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元世界チャンプが見せた意地のフリッカージャブ

林壮一ノンフィクションライター
No Limit Boxing

 「優れたファイターが勝利した」

 WBO暫定スーパーウエルター級タイトル戦に敗れたトニー・ハリソンは言った。

 「ティム・チューはいい仕事をした。タイミングの取り方、リアクションが素晴らしかった。チューは僕を倒したばかり。今の自分に言えるのは、チューはジャーメル・チャーロ戦に向けて、成長してるってことだ」

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 2018年12月22日、ハリソンは、そのジャーメル・チャーロを判定で下してWBC王座に就いた。が、1年後の再戦でノックアウトされてベルトを失った。

 もう一度世界戦線に戻りたいハリソンだったが、衰えは顕著だった。試合開始直後から、魂のこもったフリッカージャブを見せるも、チューのパワーに圧倒されてしまう。チューのカウンターの右アッパーが有効だった。

 3ラウンド後半、ハリソンは右オーバーハンドを喰らい、ぐらつく。4回にも同じようなシーンが繰り返された。

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 5回くらいからチューの的確なパンチが何度もハリソンを捉え、元WBC王者はダメージを蓄積させていく。 

 第6ラウンド、ハリソンは打たれながらも前に出る。そして、チューを手数で上回った。これこそが、元世界チャンプの矜持ではなかったか。その後もハリソンは粘りを見せたものの、4歳若いチューの攻撃に為す術が無くなる。

 結局、第9ラウンドに滅多打ちにされてキャンバスに沈んだ。

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 29勝(21KO)4敗1分けとなったハリソンは、「今後のことは分からない」と語り、言葉を繋げた。

 「ボクシングはハードなビジネスだ。5歳から続けてきた。5~6年先まで、殴られながら過ごしたいか否かは何とも言えない。兄貴(トレーナーであるLJ・ハリソン)は完璧なゲームプランを立ててくれたけれど、リングに上がると忘れてしまうこともある」

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 チューは4冠同級王者のジャーメル・チャーロ戦を切望しながら、ハリソンとのリターンマッチの話があるならば、受けると話した。

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 とは言え、ハリソンの戦いぶりは、これ以上ボクシングを続けさせるのは危険と感じざるを得ないものだった。

 ただ、ミシガン州デトロイトで育った彼が放ったフリッカージャブには、当地ならではのノスタルジーを覚えた。KRONKジムで汗を流したファイターが、また一人、リングを去りつつある。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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