「官邸に記者達が屈服」アンケートで明らかに―国連も懸念、日本の報道再生の鍵は?

今年6月27日(木)午後の内閣官房記者会見 政府インターネットTVより

 今月21日投票の参院選の隠れた、しかし重要な争点として、「報道の自由」の危機があるだろう。今年4月に公表された「国境なき記者団」による報道の自由度ランキング2019で、日本は180カ国中67位と、G7(主要先進7カ国)中で最下位*。また、先月26日には国連人権理事会に、日本の報道の自主性を危惧する報告がデービッド・ケイ特別報告者によって提出された。安倍政権の下で日本のメディアに何が起きているのか。日本新聞労働組合連合(新聞労連)の委員長であり、日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)の議長でもある南彰氏に聞いた。

○内閣記者会へのアンケート

 「日本の政治取材現場は危機的状況です」―南氏は厳しい面持ちで語る。「官邸取材を行う記者達が様々な圧力を受け、萎縮しています。新聞労連が今年5月、内閣記者会、つまり官邸記者クラブの記者達を対象に行ったアンケート調査には、葛藤する現場の記者達の声が寄せられました」(南氏)。

 そのアンケートでの記述の一つを引用しよう。

内閣官房長官への夜回り取材では、最近、携帯電話やICレコーダーを事前に回収袋に入れて、忠誠を誓っている。様々なメディア側からの萎縮・自粛が進む中で、記者会見の問題も起きていると感じている。非常に息苦しい

出典:新聞労連のアンケート調査より

 この「録音自粛」は、雑誌『選択』の記事によれば、オフレコ(記録や公表をしないことを条件に行われる取材や情報提供)の発言が週刊誌に漏れたことで激怒した菅官房長官をなだめるために行われているのだという。だが、記者側が完全に官房長官に屈し、あからさまに上下関係ができてしまっているとしたら、著しく不健全だ。また「記者会見の問題」とは、官房長官会見で厳しく森友問題や沖縄県・辺野古米軍新基地問題などを追及、脚光を浴びるようになった東京新聞の望月衣塑子記者に対する質問制限のことであろう。この件に関連していると思われる声も前述のアンケートへ寄せられている。

 「内閣官房長官の記者会見で、番記者以外が質問すると、官邸側が極端に嫌がり、結果として番記者のオフレコ取材にも影響が出ることが懸念される。結果として番記者のオフレコ取材にも影響が出ることが懸念される。情報を取れなくなるのは恐ろしいが、このままではメディアとしての役割を果たせない。会社としてもなんとかしてほしい

出典:新聞労連のアンケート調査より

○オフレコ取材を「人質」に分断工作

 番記者とは、特定の政治家や有名人などに密着取材する担当記者。信頼関係を築き、情報を得られやすくなる反面、取材対象と癒着してしまう危険性もある。上述アンケートでは、名指しこそされていないが、望月記者は社会部の記者であって、官房長官付きの番記者ではない。南氏は「望月記者が官房長官会見で追及するようになってから、官邸側は、オフレコ取材に応じなくなったり、その場で望月記者への不満ばかりを言うようになった」という。

 「いわば、オフレコ取材を人質に取り、『今まで通りの取材をしたいなら、望月をなんとかしろ』と番記者達にプレッシャーをかけてメディアを分断しようとしているのでしょう」(南氏)

 

 だが、『番記者以外は官房長官会見で質問するな』との主張自体が間違っている。

 「これまで、官房長官会見には、官邸記者クラブに加盟している報道機関の記者であれば、番記者や政治部記者でなくても、自由に参加してきました。実際、福島第一原発事故の際は、各社の科学担当の記者達が会見に参加しました」(南氏)。

 圧力をかけられているのは、望月記者だけではない。上述の新聞労連のアンケートには、

・事前通告のない質問を記者会見でして、官邸側から文句を言われた

・夜回りなどのオフレコ取材で官邸側から特定の記者を排除するよう言われた

・官邸側から記者の和を乱すことをとがめられた

などの回答が複数あったとのことだ。

官邸記者クラブへのアンケート調査 新聞労連の集会で筆者が入手
官邸記者クラブへのアンケート調査 新聞労連の集会で筆者が入手

○嘲り笑う官房長官

 官邸側が記者の質問にまともに答えようとしないことがまかり通ってしまっていることも大きな問題だ。南氏が「象徴的」とあげるのが、先月27日午後の会見でのやり取り。

 「デービッド・ケイ特別報告者が『日本政府当局者が彼らに批判的な質問をする記者に圧力を加えている』等と報告書を、国連人権理事会に提出したことや、関連して新聞労連によるアンケートに寄せられた官邸記者への圧力について、望月記者が質問すると、菅義偉官房長官はそれらを一言で否定し、会見を打ち切ってしまったのです。この会見は他の質問も含め、わずか3分程でした」(南氏)。

 今年6月27日(木)午後の内閣官房記者会見 望月記者の質問は1分50秒から

 同会見では、菅官房長官は「あなたも質問できているでしょ?」と望月記者の質問を皮肉り、会見終了時、嘲るかのように薄ら笑いを浮かべていた。

 だが、同記者に対し、官邸側が執拗な質問制限を繰り返し行った上、同記者の辺野古米軍新基地についての質問を「事実誤認」であるとレッテル貼りで潰そうとしたこと、実際には官邸側こそが誤っていたことは、新聞労連、MICがその声明で指摘している。

 「日本の報道の自由の危機についての質問への、菅官房長官の振る舞いは、正にケイ氏の報告書に書かれている通りだと言えるのではないでしょうか」(南氏)。

○官邸による追及封じ

 上記のやり取りに限らず、官邸側は、都合の悪い質問を封じるようになったと南氏は言う。

 「それまでのように記者達が矢継ぎ早に質問するのではなく、挙手した記者を官房長官が指名し、記者は社名・氏名を名乗ることを強く求められるようになったのは、野田政権の時からでした。しかし、指名権と時間制限をセットにすることで、安倍政権は官房長官記者会見をコントロールできるようになったのです。昨年の夏、お盆休みの間に“会見の後に公務がある場合、官邸報道室長の判断で会見を打ち切ることができる”とのルールが新たに設定されました。つまり、官邸側が嫌う質問をする記者を指すのを後回しにし、追及を“時間切れ”で封じることができるようになってしまったのです」(同)。

 官邸記者クラブ側も好んで新ルールを受け入れたわけではなく、「時間制限は受け入れられない」との原則論は官邸側に伝えたという。だが、上述の事例のように、実際には追及封じに使われてしまっているのだ。

 時間制限の新ルールについては「メディア側にも『公務があるという理由は理屈としてわかる』と腰が引けているところがありました」と南氏は言う。「しかし、人々の知る権利を保障するメディアの取材活動に対し、官邸側がきちんと対応することは、公務そのものでしょう。これまで、官房長官会見には、質問時間も内容も制限はありませんでした。首相以下全閣僚が出席する予算委員会ですら、官房長官が45分間、離席することを慣習的に国会が認めているのも、会見が公務として重要視されているからです」(同)。

スピーチを行う南彰氏 今年3月、官邸前で行われたメディア関係者によるデモにて筆者撮影 
スピーチを行う南彰氏 今年3月、官邸前で行われたメディア関係者によるデモにて筆者撮影 

○メディア側も変革を求められている

 あくまでメディアに対し強気の「要請」を繰り返し、自らに都合でルールを変え、目障りな記者を排除していこうとする安倍政権。メディアが「自主性」を取り戻し、権力と対峙するという本来の役割を担うためにはどうしたら良いのか。

南氏は「オフレコ取材重視の政治報道の見直しが必要」と語る。これには、筆者もなるほど、と膝を打った。日本の報道における問題として、報道機関の「忖度」、自主規制が深刻だからだ。以前、筆者は民放の某報道番組関係者から「番組中で政権の批判をすると、真っ先に怒鳴り込んでくるのは、同じ局の政治部長」と聞いたことがある。つまり、ネタ元である政治家達のご機嫌を損ねると、政治記者達はオフレコ取材がやりにくくなる。だから、報道において自主規制をしたり、場合によっては同じ会社の人間の仕事に横槍を入れたりするのだ。上述したように、官邸側が望月記者を排除する上で利用したのも、オフレコ取材である。無論、オフレコ取材を全廃しろということではなく、局面や取材相手によっては、オフレコ取材も有用であるが、ジャーナリストとして、権力側にとって都合の良い「広報係」に落ちぶれないことが重要なのだ。

○立場を超えた連帯が必要

 南氏は「新聞労連の2019年の春闘対策方針として、『公の取材機会』である記者会見の充実強化、公文書公開の充実に向けた取り組み強化が盛り込まれました」と語る。確かに、政治家が自分の好き嫌いで取材を受けるからどうか選別することに左右されがちなオフレコ取材や個別インタビューではなく、「公の取材機会」「公文書公開」を充実させることは、公正で民主的な報道のために不可欠であろう。

 そのために重要であるのは、会見を番記者のみの限られたものとせず、望月記者のような政治部以外の記者達も自由に参加し、さらには現在では公的機関の会見で排除されがちな、フリーランスの記者にも門戸を開くことであろう。しがらみのない記者達が自由闊達に質問することで、現在の官房長官記者会見のような記者達が萎縮・自粛させられている雰囲気を変えることができるのではないだろうか。それは報道全体、ひいては日本社会全体にとっても利益となるはずだ。

 南氏は「報道に携わる者としての連帯が重要」とも語ったが、全く同感だ。権力側の報道関係者への攻撃は、人々の知る権利への攻撃であり、ひいては民主主義制度そのものへの攻撃となる。政治的な方向性や所属などの立場の違いがあっても、また部数や視聴率を競うライバル同士であっても、「報道・取材の自由を守る」という一点においては、立場を超えて一致団結することが必要だ。実際、米国では昨年11月、トランプ政権がCNNのジム・アコスタ記者のホワイトハウス入館証を没収したことに対し、主要メディアが一斉に抗議。これには、普段は保守派で政権側に近いFOXニュースも加わった。

 これらのメディアの団結を前に、トランプ政権は、アコスタ記者に入館証を返却したのだ。この米国での動きには新聞労連も連帯の声明を発表したが、個々の記者達が不当な攻撃から守られ、活発に活動できるようにすることが、危機にある日本のジャーナリズム全体を救い、人々の信頼を取り戻す上で不可欠なのだろう。

(了)

*「国境なき記者団」による報道の自由度ランキングでの日本の順位は鳩山政権時の2010年には178カ国中11位であったのに対し、第二次安倍政権では急落。2016年、2017年では、180カ国中72位と、ランキングが確認できる2002年以降で過去最低を記録した。直近の今年4月公表のランキングでも、日本は180カ国中67位と、G7(先進7カ国)中、最下位である。