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新型コロナは自然からの逆襲か―教訓活かさなかった中国政府の責任

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
習近平国家主席のポスターの前を通る中国人女性(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルスの感染が爆発的に広がっている。本稿を執筆時点で、世界の患者数は72万4201人、犠牲者数も3万4026人に及んでいる(米国ジョンズ・ホプキンス大学のまとめ)。経済的な損失も凄まじく、アジア開発銀行は今月6日の発表で、「世界全体の経済損失は最大3,470億ドル(約37兆円)に及ぶ可能性がある」との試算を示した。文字通りの世界的な危機となっている新型コロナウイルスの感染爆発であるが、専門家達からは、現状の大混乱ですら「氷山の一角に過ぎない」とし、「さらなるパンデミックが発生する恐れがある」と危惧する声もあがっている。その原因として指摘されているのが、野生動物の違法取引や自然破壊。多くの生物が絶滅の危機に瀕しているが、今、正に自然界からの「逆襲」に人類は直面しているのかもしれない。

◯センザンコウから感染か?世界が注目の論文

 新型コロナウイルスは一体どこからやって来たのか。一つの論文が世界の注目を集めている。それは、今月26日に英科学専門誌「ネイチャー」に掲載されたもので、ウロコを持つ哺乳類「センザンコウ」から新型コロナウイルスと極めて類似したウイルスを発見したという内容だ。論文をまとめたのは、香港大や広西医科大の研究チーム。論文によれば、2017年から2019年にかけて中国に密輸され、押収された「マレーセンザンコウ」の肺や腸、血液等を調べたところ、新型コロナウイルスに遺伝子の配列が85~92%の割合で同じというウイルスが発見されたのだという。論文は、センザンコウが新型コロナウイルスの直接の感染源だと断定したものではないが、センザンコウの取り扱いは厳重にするべきであって、市場での販売は厳しく禁止されるべきだとしている。

 新型コロナウイルスのパンデミックをめぐっては、発生源とみられる中国への批判の声が、特に米国で高まっており、中国当局の情報隠蔽などの初動がやり玉に上げられているが、今回のセンザンコウがウイルスの宿主であったことを示唆する研究結果は、別の面から中国当局の対応を問うものとなるかも知れない。中国では、「野味」といって、珍味として野生動物を食用とする食文化がある。また、漢方薬の原料としても、様々な野生動物が使われている。だが、野生動物は未知の病原菌やウイルスの宿主となっていることもあり、膨大な数の生きた野生動物やその身体部位が売り買いされている中国各地の野生動物市場は、人獣共通感染症、つまり動物から人間へと感染する疫病が発生するリスクが高い環境であったのだ。

◯SARSの教訓活かさなかった中国政府の責任

 実際、2002年、アジアを中心に32の国や地域で猛威をふるったSARS(重症急性呼吸器症候群)も、中国の野生動物市場で売られていたハクビシン(ジャコウネコ科の一種。中国南部で珍味として食用にされる)からウイルスが検出された。元々は野生のコウモリ(キクガシラコウモリ)がSARSウイルスの宿主だったとみられるが、ハクビシンを中間宿主として、人間に感染した可能性が高いとされている。SARSは、発熱や咳などインフルエンザに似た症状で、1~2割が重症化、呼吸不全などを引き起こした。致死率は平均で約10%だが、65歳以上では50%以上とかなり高かった。人獣共通感染症の脅威を見せつけたSARSであったが、中国政府はSARS流行後、一時的に同国内の野生動物市場を閉鎖したものの、またすぐに野放しにしてしまったのだ。

 SARS流行の教訓を、中国政府は活かすことができず、むざむざと新型コロナウイルスの蔓延を許してしまったのではないか―香港大、広西医科大の研究チームの論文を読んでいると、そうした疑念を持たざるを得ない。新型コロナウイルスの宿主なのではないかと目されて始めているセンザンコウは、中国では肉が珍味として食用にされる他、ウロコが喘息やがんに効く薬となると信じられているが、科学的根拠はない。センザンコウは「世界で最も密猟されている動物」だとも言われ、2019年にアフリカからアジアへと密輸されたウロコは実に97トン、15万匹分に相当するという膨大な量であった。捕り尽くしで絶滅が危惧される規模で、センザンコウが密猟され、密輸されている中で、今回の新型コロナウイルスのパンデミックが始まった。密輸を横行させていた中国政府の責任は決して軽いものではないだろう。

 新型コロナウイルスのパンデミックを招いた責任については、特に米国のトランプ政権や同国のメディアの一部が中国を批判している。その主だった主張は、中国当局の秘密主義による初動の遅れを批判するもので、米国では中国政府に対して集団訴訟を起こす人々まで出始めた。こうした動きに対し、中国側も反発。トランプ大統領が新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と呼んでいることに猛抗議。挙げ句の果てには、中国外務省の趙立堅・副報道局長が「米軍が新型コロナウイルスを中国に持ち込んだ」との陰謀論を具体的な根拠を示さず主張。これが、トランプ政権を激しく怒らせることとなり、在米中国大使が「趙氏の個人的見解」と火消しする有様だ。

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フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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