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ラバーマッチを控えた日本ミドル級2位

林壮一ノンフィクションライター
撮影:筆者

 日本ミドル級2位、友松藍(28)。8月5日に中田勝浩との試合を控え、トレーニングを重ねている。友松が中田と拳を交えるのは、これが3度目だ。

 1戦目は2021年9月19日、友松が判定で敗れた。リターンマッチは同年12月4日、この時は友松が判定で借りを返した。

 友松は言う。

 「初戦の負けは、正直、"大阪判定"だと思っています。ただ、KO出来なかった自分が悪いという気持ちもありますね。再戦は、『東京でぶっ倒してやる!』と誓ってリングに上がったのですが、オーバーワークになってしまって…。今度こそ、いい内容で勝ってみせますよ」

撮影:筆者
撮影:筆者

 1994年8月25日に熊本県で誕生した友松は、小学4年生より野球に親しみ、鎮西高校にはアスリート推薦で入学した。だが、理不尽な上下関係を受け入れられず、1年生の夏前に中退。救いの手を差し伸べてくれた秀岳館高校で、ボクシングを指導していた坂田一平教諭と出会う。

 「坂田先生は、自分に無茶苦茶厳しかったです。当時は嫌でしたが、今振り返ってみると、どれだけ愛情を注いで下さったのかが分かります。感謝しかありません。

 高校時代は九州大会2位が最高でしたが、ボクシングは団体競技と違って、やればやるだけ自分の為になる。それに白黒もハッキリしている。何より、子どもの頃から誇れるものが無かった自分を変えるきっかけを作ってくれたのが坂田先生であり、打ち込めるものがボクシングでした」

撮影:筆者 宇津木とは大学時代からの付き合いだ
撮影:筆者 宇津木とは大学時代からの付き合いだ

 高校卒業後は恩師の勧めもあり、平成国際大学に進学。同級生に、現在もジムメイトである宇津木秀がいた。

 「切磋琢磨しながら、4年生の時に全日本選手権で優勝しました。大学2年まではウエルター級でしたが、ライトヘビー級が出来たので階級を上げたんです。大学卒業後も東京五輪を目指そうと、ワタナベジムに入門しました。

 平成国際大は花咲徳栄高校と同系列ですから、内山高志さんの存在は刺激になっていました。内山さんが在籍するジムがいいなと。選手の数も多くて、とても活気があったし、プロのジムでアマチュア選手を育ててもらえるところって、あまりなかったので決めました。

 アマでは41勝(16KO)9敗です。でも東京五輪のライトヘビー級代表って、現実的じゃなく、人生一度きりだしプロでやってみようと考えたんです」

撮影:筆者
撮影:筆者

 アマチュアでキャリアを積んだつもりだったが、プロはまるで別物だった。

 「一発一発のダメージが全然違うんですよね。デビュー戦は判定勝ちでしたが、試合後3日くらい寝込みました。血尿も出て、動けませんでした。ボクシングでなら、いつ死んでもいいくらいの気持ちでやっていますが、上に行くにはディフェンㇲを徹底的に磨かなければ。アマ時代の喧嘩ボクシングじゃ勝てないと思い知らされました」

撮影:筆者
撮影:筆者

 目下、戦績は3勝2敗。

 「自分にはボクシングしかないですし、何かを成し遂げるまでは引けません。まだ、ゴールが10だとしたら2くらいしか進んでいません。コロナの影響もあって、試合もそんなにこなしていませんし。

 とにかく、日本チャンピオンを目指して精進するだけです。恩師である坂田先生にいい報告をしたいですからね」

 8月5日のラバーマッチで友松は何を見せるか。ひたすら己を追い込む日々が続く。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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