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安田純平さん「国内拘束」は外務省の違法な弾圧―松本人志氏や読売新聞等メディアも問われる責任

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
今月25日、司法記者クラブで会見する安田純平さん(写真左から2人目) 筆者撮影

 ジャーナリストの安田純平さんがシリアでの拘束から帰国後、外務省がパスポートの発給を拒否したことに対し、その不当さ等を争っていた裁判で、今月25日、東京地裁はパスポート発給拒否を「外務大臣の裁量権の逸脱・濫用で、違法。取り消しを命じる」との判決を下しました。本件の外務省側の問題や、安田さんに関するメディアのデマやバッシングによる影響について解説・考察していきます。

*本記事は、theLetter に掲載した記事に若干の加筆をして転載したものです。

https://reishiva.theletter.jp

〇シリアでの拘束の後、日本国内に「拘束状態」

 安田純平さんは2015年6月、シリアを取材するため現地入りした直後に、正体不明の武装勢力によって拘束されました。拘束は3年4カ月にも及びましたが、安田さんの人並外れた精神力による犯行グループへの働きかけもあってか、2018年10月に安田さんは解放され*1、トルコ経由で帰国します。

*拘束中、一畳ほどの狭い部屋に数ヵ月閉じ込められた上、24時間監視され身動き一つ取ることすら許されなかった時もあったなど過酷な経験もしながらも、安田さんはハンガーストライキをしたり、イスラム教を学び、その価値観から自身の解放を訴えたりした。詳しくは『シリア拘束 安田純平の40か月』(安田純平著/扶桑社)を参照。

 そして、拘束中に自身のパスポートを取り上げられていた安田さんは、2019年1月、パスポートの新規発給を申請しましたが、その半年後、外務省側は、「安田さんがトルコから入国禁止処分を受けている」として、旅券法第13条1項1号の規定を根拠に、パスポートの発給を拒否しました。

 安田さんは2020年1月、パスポート発給を拒否した処分の取り消しや発給の義務付けを求める訴訟を起こしたのでした。事実上の出国禁止処分について、提訴当時から、安田さんは「拘束がずっと続いているような感覚だ」と語っていました。また、今回の会見でも「自分の人生を否定されたようだった」と語りました。

〇岸田首相のパスポートも取り上げるのか?

 外務省が安田さんへのパスポート発給拒否の根拠とした旅券法第13条1項1号とは「渡航先に施行されている法規によりその国に入ることを認められない者」に対し、パスポートの発給を拒否できるというものです。

 しかし、旅券法第13条1項1号自体が、かつて渡航先ごとにパスポートを発給していた旧旅券法の性質を残した欠陥のあるものだと言えます。判決後の会見で安田さんは「一つの国から入国禁止を受けた人間にパスポートを発給すると世界の全ての国から日本政府が信頼を失うという外務省側の主張は全く理解できない」と語っていましたが、まさにその通りで、日本国憲法で保障された「居住、移転及び職業選択の自由」(第22条)を根本から制限するには、あまりに粗雑な理屈でしょう。

 入国禁止措置がいかに恣意的に行われるか、安田さんは会見で、ロシアがウクライナ侵攻に反対する日本の姿勢に反発し、岸田首相ほか日本の政治家などに対し入国禁止措置を取ったことを例にあげました。旅券法第13条1項1号を公平に適用するなら、岸田首相はじめとした政治家達もパスポートが発給されないことになるのでしょうが、実際にはそうなっていません。つまり、安田さんへのパスポート発給拒否は極めて恣意的に行われたと言うべきでしょう。

第78回国連総会 安保理、ウクライナ情勢めぐり発言する岸田首相
第78回国連総会 安保理、ウクライナ情勢めぐり発言する岸田首相写真:ロイター/アフロ

〇外務大臣の裁量権の逸脱・濫用で、違法

 そもそも、トルコ政府が安田さんに対し入国禁止措置を取ったか否かも不透明な部分がありました。安田さん本人は解放され、シリアからトルコを経由して日本に帰国する際に、トルコ側からは、入国禁止措置について何も通告を受けていませんでした。また、安田さんに対するトルコ政府の「国外退去通知書」は、通知時刻に明らかな間違いがあるなど、日本の外務省側の要請により後付けで作られたものではないか、との疑問を持たせるものだったのです。

 これらの争点について、東京地裁は「安田さんがトルコから入国禁止措置を受けた」という点では外務省側の主張を支持したものの、安田さんが、トルコ及びトルコと地理的に近接する国を除いた地域に渡航したとしても、トルコと日本の「信頼関係が損なわれる蓋然性はない」として、東京地裁は、安田さんへのパスポート発給拒否について「外務大臣の裁量権の逸脱・濫用で、違法」だとして、その取り消しを命じました。

〇今後も「裁量権の逸脱・濫用」に懸念

 安田さんが今回、「パスポート発給拒否は違法」との判決を勝ち取り、やっと本当の意味でシリア人質事件から「解放」されたことは、同業である筆者としても嬉しく思います。ただ、会見で安田さんやその弁護団も指摘していたように、今回の判決においても、旅券法第13条1項1号そのものを「憲法違反」とした訳ではない上、同号の解釈を「入国禁止となった国とその関係国」と、東京地裁が勝手に広げているため、これは大きな問題です。会見で安田さんが指摘した、

「日本政府から、特定の個人について入国禁止するよう求められて、それを拒否するような国はほとんどないだろう。そうしたかたちで、旅券法第13条1項1号に該当させようとすることは、いつでもできる」

という懸念にも、頷けるところがあります。その点では、今後の課題も大きな判決でした。

〇パスポート発給拒否、外務省の思惑とメディアの責任

 そもそも、外務省によるパスポート発給拒否、特に安田さんのようなジャーナリストに対するそれは、「他国との信頼関係」といったものですらなく、外務省や政権が批判されたくないという極めて勝手な動機で行われているのではないでしょうか。

 戦後初のメディア関係者に対するパスポート強制返納は、2015年2月、シリアでの取材を計画していたフリーカメラマン杉本祐一さんに対し行われました。当時の安倍政権は、シリアでの日本人2名の誘拐・殺人事件への対応の冷淡さが野党等から批判されていました。そうした中、杉本さんのシリア渡航計画の情報を得た外務省の領事局は、首相官邸に報告。その場で、官邸の意向を踏まえ、杉本さんへのパスポート返納命令を決定したのでした*。

外務省からの旅券返納命令の文書を見せる杉本祐一さん 筆者撮影
外務省からの旅券返納命令の文書を見せる杉本祐一さん 筆者撮影

*官邸の指示明らかにーフリーカメラマン杉本祐一さんパスポート強制返納問題

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/1ab9f991870a3dcbd58376bb254f57c8f691000c

 つまり、この返納命令には、ただでさえ、日本人2名の誘拐・殺人事件への対応を批判されている中、また日本人記者がシリアで拘束されたら、安倍政権にとっても外務省にとっても厄介な問題となるので、それを未然に防ごうという意図があったと見るべきなのです。そして、返納命令は「報道の自由」を脅かす暴挙であったにもかかわらず、日本のメディアのほとんどは杉本さんに対し、極めて冷淡でした。そのことによって、外務省は味をしめたのではないでしょうか。筆者自身の経験から言っても、外務省には、紛争地取材の意義を軽視し、そうした取材を行うジャーナリストを「トラブルメイカー」「厄介者」と見なしている風潮があります。

 安田さんに対しても、ワイドショーやスポーツ紙がバッシングを行っていましたし、旧ツイッター(X)では、デマによる誹謗中傷が横行していました。『ワイドナショー』(フジテレビ系列/2018年11月4日放送)では、タレントの松本人志氏が「安田さんが紛争地取材ができる人だったのかで批判が起こっている」との趣旨で発言。安田さんがジャーナリストとして優れた取材を行っていることは、例えば『報道特集』(2012年8月11日放送/TBS系列)に映像を提供したシリア取材報告などからも明らかで、実際、同業者達からも高く評価されています。それにもかかわらず、安田さんの実績も紹介せずに上述のような発言をテレビが垂れ流したことが幾度もあったことは、バッシングを大いに煽ることになったでしょうし、そうした風潮に外務省はつけ入ったのではないでしょうか。

 また、ネット上で繰り返し拡散される安田さんに関するデマも出所が報道だったケースもあります。例えば、安田さんの身代金を日本の代わりにカタールが支払ったという海外のNPO団体の主張を読売新聞(2018年10月24日付)が報じたことがありましたが*、この団体はその根拠について、何の説明もしていません
*現在は当該記事は読売新聞のサイトからは削除されているが、ネット上に転載されている。

安田さんは、

「人質が生きているという生存証明*を確認しないで身代金が支払われることはあり得ない」「自分が拘束されている間、日本政府が生存証明を確認することは無かった」

と繰り返し語っており、身代金が支払われたという読売新聞の報道には裏付けは全くありません。それにもかかわらず、「安田さん解放のために身代金が払われた」とのバッシングが現在もネット上で続いています。

*本人しかわからない個人情報を質問にし、返答させる等の方法で、本人の生存を確認すること。この種の事件では、金目当てで「人質についての情報を持っている」「解放の交渉役になる」と騙そうとする輩も多いため、本当の交渉相手或いは仲介役と偽物を見分ける上でも、「生存証明」は不可欠。

 今回の会見でも、安田さんの弁護団は「デマに対して安田さんが反論したものを証拠で国側が出してきたことがある」「安田さんが猪突猛進だというイメージの文脈で使ってきた」と語っていましたが、こうした安田さんへのバッシングや誹謗中傷を、外務省側が利用してきたという面も裁判の中で垣間見えたのでした。

〇メディア業界や一般の市民も無関係ではない

ウクライナ東部ハルキウで取材する筆者
ウクライナ東部ハルキウで取材する筆者

 本件の問題は安田さん個人に限ったことではありません。会見で安田さんは

「紛争地の取材をしてると、強制退去とかも本当にしょっちゅうあるんですよ。これは大手メディアの皆さんでも絶対経験してるはず。強制退去になって入国禁止になったら、どこにも行けなくなってしまうということが起こり得ます」

として、パスポート発給拒否の危険性を指摘しました。日本政府側が恣意的に報道関係者のパスポート発給を制限するのであれば、それは「報道の自由」への弾圧となります。上述のようにメディアの中に、フリーランスのジャーナリストを軽んじる傾向が少なからずあるように見えますが、人々の「知る権利」を保障する「報道の自由」を守ることは、民主主義社会の土台として、絶対に必要なことでしょう。メディア業界全体としては勿論、広く日本の市民全体として、安田さんの身に起きてきたことの意味を考えていく必要があります。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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