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代表引退のエジルよ、サッカー界のモハメド・アリとなれ!

林壮一ノンフィクションライター
ドイツ惨敗の要因は背番号10とされた(写真:ロイター/アフロ)

 「自分が差別、軽蔑を感じる限り、ドイツ代表ではプレーしない」

 Twitterでそう呟き、メスト・エジルが(29)が、ドイツ代表引退を表明した。

 「勝てば私はドイツ人だが、負ければ移民なのだ」というエジルの言葉は、哀しく胸に突き刺さる。同時に、彼の置かれた状況を物語っている。

 

 トルコ大統領と記念撮影をしたことによって、ドイツへの忠誠心を疑問視され、ドイツサッカー連盟のラインハルト・グリンデル会長から「己の行為について説明すべきだ」との批判を受けたエジル。バイエルン・ミュンヘンのウリ・へーネス会長からは、「(W杯の)悪夢が終わってくれて嬉しい。エジルはここ数年、糞みたいなプレーをしていた」なる言葉も浴びせられた。

 二重国籍禁止を主張するドイツ最大野党、AfDの代表も、「エジルは、トルコ及びイスラム系移民の典型的な失敗例」だと述べている。

 

 ブラジル大会の王者ながら、ドイツはロシア大会の予選リーグで敗退。そのドイツでサッカー界の重鎮とされる人物たちは、背番号10をスケープゴートとした。政治家もまた、エジルを選挙の道具と見なしているのだ。

 プロである以上、結果を残せなければ批判されるのは当然だ。しかも、背番号10のエースなら、尚更厳しい目を向けられる。

 とはいえ、ドイツ代表チームには他にも二重国籍者の存在がある。ガーナの血が流れるDFの要、ジェローム・ボアテングはロシアW杯のスウェーデン戦でレッドカードをもらったが、エジルほどのターゲットにはなっていない。

 エジルの件は、スポーツの枠を飛び越え、現在のドイツ社会に「移民」という大きな問題を提起した。他民族との融合を是とするか、否とするか-----。その結果、一人のアスリートを潰すのか生かすのか。

 私個人は、エジルがアーセナルで活躍し、今回の鬱屈した思いを吹き飛ばすことを期待する。あのモハメド・アリが、非国民だと罵られながらも、国家に挑み、世界最大のアスリートとして、誰からも称えられたように。

 ※モハメド・アリのストーリーについては、6月1日の記事をご覧頂きたい。

モハメド・アリ死去から2年 宿敵フォアマンが語る「史上最強の男」 

https://news.yahoo.co.jp/byline/soichihayashisr/20180601-00085069/

 エジルに浴びせられた暴言について、本コーナーで度々コメントを頂戴しているセルヒオ・エスクデロにも訊ねた。エスクデロは、元アルゼンチンユース代表、ビーチサッカーアルゼンチン代表で、現在は埼玉県に発足したクラブチームFC Futureで指揮を執っている。息子、エスクデロ競飛王は、先日、京都サンガから韓国・Kリーグの蔚山現代に期限付き移籍した。

写真:本人提供
写真:本人提供

 「酷い話ですね。発言の主たちはエジルがドイツ代表の主力として、ブラジルワールドカップで優勝したことを忘れてしまっています。彼が今、どういう気持ちでいるかを、考えられない人の言葉ですね。そういう輩に、サッカーに携わる資格はありませんよ。

 アルゼンチンのサッカー協会もぐちゃぐちゃですが、僕の国ではS級ライセンスを取る際には心理学を勉強します。それで、どんな言葉をかければ選手はやる気になるか、あるいは、選手に対して言ってはいけないことなんかを学習します。エジルに差別発言した人々も、真剣に心理学を学んでほしいです。人としてのマナーが無いです。

 エジルはまだ第一線で現役を続けられる男です。つまらない輩のことは放っておいて、自分の力を見せ付けてほしい。もっともっと、大きなプレーヤーになってくれることを、心から祈っています」

 「アーセナルのエジル」に注目だ。

 

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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