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あっせん利得処罰法をザル法にしないために

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(写真:ロイター/アフロ)

■はじめに

政治家の汚職は、密室で行われることが多く、また賄賂を贈る方と受け取る方の双方が持ちつ持たれつの関係にありますので、なかなか表には現れてきません。それが発覚しても、正当な政治活動との境目がどうもはっきりしない部分もあり、また、倫理的な問題があっても、法的な要件の立証が難しい場合もあり、贈収賄の処罰はなかなか難しい面があります。

以下では、今問題になっている政治家のあっせん利得行為について、どのような点が問題となるのか、そして、あっせん利得処罰法を実効性のあるものにするためには、どのような方策を講じる必要があるのかということについて考えてみたいと思います。

■あっせん利得罪の成立要件と立証における難しさ

・あっせん利得罪の成立要件

あっせん利得罪とは、選挙で選ばれた政治家(と国会議員秘書)が、官庁が結ぶ契約や官庁が行う処分に関して、具体的な依頼を受けて、その政治家の権限に基づく影響力を行使して、相手の公務員に口利きをすることの報酬として金品を収受する行為を処罰するものです。法定刑は、政治家の場合は3年以下の懲役で、国会議員秘書の場合は2年以下の懲役です。

要するに、政治家が金品を受け取って、その権力を笠に着た口利き行為を行うことを処罰し、国民に対してクリーンな政治活動そのものを保障しようとするものです。したがって、刑法上のあっせん収賄罪(刑法197条の4)では、具体的な依頼を受けた公務員が、他の公務員に職務上の不正な行為をさせたり、正当な行為をさせないようにあっせんをすること(不正な公務の処罰)が要件ですが、あっせん利得罪では、あっせんの内容が公務員に適正な職務行為をさせたり、不当なことをさせないものであっても処罰の対象となるという点で大きな違いがあり、処罰の範囲も広いものとなっています。

あっせん利得罪の要件

  • 政治家(公職にある者)または国会議員秘書が、
  • 官庁が締結する契約または特定の者に対する行政庁の処分に関して
  • 具体的な依頼(請託)を受けて、
  • 政治家の権限に基づく影響力を行使して、
  • 公務員にその職務上の行為をさせるように、またはさせないようにあっせんをすること、またはしたことについて、
  • その報酬として財産上の利益を収受すること

典型的な例としては、たとえば、公職にある者が、業者から入札に参加できるよう口利きの具体的な依頼を受けて金品を受領し、あっせんを受ける公務員に対して、言うことを聞かないと、反対票を投じるとか、他の議員に対して質問や投票を働きかけるなど、その権限に基づく影響力を行使して、その業者を入札に参加させるようにあっせんをした場合などです。

・あっせん利得罪の立証の難しさ

あっせん利得罪が成立するためには、上のように、そのあっせんが「(政治家の)権限に基づく影響力を行使して」行われるものであるということが必要です。これは、あっせん行為の方法をこのように限定しないと、公職にある者が行政府の公務員に対して行うあっせん行為のほとんどが処罰されることになりかねず、正当な政治活動を萎縮させるおそれがあるというのがその理由です。

したがって、「その権限に基づく影響力を行使して」という要件は、広く行われている政治家のあっせん活動の中から、あっせんを受ける公務員に対して、権力をちらつかせてあっせんするという意味であり、あっせんを受けた公務員の判断に影響を与えるような態様のものでなければなりません。

実際にはいろいろなケースがあると思いますが、〈あっせんを行う公職にある者の立場〉〈あっせんの際の言動〉〈あっせんを受ける公務員の職務内容や立場〉〈あっせんをした際の公職にある者やあっせんを受けた公務員を取り巻く状況〉などを総合的に評価して、犯罪の成否が判断されることになります。

とはいうものの、あっせん行為じたいは昔から政治活動の一つだと考えられてきたものですし、あっせんに際して具体的な言葉には出さずに、無言の威圧感を与えるような場合もあるでしょう。実際には、「権限に基づく影響力を行使した」という認定はかなり厳しいことが予想されます。また、国会議員がみずからあっせん行為を行うより、実際にはその秘書が行うのが普通ではないかと想像できますが、その場合、秘書と議員との間にあっせんについての共謀の存在が立証されなければ、議員の刑事責任を問うことには難しいものがあります。本罪が国会議員に対してはまだ一度も適用されたことがないという事実も、本罪の立件の難しさを物語るものかもしれません。

交通違反もみ消し・裏口入学… 口利き依頼は日常茶飯事

では、あっせん利得処罰法をザル法にしないためにはどのような仕組みが必要でしょうか?

■口利き記録・公表制度

昔から〈ドブ板議員〉という言葉があって、庶民の生活に深く入り込んで政治活動を行っていると、路地の腐ったドブ板を踏んでしまい足が泥だらけになることがある。この人たちの生活環境をなんとか改善してやりたいと思って行政に掛け合い、道路が整備されることになる。このように、議員が住民などから日常生活の困ったことを相談され、行政に対し直接掛けあって働きかけを行うことが、重要な議員活動の一つであるとされてきました。

国民の一人ひとりの悩みの解決が国全体の利益につながることはよくあることで、たとえば社会保障などに関しては制度に関する知識不足や理解不足から、自分の権利を知らずに困窮している人が多いのも事実だと思います。そのような人の悩み、困難を一つずつ汲み上げ、行政に掛け合うのも政治家の重要な活動だと思います。しかし、このような議員活動は、そこに口利きと言われる不正・不当なものになる危険性もはらんでいます。

そこで、行政に議員から日常的に上がってくるさまざまな要望を記録し、要求に応じて公開する制度を設けているたくさんの自治体があります。政治家と公務員の接触を細かく記録し、公表することによって、不正な口利きを抑制しようとする制度です。これは、2002年あたりから自治体レベルで制定されはじめた制度で、現在ではかなりの自治体で機能しています。制度の内容は、おおむね一般市民、団体、議員から面談または電話によって行政に寄せられた職員の職務に関する要望等を文書に記録し、要望等に対する対応の方針を回答し、情報公開請求があれば内容を公開するといったものです。

政治家と公務員の接触を一切禁じることは不可能ですが、そこで生じる不正行為の抑止に少しでも役立つと考えられる仕組みは導入すべきです。政治家と公務員の接触に関して、それをきちんと記録に残すという仕組みは、不当な口利き行為に対する大きな抑止効果が認められるのではないかと思います。国政レベルでもこのような制度の実現を期待します。(了)

〈口利き記録・公開制度〉のいくつかの例(順不同)

大阪市要望等記録制度

名古屋市職員の公正な職務の執行の確保に関する条例

奈良市職員の職務に関する要望等の記録等に関する要綱

岐阜市政策提言、要望、要請等取扱要領について

群馬県 職務に関する働きかけに対する対応

三重県 文書によらない要望等に関する取扱要領

【参考】

高橋洋一「甘利大臣“口利き問題”の背景にある公務員制度改革の抜け穴」

「政・官の在り方」(平成24年12月26日閣僚懇談会申合せ)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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