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自民党議員がコロナ報道に「介入」を総務省に要求

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
国会インターネット中継より

 新型コロナウイルス対策で初動が遅れた感が否めない安倍政権。各社の世論調査でも支持率が下落、メディア上でも安倍政権の対応への疑問の声が相次いでいる。そんな中、自民党議員が「報道機関に指導できないか」と国会質疑で発言した。憲法で保障される「報道の自由」に対する、介入とも言える問題発言だ。

◯罰則もちらつかせながら「指導」求める

 問題の発言は、今月5日の参院予算委員会で飛び出した。自民党の小野田紀美参院議員は、その質疑の中で、NHKなどの報道機関が「日本国内感染者が一千人を超えた」が報じていることについて、「総務省さんに聞きたいんですけれども、こういう事実と違う報道に対して、指導をきちんとしていただけませんか」と質問。さらに「デマを流した人に罰則がある台湾みたいなのもありますし、いろいろちょっと考えていただきたいなと要望をいたします」と、罰則もちらつかせたかたちでメディアへの指導を総務省に求めた。

 小野田議員が「事実と異なる」「デマ」と憤るのは、WHOはクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」の感染者と日本国内の感染者の数は分けているのに対し、日本のニュースの中でクルーズ船の感染者も含めての国内感染者数としていることについてだ。だが、ダイヤモンド・プリンセス号の船籍自体はイギリスであったものの、乗員乗客のうち3割超の1371人は日本国籍であり、また同号を横浜港に停泊させ検疫・隔離等の対応を行ったのは日本政府であった。神戸大学の岩田健太郎教授がYouTube上で批判したように、ずさんな管理体制のまま乗員・乗客を船内に留まらせ、697人が新型コロナウイルスの陽性反応を示すなど、感染を蔓延させたことは否めない。イギリス船籍のことだからと、日本と切り離すということは、むしろ無理があるのだ。さらに日本の各メディアによる報道では、総数にダイヤモンド・プリンセス号での感染も含めていたものの、船内の感染者数は何人、それ以外の国内感染者数は何人とそれぞれの数字を報じていたケースがほとんどであるので「事実と異なる」「デマ」と決めつけることもおかしいだろう。

◯憲法にも放送法にも反する

 そもそも、報道内容が気に食わないからと言って、憲法第21条「表現の自由」に基づき保障される「報道の自由」に、国会議員が介入し、総務省に「指導」を求めること自体が、国会議員含む全ての公務員は憲法を尊重し最大限これを遵守するよう義務付けている憲法第99条に反している。さらに、総務省の吉田博史・情報流通行政局担当審議官が小野田議員の質問へ答弁したように、放送事業者による番組編集は、自主自律を基本とする枠組みにある。つまり、「報道は事実をまげないですること」「政治的に公平であること」等の放送法第4条の条文は、国側が放送事業者に「指導」する法的規範ではなく、業界の自主的な倫理規範なのだ。

 小野田議員は、後日、ツイッター上で"台湾の罰則の例を挙げ「デマや意図的な誤報はそれだけ深刻なことなんだ」と伝えたかっただけなのですが失敗…"と、メディアへ罰則を求めたわけではないと弁明している。

 確かに小野田議員は「ヘイトスピーチに対する罰則規定に絶対反対」「法による言論統制を認めるつもりはありません」と、過去にツイートしているように、「表現の自由」(それが差別的、レイシズム的な主張であっても)へ公権力が言論に介入することは慎重であるべき、と考えているようだ。

 ただ、それならば、小野田議員が「事実と異なる」と考える報道について総務省に「指導」を求めること自体、憲法上・放送法上、問題があるのではないか。筆者は、小野田議員に対し、メディアの放送内容に対して政府が介入すべきという考えなのか、憲法第21条、第99条や放送法第4条について、どう理解しているのか等、同議員の事務所を通じて質問状を送ったが、「取材には応じない」として回答は得られなかった。

 奇しくも、厚労省、自民党アカウントが名指しで民放の報道内容に反論している*。小野田議員のみならず安倍政権自体に、都合の悪い報道を潰そうという動きがあると疑うのは、勘ぐりすぎだろうか。

◯新型コロナに便乗した報道への圧力を許すな

MICのアンケート中間報告。記者会見「首相にオープンな会見を求めます」にて筆者撮影
MICのアンケート中間報告。記者会見「首相にオープンな会見を求めます」にて筆者撮影

 それでなくても、安倍政権の下で、メディア関係者の萎縮が顕著だ。日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)が報道関係者を対象に行なった「報道の危機」アンケートの中間報告には、政権を恐れ、忖度するようなメディアの姿勢を懸念する声がいくつも上がってきている。その中から一つを引用しよう。

 放送法4条は本来、倫理規定であり、強制できるものではない。しかし、今の政権は、番組の編集準則違反を、電波法76条が定める停波処分の対象になるとしている(中略)また、表向きは放送の自主自律をうたっても、電波法76条があるために政権に忖度せざるを得ないと勝手に思い込んでいるようだ。放送局幹部自体が、放送法の本来の立法の意味などについて、理解していないものと思われる(放送局社員)

出典:MICによるアンケートより

 新型コロナの感染拡大は確かに大いに憂慮すべきであり対応が求められるが、そのためであれば、「緊急事態宣言」に象徴されるように、憲法の保障する様々な権利を制限してもよいのではという風潮が広がりつつある。だからこそ、新型コロナに乗じて「報道の自由」に圧力をかけてくる動きには、メディア側は断固抵抗すべきであるし、一般の読者・視聴者も自らの権利のために、メディアへの権力の介入を許してはいけないのであろう。

(了)

*厚労省は、今月4日放送のテレビ朝日「モーニングショー」の中でコメンテーターがマスク不足について「まずは医療機関に配らなければだめ」と発言したことに対し、番組を名指しで「厚生労働省では感染症指定医療機関への医療用マスクの優先供給を行った」と反論。ところが、「モーニングショー」側の再取材で全国の感染症指定医療機関に取材したところ、マスクが届いていない医療機関がほとんどであった。また、「自民党広報」のツイッターは今月5日に、同4日のTBS『Nスタ』での放送を名指し。新型のコロナが普通のインフルエンザよりもかかりやすいと同番組内で出演者が発言したことについて、「世界保健機関(WHO)は季節性インフルエンザと比べて感染力は高くないとの見解」等とツイートした。だが、WHOの声明の原文を見ると、「新型コロナは、誰も免疫がない。多くの人々に感染の感受性があり、一部の人は重症化することを意味する」とも書いてあり、自民党広報もWHOの見解を正確に伝えているとは言えない。

※本記事は志葉玲公式ブログの記事に加筆したものである。

https://www.reishiva.net/entry/2020/03/20/112049

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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