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名チャンプから受け継いだ村田諒太の練習アイテム

林壮一ノンフィクションライター
撮影:山口裕朗

 リング四隅のコーナーポストから対角線にロープを張り、ウェイビングやダッキングを入れながら、シャドウボクシングをするメニューがある。

 

 村田諒太はこのところ、一日の練習の終りに同メニューをこなしているが、日本ではお目に掛かれない張り方のロープを使用している。

 彼の使うロープは、対角線だけでなく、リング中央に小さな長方形を築いているのだ。

撮影:山口裕朗
撮影:山口裕朗

 2000年11月、米国カリフォルニア州ビッグベアーレイク。フェリックス・“TITO”・トリニダードとのWBA/IBFスーパーウエルター級統一戦を控えたフェルナンド・バルガスと、WBOスーパーバンタム級タイトル防衛戦に向けたマルコ・アントニオ・バレラが、それぞれキャンプを張っていた。

 同じジムを時間差で利用するなか、両者は交流を深めていく。当時、バレラのトレーナーだった田中繊大は、バルガスが愛用していた、中央に長方形を加えたロープの張り方に目を留めた。

 バルガスの陣営に「いいね、それ!」と語りかけると、キャンプ打ち上げの日にプレゼントされる。メキシコに持ち帰り、バレラの貴重な練習アイテムとなった。

トリニダードに挑むまでのバルガスは、実に強かった 撮影:著者
トリニダードに挑むまでのバルガスは、実に強かった 撮影:著者

 「対角線に張ったロープよりも動きの幅が増しますから、いい練習になるんです。これは紐を買ってきて、自分たちで作ったものですが」(田中繊大トレーナー)

 村田自身も「バリエーションが多くなっていいですね」と話す。

 プラスとなる物は何でも取り入れようとする姿勢と、繊大トレーナーの豊富な海外経験がリングに表れていた。この日も村田の動きはシャープで、表情も良かった。

撮影:山口裕朗
撮影:山口裕朗

 村田はTITOファンを公言するが、トリニダードはバルガスとの統一戦で凄みを見せた。ファーストラウンドに2度のダウンを奪い、実力差を見せ付ける。バルガスも4回にトリニダードをキャンバスに沈めたが、最終ラウンドに3度倒されてのKO負け。

 アマチュア時代から一度もダウンを味わったことがなく、アトランタ五輪出場後にプロに転向し、無敗でIBFタイトルを獲得。20戦全勝18KOと飛ぶ鳥を落とす勢いだったバルガスだが、トリニダード戦後、頻繁に倒れるようになった。

 ボクシング界の隠語“壊れた”のは間違いなかった。もう1年、キャリアを積んでからトリニダードとの統一戦を迎えるべきだったと語る関係者は今も多い。とはいえ、リスクを承知で強い相手とのファイトを熱望する気の強さが、バルガスの魅力でもあった。

 引退後、「確かにそんな意見もあるけれど、俺はこれっぽっちの後悔も無いぜ」とバルガスは言う。

 バルガスと同じロープで汗を流す村田も、自身をギリギリまで追い込み、悔いのない闘いを見せてくれることだろう。期待大だ。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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