはいるが、爆発物の使用じたいの認識(故意)と重なることから、それが立証できなくとも(自供がなくとも)処罰できること
  • 爆発物を発見した際の不告知罪等を定めたこと
  • 自首により危害の発生が生じなかった場合に刑罰が必ず免除されるとしたことなど

■「爆発」とはどのような状態をいうのでしょうか。

 火薬が念頭に置かれていることは間違いありませんが、「爆発」じたいは圧力の急激な高まりや解放、あるいは容器の破裂、気体の急激な膨張のことですから、火薬や薬品等の化学変化による場合のほか、真空ビンやボイラーの破壊などのように、物理変化による場合も含まれます。

 爆発物の危険性の特徴は、拳銃や矢などの凶器とは異なり、何よりもその攻撃の方向性が定まらないという点にもありますので、その原因が化学的か物理的かは問題になりません。

■「火えんびん」は「爆発物」でしょうか。

 よく問題になるのが「火えんびん」です。

 「爆発物」であるためには、身体や財産に対する爆発による破壊作用が前提になりますので、薬品の化学反応による化学的爆発が生じてもその破壊力が微弱なものであり、爆発じたいの破壊力によって人を殺傷するものではないならば「爆発物」とはいえません(判例)。

■どの程度の破壊作用が要求されるのでしょうか。

 上述のように、「爆発物」の危険性の特徴はその破壊の方向性がないことにありますが、条文からはその破壊力が治安を妨げ(公共の平穏を害し)、人の身体や財産を害する程度であることが必要です。

 過去の裁判例を見ますと、爆発による破壊作用が弱い場合に「爆発物」であることを否定したものが結構あります。

 たとえば、1メートルの距離のガラス窓を破損できないもの、10センチ離れた人体に対して深さ2ミリ程度の傷を与えたもの、心臓等の真上に押しつけて爆発させなければ致命傷を与えることができないものなどにおいて「爆発物性」が否定されています。

 他方、破壊力が比較的弱くても、使用方法によっては「爆発物性」を認めた事例も多く、爆発物における危険性の特殊性から、本体じたいの破壊作用がきわめて微弱なもの以外は広く認められる傾向にあるといえます。

 和歌山のケースでは、報道によれば、最初に首相に向けて投げられた物(金属製の容器の一部)は爆発によって40メートルほど飛び、倉庫の壁に当たって傷を与えたということですから、かなりの破壊力があったのではなかったかと推測されます。

■和歌山の事件では手製爆弾が使われたといわれていますが、手製爆弾の場合の問題点は。

 爆発物を使った実際の事件では、手製の爆発物が使われることが多いのですが、その場合、二つの論点が考えられます。

 一つは、本体は爆発の可能性があるのだけれど、起爆装置など爆発を誘発する方法の欠陥のために爆発にいたらない場合と、もう一つは、本体じたいに欠陥があり、そもそも爆発にいたることがない場合です。

 前者の場合は、その不備を容易に修正することができるならば、その危険性において不備のない爆発物と同等であると考えることができます。たとえば、故障した拳銃であっても、その修理が容易ならば銃刀法における「銃砲」に当たるとした最高裁判例があり、これと同じだといえます。

 後者の場合もこれと基本的に同じであって、爆発が起こらない原因が設計上のミスや構造上の本質的な欠陥にあって、根本的に作り直すことが非常に難しいような物ならば「爆発物」とはいえません。たとえば、製造後かなりの時間が経過して内容量が半減したダイナマイトについて「爆発物」であることを否定した裁判例があります。

■最後に、和歌山の容疑者は黙秘を続けているということですが、処罰にどう影響するでしょうか。つまり、爆発物使用罪は、「治安を妨げ又は人の身体財産を害せんとするの目的」(第1条)が必要ですが、自供がない場合にどうなりますか。

 条文に「目的」が書かれ、特定の目的をもってその行為を犯すことが要求されている犯罪を「目的犯」といいます。

 たとえば、通貨偽造罪(刑法148条)は、「行使の目的で」、つまり「実際に使うつもりで」偽札等を作る犯罪です。「行使の目的」がない場合、あるいはその立証ができない場合には通貨偽造罪は成立しません(ただし、別の軽い罪は成立します)。

 他方、刑法92条には外国国章損壊罪という犯罪があります。これは「外国に対して侮辱を加える目的で」、その国の国旗などを破ったり燃やしたりする犯罪です。条文に「目的」と書かれていますので同じく目的犯ですが、この場合は、外国の国旗などを破ったり燃やしたりすることじたいが侮辱行為そのものだと評価されますので(行為じたいが目的を表したもの)、とくに犯人に侮辱の意図があったということを別途立証することは必ずしも必要ではありません。

 爆発物使用罪もこれと基本的に同じだと考えることができます。つまり、爆発物使用罪は、爆発という特徴的な危険性を前提にした犯罪規定であり、犯人が使用する物が「爆発物である」という認識があれば、治安妨害や人身、財産に対する加害の意図は肯定されるので、それ以上にその積極的な意図が独立のものとして必要となるものではないと思います。この点で本罪は通貨偽造罪とは異なり、むしろ外国国章損壊罪と同類だということになるでしょう。

 なお、治安妨害といっても、広い範囲の社会の平穏を害するという意味ではなく、本罪では人身などに対する加害の危険性に起因した不安感を不特定多数の人に与えるという意味ですから、それほど広い範囲が問題になっているわけではありません。(了)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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