元世界ヘビー級チャンピオン独占インタビュー「黒人殺害事件は世の中が変わるチャンス」
5月25日にミネアポリスで46歳の黒人男性、ジョージ・フロイドが白人警官によって窒息死させられて以来、全米中でデモが行われている。同時に暴動も頻発している。これまでに少なくとも22名が抗議のデモ中に命を落とした。そのうちの19名は射殺された。
6月12日、ジョージア州アトランタでも27歳の黒人男性が警官に射殺された。命を奪われたレイシャード・ブルックスは22時半頃、ファーストフード店「Wendy's」のドライブスルーに車を停め、眠りこけていた。警官が駆け付けブルックスを調べると、同州で定められた基準以上のアルコールが検出される。警官が逮捕しようとしたところ、ブルックスが拒んだ為、今回の惨劇に発展した。
アトランタ市長のケイシャ・ボトムズは事件の翌日、「命を奪う武力行使として正当化できない。警官の即時解雇を求めた」と述べ、同日、アトランタ警察署長は「私が退くことの意味を、市民の皆さんが考えて下されば」と辞職した。
1957年生まれの元WBC&WBAヘビー級チャンピオン、ティム・ウィザスプーン(62)も、ペンシルバニア州ベンセイラムで行われた抗議デモに参加した。
彼はボクサーとして、かなりの才能を持ち合わせていたが、ドン・キングとの奴隷契約に泣き、ファイトマネーを搾取され続けた過去を持つ。
現役時代は「キングの野郎は許せないことに、黒人による黒人差別を仕掛けてくるんだ」と憤慨していた。ファイトマネーの9割をピンハネされていた時期もある(※詳しく知りたい方は、是非、拙著『マイノリティーの拳』(光文社電子書籍)をご覧ください)。
ティムは語る。
「生まれ育ったフィラデルフィアで、俺は白人から酷い仕打ちを受けたよ。まるで虫けらのように扱われた。今回、警官に殺害された彼らも、黒人哀史の一つとして片付けられてしまうんだろうな。その状況に対して、黒人たちの怒りが収まらないのさ。アメリカのみならず、イングランドやドイツといった海外でも立ち上がった人々がいる。それが救いだし、弱者が声を上げることで、世の中が変わるかもしれないよ」
更に、ティムは言った。
「今、改めてモハメド・アリの偉大さを感じているんだ。国家に逆らい、ベトナム戦争反対を唱えるなんて、アリにしか出来なかったことさ。それこそ白人に命を狙われた可能性だってある」
引退から2年が過ぎ、顕著な衰えを見せながらも、どうしてもカムバックしたいというアリは、スパーリングパートナーとしてティムを指名した。
「キャンプではボクサーとして、人間として、生きるうえでの態度、謙虚さが大事だということを学んだ。アリは<人は常に謙虚であれ>と言っていた。『昨日より今日、今日より明日。より謙虚であれ』と説かれた。スタッフの一人が病気か怪我かなんかで倒れたことがあって、その彼を抱きかかえてベッドまで運んだのはアリだった。
ファンに笑顔でサインしたり、手品を見せたり。いつも、その場の雰囲気を明るくさせる人だった。誰とでも楽しくフレンドリーに会話して、休みなく冗談を言って笑わせてくれた。楽しいキャンプだったのを覚えているよ。アリの傍にいられるだけで、俺は幸せだった。彼みたいには、なれっこないけどさ……」
デモを形成したメンバーにも、ティムはアリの話をした。また、いつも陽気な彼は、ストリートの左右に立つ白人の制服警官にも話し掛け、「お互いに人間として尊重し合おうじゃないか」と伝えた。
「差別が好きでたまらない警官もいるけれど、人間として尊敬できる人も多い。実際、我々黒人のデモに加わり、片膝をついて一緒に『NO RACISM』ってアピールした白人警官もいたよ。俺、今回、そんな何人かとは電話番号を交換したんだ。
少しずつだけれど、世の中が変わりつつあるように感じる。フロイドの死をきっかけに、肌の色に関係なく人間が共存することの意味を考えるようになって来たように思う。マイノリティーの声を聞こうとする人の存在が、俺が加わったデモ隊を勇気付けたことは間違いない。そして、10代の若者が涙を流しながら、本当に真剣に人間の尊厳を主張する姿に胸を打たれたよ」
ティムはこう結んだ。
「生前のアリに『自分の仕事に集中しろ、他者を慮れ、弱き人の手助けをしろ』って言われたんだ。自分なりに実行しなきゃなと思っている」