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サッカーの底力

林壮一ノンフィクションライター
右が小学生の健常児が使用する4号ボール、左は少年が愛用するゴムのボール

2010年11月、『神様のリング』(講談社)というノンフィクションを刊行した。

「具志堅用高を超える天才」「200年に一人の逸材」と呼ばれた日本チャンピオンが、ジュニアウエルター級(63・5キログラム)において、ボクシング史上最強と謳われたアメリカ人世界王者に挑戦し、敗れた。同世界タイトルマッチが催されたのは1982年7月4日。その2人が26年ぶりの再会を果たす----といった内容である。

日本チャンプの名を亀田昭雄という。この本を書くために、何百時間もインタビューを重ねた。彼は、兄と弟を筋ジストロフィーで失っている。その虚しさ、哀しさ、やるせなさを、私は理解したつもりでいた……。

昨年春、私は同じ病を持つ小学5年生の少年と出会う。歩くことはもちろん、立つことも叶わない彼が、私との「サッカー」を喜んでくれた。ボールを蹴れないこの少年が、座った姿勢から手でゴムのボールを打ち、それを私が蹴り返すゲームを続けて来た。

健常者の目に、我々の行為はサッカーと映らないであろう。それでも少年は、私との時間を心待ちにしてくれた。彼と付き合いながら、亀田昭雄氏の気持ちが初めて分かったように感じた。いつしか、この少年との交流は、私にとってかけがえの無い時間となっていく。

「自分のようなしょぼくれた中年男ではなく、プロ選手を相手に彼の望む“サッカー”をやらせてあげたい」

数ヶ月前から、私はそう考えるようになった。中央大学体育会サッカー部の白須真介監督に相談してみると、「ウチの部員にとっても間違いなく勉強になると思います」と二つ返事でOKしてくださった。

シュミット・ダニエル選手(右)、皆川佑介選手(左)
シュミット・ダニエル選手(右)、皆川佑介選手(左)

卒業を控え、間もなくJリーガーとして始動する皆川佑介選手(サンフィレッチェ広島内定)、シュミット・ダニエル選手(ベガルタ仙台内定)他3名が、さいたま市内に住む50数名の障害児童たちと触れ合う。

国立競技場で第92回全国高校サッカー選手権大会決勝が行われる日、中央大学の精鋭が、児童たちと対面する。社会的弱者とされる子供たちを励ましたいと立ち上がってくれた、彼らの大きな心に感謝するとともに、サッカーの底力を見る思いだ。

ノンフィクションライター

1969年生まれ。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するも、左肘のケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。1996年に渡米し、アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。2014年、東京大学大学院情報学環教育部修了。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(全て光文社電子書籍)『神様のリング』『世の中への扉 進め! サムライブルー』、『ほめて伸ばすコーチング』(全て講談社)などがある。

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