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本当に怖い「危険な暑さ」の話と、ルサンチマンで落ちぶれた日本の起死回生のカギ

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
今月は関東各地で猛暑日となった(写真:つのだよしお/アフロ)

 連日の猛暑に、テレビや新聞等の報道では、「災害級の暑さ」という言葉が連呼されている。だが、そうした報道に白々しさを感じるのは筆者だけだろうか。この「災害級の暑さ」は、人災である。すなわち、地球温暖化の影響がこの暑さの背景にあることは、ほぼ確実であるのに、それには触れず、まして日本の温暖化政策について取り上げることもしない。つい、先日も某報道番組で、長々と尺を使って、「今年の猛暑はなぜ起きているのか」として、ヒートドーム現象や偏西風の蛇行については解説をしていたものの、これらが温暖化によるものではないかとされることは一切触れなかった。だが、国連のグテーレス事務総長が今月27日の会見で「地球温暖化の時代は終わりました。地球沸騰化の時代が到来したのです」と述べ、また世界気象機関(WMO)が今月の世界の平均気温が7月として、観測史上最も高くなることが確実になったと発表。温暖化の進行のフェーズは明らかに変わったと言える。これに対し、日本での認識や政策が追いついているかは、上述のような報道を見ても甚だ疑問だ。そこで、本稿では、地球温暖化の影響と、日本の温暖化対策・エネルギー政策の課題について述べていく。また、こと温暖化対策に関しては、今や、再生可能エネルギーや電気自動車の普及で後れを取っている日本の現状について、ルサンチマン(弱者の強者に対する反感、鬱屈した感情)にまみれた言説が、特にネット媒体で少なからず見かけるが、本稿では鬱屈した後ろ向き志向ではなく、脱炭素社会の実現のメリットにも目を向けることが重要だということについても触れたい。

〇地球温暖化は人類存亡をも左右する「気候危機」

 まず、最初に強調しておきたいのは、温暖化は人間社会に極めて重大な悪影響を及ぼす、全世界的な危機だということだ。日本では温暖化という言葉がポピュラーであるが、海外の報道では、「気候危機」という言葉が使われることも多くなっている。気候のメカニズムは非常に複雑ではあるのだが、各国での長年の研究により、温暖化と人間活動の関係や今後起こりうることなどが、はっきりし始めている。そうした科学的知見がまとめられたのが、2021年に公表された、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)第6次評価報告書だ。同報告書では、「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」と結論付けている。また、「人為起源の気候変動(=温暖化)は、世界中の全ての地域で、極端現象にすでに影響を及ぼしている」として、温暖化の影響は、遠い未来のことではなく、既に顕在化していることを強調した。同報告書は、世界平均気温の上昇に応じた異常気象の発生率も予測。産業革命以前「50年に1度」であった極端な高温の発生率は、現状で既に4.8倍になっていると指摘。さらに今後の予測としては、世界平均気温の1.5度上昇で8.6倍、2度上昇で13.9倍、4度上昇で39.2倍としている。なお、IPCCが昨年3月に発表したところによれば、「世界人口の4割以上の約33~36億人が、既に気候変動に対応できずに被害を受けやすい状況にある」とのことだ。

IPCC報告書より
IPCC報告書より

 温暖化によって地域によっては人が生活するのが困難な暑さに悩まされるところも増えてくる恐れもある。現時点での各国の温室効果ガス削減目標が行われたとしても、温暖化による破局的な影響を避けるため、世界平均気温の上昇を1.5度以下に抑えるという目標達成には不十分であり、このままだと、世界平均気温は今世紀末には2.7度上昇するとされている。その影響は甚大で、英エクセター大学などの研究チームが今年5月に発表した予測によると、今後、その時点での世界の人口の22%にあたる20億人が危険な暑さにさらされるとのことだ。同チームの予測では、「温暖化が0.1度進むごとに、約1億4000万人以上が危険な暑さにさらされることになる」という(関連情報)。

 温暖化による悪影響は猛暑だけではない。上述のIPCC報告書によれば、「10年に1回」レベルの大雨や干ばつも、世界平均気温が上昇するほど、発生率が高まると予測されている。気象災害は日本においても深刻だ。特に2018年は西日本豪雨だと、台風21号と24号による被害が甚大であり、日本損害保険協会によれば、これらの気象災害での保険金支払額は1兆4467億円と、東日本大震災のそれを上回る規模だという。こうした気象災害について、特に西日本豪雨に関しては、気象庁も「温暖化に伴う気温の上昇と水蒸気量の増加」を要因の一つとしてあげている。

2018年の西日本豪雨は甚大な被害をもたらした
2018年の西日本豪雨は甚大な被害をもたらした写真:ロイター/アフロ

 今後、起こりうる最悪のケースとしては「正のフィードバック」によって温暖化が暴走すること。つまり、温暖化による影響がさらなる温暖化を招くというものだ。例えば、北極の海氷は、太陽からの光を反射する「巨大な鏡」の役割を担っているのだが、これが温暖化により縮小していくと、その分、反射される太陽光が減り、地球は熱をため込むことになる。そうなると、さらに北極の海氷が縮小し、反射される太陽光が減り…という悪循環となる。

画像出典 https://files.secure.website/wscfus/8154141/10251600/time-bomb-permafrost-article-19.pdf
画像出典 https://files.secure.website/wscfus/8154141/10251600/time-bomb-permafrost-article-19.pdf

 やっかいなことに、北極圏の永久凍土や海底には膨大な量のメタンガスが眠っている。メタンガスは、CO2と比較して25倍以上の強力な温室効果を持つ。温暖化に伴い永久凍土から海底のメタンガスが大量に大気中に放出されると、さらに温暖化が進むということが懸念されているのだ。「温暖化の暴走」が本当に起きるのか、起きるとして、どの程度まで深刻な状況になるかは、まだ議論があるが、最悪の場合は、それこそ人類の存亡すらも左右しかねない。英国レスター大学の研究によれば、世界平均気温が6度上昇した場合、地球の酸素の大部分を供給する海の植物プランクトンが酸素をつくれなくなり、人類を含め大多数の生きものが「窒息」して死滅するかもしれないのだという関連情報)。いずれにせよ、温暖化対策は、国益を超えた全人類的な課題だと言えよう。

〇温暖化対策で重要なエネルギー政策

 温暖化による破局的な影響を避けるためには、今世紀末までの世界平均気温の上昇を、悪くても2度以下に抑え、目標としては1.5度以下に抑えることが求められている。この「1.5度目標」を実現するためには、直近のIPCCの知見では、CO2含む温室効果ガスの排出を2030年までに基準年(2019年)と比較との比較でほぼ半減し、2035年までに60%減、2050年にはカーボンニュートラル、つまり、温室効果ガスの排出を正味ゼロにすることが必要だとされている。特に、人為的な温室効果ガスの排出のうち、最も割合が大きいのはCO2で、その大部分は、化石燃料、つまり石油、天然ガス、石炭の使用により、排出されている。つまり、温暖化対策で重要かつ優先度が高いのは、いかに化石燃料依存から脱却し、使用時にCO2を出さない再生可能エネルギーにシフトしていくかという、エネルギー政策なのだ。

 日本においても、部門別のCO2排出が多いのは、発電(エネルギー転換)と、産業、運輸。いずれにせよ、化石燃料に頼っていることが排出の原因だ。日本の電力供給では、化石燃料による火力発電が72.9%を占める(2021年統計)。すなわち、発電方法を火力から、太陽光や風力等の再生可能エネルギーに置き換えていくこと、運輸もガソリン車から電気自動車(EV)等の走行時にCO2を排出しない車へと切り替えていくことが重要なのである。

画像出典 https://www.jccca.org/
画像出典 https://www.jccca.org/

 今後の日本における電源構成としては、2021年10月22日、岸田文雄内閣は「第6次エネルギー基本計画」を閣議決定。2030年度の電源構成として、「再生可能エネルギー36~38%、水素・アンモニア1%、原子力:20~22%、天然ガス20%、石炭19%、石油等2%」という見通しを立てている。ただ、火力発電の中でも、石炭火力は特にCO2排出が多く、脱石炭をすすめていくべきだろう。

出典:経産省
出典:経産省

 岸田政権や大手電力会社は「ゼロエミッション火力」つまり、CO2排出ゼロの火力として、燃焼時にCO2を排出しないアンモニアや水素を石炭と混焼させたり、CCS(二酸化炭素回収・貯留)を活用したりすることで、石炭火力発電の延命を図っているが、これも国内外の環境NGOから批判の的となっている。現状、水素やアンモニアは化石燃料を使って生産されることが多く、こうした「グレー」な水素やアンモニアは生産時にCO2を発生させる。こうした問題は、生産時に再生可能エネルギーを使った「グリーン」な水素やアンモニアでは解消されるが、いずれにせよ、石炭と混焼するのであれば、CO2を排出するので、実際には「ゼロエミッション火力」と呼べるものではない。

 もし、本当にゼロエミッション火力発電というものを実現したいのであれば、グリーンな水素やアンモニアのみを燃やす(専焼)火力発電となるが、それであるならば、最初から再生可能エネルギーによる電力を使えばいい*。CCSも技術的に確立しておらず、CO2を貯留する場所や、コスト等でも課題がある。やはり、石炭火力発電はすみやかに廃止していくべきものなのだ。

*悪天候が続き太陽光や風力による発電で供給が不足する場合など、非常時の保険として、グリーンな水素、アンモニア専焼の火力発電を使うという考え方はあるだろう。

 また、この種の記事に対し、よくある反応としては、「日本より米国や中国の方が大量のCO2を排出しているではないか?日本だけ排出削減をしても無駄」というようなものがある。だが、むしろ、日本が自国のCO2削減をしっかりして、米国や中国、インド等の大量排出国に対し「もっと温暖化対策に取り組め」と求めることが重要だろう。そのような点でも、石炭火力発電への固執は非常に有害である。

〇原発は温暖化対策として有効ではない

 再生可能エネルギーの普及には、本腰を入れているとは言い難い岸田政権であるが、原発はあからさまに推進している。今国会でGX推進法と、GX 脱炭層電源法が成立。原発への官民による投資や、運転期間の延長の緩和などが行われることになるが、運転から60年を超えた老朽原発も稼働することになり、事故リスクが高まるのではと懸念されている。

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フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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