元WBAスーパーバンタム級チャンプ下田昭文がオープンしたジム

2011年1月31日、李冽理を下してWBAスーパーバンタム級タイトルを獲得した(写真:ロイター/アフロ)

 元WBAスーパーバンタム級チャンプ、下田昭文。戦績39戦31勝(14KO)6敗2引き分け。ラストファイトとなった2016年の大晦日から、3年3カ月になろうとしている。

撮影:著者
撮影:著者

 中学卒業を控えた2月下旬に帝拳ジムの門を叩き、2003年の1月、18歳でプロデビュー。

 「高校は1年の夏前に、通うのが面倒くさいなと中退してしまったんですよ。周囲には『プロボクサーでやっていくから』なんて言っていましたが、今振り返れば、どこまで本気だったかな、という感じです。バイトもやりましたが、3カ月くらいで辞めちゃったりとしょうもない感じでしたね…」

 2007年4月、日本スーパーバンタム級タイトル獲得。2008年10月、4度目の防衛戦で三浦数馬に敗れ、王座を失う。5カ月足らずで行われた再起戦でも元世界1位のパナマ人選手を相手に、分の悪い引き分けに終わってしまう。

 「本気で世界王者を目指すようになったのは、その頃ですね。スイッチが入りました。それまでもある程度しっかり練習していましたが、より密度が上がったと思います。

 20歳くらいから、本田明彦会長に『海外修行に行ってこい』と言われていたのに、断っていました。今思えばありがたい話なんですが……。でも、日本タイトルを失い、次の試合も分の悪い引き分けになってからは、『このままじゃマズイな』とラスベガスで修行しました。トータルで5カ月くらい行きましたね」

 同じ年の同僚、粟生隆寛が先に世界王者となったことも、下田のプライドを擽った。

 「切磋琢磨していましたから、やっぱり悔しいという気持ちがありました。自分も早く世界挑戦したいな。チャンスさえもらえれば獲ってみせる。と思っていましたよ」

 そして、OPBF東洋太平洋、WBAとステップアップしていく。下田はシュガー・レイ・レナードに憧れ、トランクスのベルトラインに「SUGER」の文字を縫い込んだ。

 「トーマス・ハーンズとの第1戦はしびれましたね。あんな凄い試合ってないでしょう。でも、実際に影響されたのはザブ・ジュダーとかフロイド・メイウェザー・ジュニアなんです。ジュダーの相手の左フックを首を振って躱して、左ストレートを叩き込むなんていうテクニックを真似しましたね。いきなりのアッパーなんかも。ジュダーの動きを見ると何かイメージできたので、やってみました。結構、使えましたよ」

 世界王者となって、指名挑戦者との防衛戦を迎える。場所はニュージャージー州アトランティックシティ。西のラスベガスに並ぶ、ビッグマッチ開催地だった。

 「アメリカで有名になってやろうと思っていました。ただ、当時の自分としては精神面が未熟で、プレッシャーに負けてしまった部分があります」

 第7ラウンドKO負けで王座を手放した。

 

 「帝拳ジムの先輩、西岡利晃さんからは多くを学びました。ボクシングに対する異常にストイックな姿勢。辛い時も努力を続ける様子をずっと目にしていましたから、影響を受けましたし、格好良かったですよ」

 2016年大晦日に日本フェザー級タイトルに挑戦し、判定負けしたファイトを最後にリングを去る。

 「衰えたという実感はなかったのですが、自分が戦う場所はここじゃない。リングに上がり続けても、もう上手くいかないな、と感じて引退を決めました。

 今の日々にも生かされていますが、何事もコツコツやることが大事だ。飛び級は無い。一つ一つ努力することで、目標に近づける。ある程度のところまでは行ける、ということをボクシングから学びましたね」

撮影:著者
撮影:著者

 2019年2月の終わりからジム経営に興味を持ち、準備を始める。前後してデパート内のボクシング教室でミットを持ち、指導者としての一歩を踏み出した。

 「11月20日にこの場所(さいたま市浦和区北浦和3-8ー2)にジムをオープンしました。僕、この北浦和って街が好きなんですよ。ベッドタウンで落ち着いた雰囲気がありますし、スポーツ好きな方も多いですよね。浦和レッズのホームゲームの時なんか、凄い熱気じゃないですか。僕もレッズは応援していますよ。昔は岡野雅行さんに注目していました。

 北浦和在住の方は地元意識も強く、付き合いやすい方が多いです。サッカーで盛り上がるこの地に、ボクシングも根付かせていきたいなと思っています。入会して下さる方の目的に合わせて、楽しく、いい汗をかいて頂きたいです」