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『HUNTER×HUNTER』に救われた!イラクの若手絵本作家が都内で展示、シリアやリビアからも

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
ファラハさん(左上)と彼女のイラスト 『アラブの国からのMANGA展』提供

 『HUNTER×HUNTER』、『SLAM DUNK』、『鬼滅の刃』…日本の人気漫画・アニメが、紛争地の人々に生きる力を与えていることをご存知だろうか。今月9日から15日までブックハウスカフェ(東京都神保町)で開催の『アラブの国からのMANGA展』では、イラクやシリアなどの中東の紛争地のイラストレーターや漫画家の作品を展示している。同展への出展アーティストの一人でイラクの若手イラストレーター/アニメーターのファラハ・フダイリさんは「私は『HUNTER×HUNTER』に救われた」と言う。

〇戦禍の中で日本のアニメだけが希望

 イラク首都バグダッド出身のファラハさんは、6歳の頃から既にイラク戦争の戦禍に怯えて暮らす日々だったという。2021年3月に日本の支援関係者、平和運動家達によって行われたイベント「イラク戦争を知らないキミ達へ」にオンライン参加したファラハさんは、「朝4時にサイレンの音で目を覚まし、階段の下に怯えて隠れていると、戦闘機や爆発の音が轟いてきました」と、恐怖の日々を振り返った。イラクでは米軍の占領政策の失敗や政治的な利害などから、イスラム教スンニ派とシーア派が対立。かつては、隣人同士仲良く暮らし、互いに結婚もしていた両派が血で血を洗う殺し合いを繰り返すようになった。「街を歩けば、あちらこちらに死体があって恐ろしかったです」「とても学校に行けるような状況ではありませんでした」(ファラハさん)。さらに宗教勢力が力を持つようになり、女性が働くことや外出することも難しくなっていった。「自分が女性であることを受け入れることも難しい日々でした」「普通の生活、子ども時代がありませんでした」と語るファラハさんの唯一の楽しみが、テレビで放送されていた日本のアニメを観ることだったという。「アニメから沢山の希望や強さを貰いました。あきらめないこと、大きな夢をみることです」と語るファラハさんが特に好んで観ていたのが、『HUNTER×HUNTER』なのだという。

 その後、ファラハさんはイラストを描くようになり、イラク支援ボランティアの高遠菜穂子さんと出会う。高遠さんが日本とイラクの仲間達と共に現地の子ども・若者達への平和教育を行う「一般社団法人ピースセルプロジェクト」(関連情報)が制作したオリジナル紙芝居『モンちゃんとしっぽ』で、ファラハさんはイラストを担当。『アラブの国からのMANGA展』主催者の一人でシンガーソングライターの、Yatchこと相沢恭行さんは、そのかわいらしいイラストに感動し、今回、ファラハさんの作品を展示することにしたという。

〇イラクやシリアの作家達と日本とのつながり

 『アラブの国からのMANGA展』では、ファラハさんの他、シリアやパレスチナ、リビアのアーティスト達も作品を展示する。ファラハさんの姉で、今回の出展作家の一人、シャハド・フダイリさんも、イラク戦争の戦禍に怯えながらも、日本のアニメの影響を受け、漫画を描くようになった。特に好きなアニメは、『HUNTER×HUNTER』や『SLAM DUNK』だという。日本とのつながりでは、シリア人テクニカルアーティスト/漫画家のムハンマド・ハムゼさんにも注目すべきだろう。シリア首都ダマスカス出身のムハンマドさんは、アラブ首長国連邦や米国、アイスランド等で活躍し、日本にも、2000年から2010年頃までに数回訪れている。そうした中で、新海誠監督のアニメ映画『星を追う子ども』の背景デザインを担当したという。

 『アラブの国からのMANGA展』では会期中、ジャーナリストの安田純平さん等、様々なゲストによるイベントが行われる。ゲストの一人で、中東が専門の国際政治学者、酒井啓子・千葉大学教授のトークは「イラク市民革命での壁画アート」がテーマ。イラクでは、2019年に汚職や復興の遅れに抗議する人々による大規模なデモが行われたが、その中で、若者達は壁画アートでメッセージを訴えていたのだという。こうした壁画の中には、日本の漫画・アニメ『鬼滅の刃』の人気キャラクター、 煉獄杏寿郎のものもあったそうだ。

煉獄さんもイラクの壁画に 『アラブの国からのMANGA展』提供
煉獄さんもイラクの壁画に 『アラブの国からのMANGA展』提供

〇漫画やアニメ、音楽が日本と中東の懸け橋に

 『アラブの国からのMANGA展』主催者の一人で前出の相沢さんは、「誰かと友だちになりたい時、大切なのは共通の話題です。共通の文化であるマンガや音楽で僕たちは友だちになれるし、互いの文化を理解し尊重していくことで、争いが起こりにくい世界をつくっていくことができるのではないでしょうか」「決して平和とは言えない日常で生まれた、強く伝えたい想い。アラブの国の友だちから届いた、マンガによる次世代へのメッセージ。みなさんの心にも届いたら嬉しいです」と語る。相沢さん自身も、アラブの伝統曲をアラビア語と日本語で歌うバンド「ChalChal」のライブを『アラブの国からのMANGA展』会場で行うとのことだ。

 会期中のイベントの詳細は、相沢さんのSNSフェイスブックのイベントページで確認できる。日頃、中東と接点のない人々にとっても、アニメや漫画、そして音楽から中東を知ることは面白いかもしれない。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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