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#ウクライナ を踏み台に「平和」を語るリベラル知識人の貧困 #国連 #日本国憲法

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
ウクライナ南部マリウポリからの避難民の少女 筆者撮影

 ウクライナ侵攻が始まって以来、いわゆるリベラル/左派とされる知識人やメディアの中から、過剰にロシアを擁護したり、侵攻による被害国であるウクライナを批判したり、一刻も早い停戦のためウクライナ側に妥協を求めたりというようなことが、幾度か主張されてきた。これらの主張の欺瞞とも言える部分は、ウクライナを語りつつ、結局は米国の外交・安全保障政策を批判したいだけであったり、防衛費を大幅増額し改憲も目論むという岸田政権への批判だけであったり、国際社会の分断による日本への影響を懸念したりしているだけであることだ。今、正に戦争の惨禍に苦しむ人々に対し、ただただ「即時停戦」という妥協を強いるだけで、いかに平和的な手段によってロシア側にウクライナ侵攻をやめさせるかという課題に向き合うことすらしていない。筆者も、リベラルであり護憲派であることを自認しているが、だからこそ、ウクライナを踏み台に「平和」を語るリベラル知識人の姿勢には、疑問を呈したい。そのような姿勢は、日本国憲法の精神に反するからだ。

〇ウクライナ側に妥協を求める知識人・著名人らの活動

 あらかじめ、断っておくが、本稿の主題は、個人攻撃のためのものではなく、あくまでも平和というものをどうとらえるか、そして、いかに平和を実現するかということだ。ただし、議論を具体的なものとするために、個人の発言を引用し、それに対する批判的な論評もすることは御理解いただきたい。

 前置きが長くなったが、筆者が本稿を書くきっかけとなったのは、今月21日に都内で行われた「今こそ停戦をシンポジウム2」。同シンポでの、リベラル系知識人の諸々の発言が、実に残念であり、また象徴的だと思うからだ。「今こそ停戦を」は、和田春樹・東大名誉教授や伊勢崎賢治・東京外国語大教授、岩波書店の岡本厚・元社長など日本の学者やメディア関係者らが始めた、ウクライナ危機での即時停戦を求める活動。署名集めや新聞広告、シンポジウム等を行っている。こうした活動の呼びかけ人として、ジャーナリストの田原総一朗さんや上野千鶴子・東京大学名誉教授などが加わり、いわゆるリベラル系の知識人、著名人らも多く名を連ねている。この、「今こそ停戦を」の記者会見やシンポを、筆者は幾度か取材したが*、ウクライナ情勢の分析・評価がロシア寄りであることや、即時停戦のため、ウクライナ側に妥協を強いることが主目的化しているのではないかとの印象を持った。

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〇日本の平和のため、ウクライナに妥協を求める?

 今回の「今こそ停戦をシンポジウム2」については、会場ではなく、オンラインで視聴したが、やはり、賛同しかねる発言が相次いだ。

 例えば、前法政大学総長の田中優子さんは以下の様に発言している。

「ウクライナ戦争が長引けば長引くほどアメリカとロシアの戦争、つまり世界戦争になりかねません。その次の展開を考えてみるとアメリカと中国の戦争の引き金になりかねない。地理的なことで言えば日本は北海道の根室まで行くと目の前でロシアと隣接してるんです。それから東シナ海を中国と共有しています。世界戦争になれば多くのアメリカ軍基地が国内にある日本というのは確実に戦場になります。そういう可能性を持った世界戦争を回避するためには即刻ウクライナ戦争を停戦させねばならないという風に考えます」

 ウクライナ危機を世界大戦に発展させてはならないという田中さんの主張には頷ける部分もあるが、他方、日本の安全のためにウクライナ側に即時停戦という妥協を強いるようにも受け取れ、ウクライナ現地を取材した筆者としては、田中さんの主張は、現地の人々への想像力が欠けているように感じざるを得ない。ウクライナで停戦に反対する意見が多数派である理由の一つに、例え停戦が実現したとしても、ロシアの占領が続き、深刻な人権侵害が行われている限り、それは平和ではないということがある。筆者が現地の人々から聞いたところによると、これまでロシア軍に占領されていた地域で、同軍兵士による現地のウクライナ人女性への性的暴行が繰り返されていたという。ウクライナ・キーウ州警察のイリーナ・プリャニシコヴァ報道官も、筆者のインタビューに対し、「子どもを殺すと脅して母親を何度も強姦したり、別のケースでは5歳の子どもを強姦したとの報告もある」と語り、戦争犯罪として捜査しているのだという。

 今月25日には、国連の独立調査委員会がロシア軍による民間人への性暴力などの戦争犯罪が続いていることへの懸念を表明した(関連情報)。これらの情報を総合すると、ウクライナの人々にとってロシア軍の占領を受け入れがたいのは当然で、即時停戦は、占領を固定化する恐れがある。田中さんに限らず、即時停戦を主張する日本の知識人・著名人に共通する問題として、いかにロシア軍による侵攻・占領をやめさせるかではなく、あくまでウクライナ側に妥協をさせることしか、この危機を終結させる方法論として語っていないことがあるが、そうした発想は、ウクライナの人々には受け入れられないだろう。

〇ゼレンスキーはブッシュと同じ?

 もう一つ、極めて残念な発言について指摘させていただこう。「今こそ停戦をシンポジウム2」で、ジャーナリストの金平茂紀さん(元TBS系「報道特集」メインキャスター)は、以下のように発言した。

「(ウクライナのゼレンスキー大統領が米CBSテレビのインタビューに対し)プーチンを食い止めるか世界対戦を始めるか、全世界は選ばなければいけないっていう言い方したんですね。こういうレトリックは、もうすぐに皆さんすぐ思い出したことはあると思うんですけど、これはあの2002年の1月の『ブッシュドクトリン』という(当時、米国大統領であった)ジョージ・W・ブッシュが使った"世界のすべての国々は今決断しなければ ならない、我々の側につくかテロリストの側につくか"という、アフガン戦争とかイラク戦争を正当化する論理みたいな形で今に至るまでずっと続いてますよね。これが今言われても、そのブッシュドクトリンの時のような反発ってのが、あまり実は残念ながら聞かれない」

 要は、ゼレンスキー大統領の発言と、ブッシュ元米国大統領の発言を同一視しているのだが、これは状況が全く異なる。ゼレンスキー大統領は侵略を受けた側、ブッシュ元大統領は侵略した側である。対テロ戦争、とりわけイラク戦争は、米国に差し迫った危機があったわけでもなく、国連安保理決議による武力行使容認決議を得たのでもなく、米国側がイラクに先制攻撃を仕掛けて占領した、侵略戦争そのものである。ブッシュ元大統領のロジックに関連付けて批判するのであれば、その矛先は、ゼレンスキー大統領よりも、むしろロシアのプーチン大統領であるべきだろう。安保理決議なしの国連憲章違反の戦争という点で、イラク戦争もウクライナ侵攻も共通するからである。筆者は、日本の報道における金平さんの絶大な貢献に対し敬意を持っているが、上述の発言に対しては、あまりに粗雑だと指摘せざるを得ない。

 なお、シンポでの金平さんの発言の大部分は、彼が先日取材した台湾の状況についてのものだった。米中そして日本により危機が煽られている台湾情勢それ自体は、非常に重要なテーマであろうし、この間の緊張を高める動きに対し、ジャーナリズムが批判的分析をすべきだということ自体は頷ける。ただ、他のこれも、金平さんに限らず、上述の田中さんの発言と同じく日本の知識人・著名人にある傾向なのだが、ウクライナを語るていで、台湾を語り、結局のところ、日本を語っているのである。そこには、本当にウクライナの普通の市民達の側に立って、いかにロシア軍の侵攻を止め、ロシア軍を撤退させるかの具体案はない。ただ、国際社会に支援を求めながら徹底抗戦を続けるゼレンスキー大統領がおかしいという一点張りである。しかも、それは即時停戦を求める人々の価値観が優先しての主張なのだ。

〇なぜ、リベラル知識人はウクライナを嫌うのか?

 日本の(一部の)リベラル/左派の知識人・著名人は、何故、ゼレンスキー大統領やウクライナに対し「敵愾心」とも言えるような感情を露わにするのか。それは、徹底抗戦を主張するゼレンスキー大統領の姿勢が、戦争を否定する日本国憲法第9条を脅かすという、筋違いの怨恨からだろう。

 ただ、9条の理念は、過去の日本における独裁的な軍国主義と侵略戦争の反省から生まれたもので、その文脈で批判すべき相手は、プーチン大統領なのだ。また、国連憲章に反した侵略行為を認めることこそ、国際社会の「法の支配」やモラルに依存する9条を脅かすことになる。だからこそ、護憲派である知識人・著名人は、いかにして、平和的手段で、ウクライナに対するロシアの侵攻・占領を終わらせるのか、知恵を絞るべきであろう。これに関して、筆者は、二つのことが重要であると思われる。一つは、ロシア軍の継戦能力を断つため、ロシアへの経済制裁を行っていない、中国やインドに対する働きかけを強めることだ。同時に、日本もロシアから天然ガス等の化石燃料を輸入しているが、これをやめるべきだろう。

 もう一つは、侵略戦争を禁じた国連憲章に基づき、ロシアにウクライナ侵攻・占領をやめさせるべく姿勢を明確にするよう、中国やインド、そしてグローバルサウスと呼ばれる国々に日本からも働きかけることである。

 「武力ではなく交渉で平和を」という理念、それ自体は尊いと言える。だが、あくまで「交渉しろ」「妥協しろ」とウクライナ側に「平和的解決」を押し付けるだけで、自らは何もしないというのであれば、それは唾棄すべき欺瞞だ。日本国憲法の前文には、「われらは全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和の内に生存する権利を有することを確認する」「日本国民は、国家の名誉にかけて、全力をあげて崇高な理想と目的を達成することを誓う」とある。日本のリベラル/左派の知識人・著名人には、この憲法の理念をどう具体化させるのか、知恵を絞り、行動してもらいたい。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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