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必勝!山中慎介 今夜「復活のリング」へ

林壮一ノンフィクションライター
調印式での両者。この時点でネリは何キロオーバーだったのか? 写真:山口裕朗

 「あれ」

 ルイス・ネリが乗った秤の前で、WBCバンタム級チャンピオンの体重を確認していた帝拳ジムトレーナー、田中繊大が呟く。数値は55.8キロを示していた。

 2018年2月28日、午後1時12分。東京都千代田区九段下にあるグランドパレスホテルの一室が計量会場であった。王者の体重オーバーが告げられると、室内にどよめきが起こる。

 「バンタム級リミットは53.5キログラムです。ネリ選手は、およそ2時間後の午後3時15分までにそのリミットまで落とす必要があります」と、日本ボクシングコミッションの担当者がアナウンスする。

 だが、この時、ネリが2時間以内に2.3キロを削ぎ落とせると感じている人間はいなかったであろう。

 昨年8月15日、ネリは確かに山中慎介を下して世界王座に就いた。とはいえ、筋肉増強作用のあるジルパテロールを摂取しての勝利だ。本来、禁止薬物検査で陽性反応が出れば、タイトルは剥奪され、試合自体もノーコンテストになる。しかし、WBCはネリにペナルティを下さず事態を沈静化させた。

 2月27日の調印式で隣り合わせたTV AZTECAのレネ・ロメロ記者も、「ジルパテロールを摂ってたって言っても、ごくごく微量。その効果でネリが勝ったと受け止めているメキシコ人はいないよ。ネリのドーピングなんて、話題にもなっていないさ」とお気楽に語っていた。

 WBC本部はメキシコにあり、現会長も先代会長もメキシカンである。自国に誕生した王者を擁護したことは間違いない。

 結局、ネリは2月28日の15時までに、53.5キロの体は作れず、王座を剥奪された。約2時間後に秤に乗った折、ネリの体は54.8キロであった。

写真:山口裕朗
写真:山口裕朗

 「体重オーバーで失格になるなんて、プロボクサーとして言語道断です。そんな男に世界タイトルマッチを闘う資格は無い。前回がドーピングで、今回は減量失敗? 永久追放でいいと僕は思います」

 本稿でお馴染みの元WBAジュニアウエルター級1位&日本ウエルター級王者の亀田昭雄は、憤懣やるかたないといった調子で吐き捨てた。

  亀田は言う。

 「ただ、バンタム級あたりのクラスで2キロの差というのは大きい。例えるなら、ダンプカーと普通の乗用車くらいの差がパンチ力にも体にもある。山中が怪我をしないか心配です。計量が当日ならば、短い時間で1キロ落としたネリに不利となるでしょうが、1晩ゆっくり寝て、食べて、休めるとなると、体が大きい方が有利ですよ」

 更に亀田は言葉を続けた。

 「それでも、山中慎介はネリなんていうふざけた男に負けちゃいけない。得意の左ストレートを先に当てて、ペースを掴んでほしい。

 山中のコーナーには田中繊大トレーナーがいるんですよね。繊大さんの存在は計り知れないアドバンテージになります。メキシコでトップのトレーナーになった彼は、メキシカンの攻略法を熟知している筈。ボクサーにとって、トレーナーというのは非常に大事です。試合中、選手にどんな言葉をかけるか。どのタイミングでいかなる指示を出すか。世界戦では、セコンドの動きが勝敗を決めることも少なくありません。

 山中はプライドを賭けて、絶対にネリを倒してほしいですね。ネリはボクサーとしても男としてもまったく価値のない人間です。僕は今回、心底、山中に勝ってほしいです。素晴らしい勝利を期待します。応援しています!」

 亀田の言葉は、多くのボクシングファンの気持ちを代弁している。

 調印式の会場で、田中繊大トレーナーは語った。「この試合は、山中がKOで勝ちますよ」

 

 淡々とした口ぶりだったが、揺るがぬ自信を感じた。

写真:山口裕朗  山中は200gアンダーで計量を1発でパス。隣が田中繊大トレーナー 
写真:山口裕朗  山中は200gアンダーで計量を1発でパス。隣が田中繊大トレーナー 

 今夜、山中が“ふざけた男”をいかに料理するかに注目だ。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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