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安田さん解放のカギは?なぜ何度も拘束されてもシリアに行ったのか?知人のジャーナリストが語る

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
シリアで拘束されている安田純平さんの新たな動画。

 先週、シリアで拘束されている、フリージャーナリストの安田純平さんの新たな映像がネット上に公開されたことは、既に多くのメディアで報道されている通りだ。安田さんが3年もの間、拘束され続けていること、またネット上で安田さんへの心無い誹謗中傷が溢れていることを心苦しく思う。なぜ、安田さんはシリアへと向かったのか、なぜ、未だ解放されないのか。安田さんと多少なりとも縁のある者として、同業者として、現時点で公開可能な情報をまとめた。

〇報道されない戦争の現場に迫り続けた安田さん

 なぜ、安田さんは、危険なシリアへ自ら向かったか。シリア内戦についての雑誌記事をまとめていた筆者に、安田さんが現地の惨状を伝えてくれた時のことを思い出す。「凄まじい空爆、砲撃だよ、シバレイ。毎日、無差別攻撃だ」。2012年春、シリア北部ホムスで取材を行っていた安田さんは、アサド政権の圧政に蜂起した自由シリア軍に密着。正に激戦の最前線で取材をしていた。

 「シリア政府軍は、町全体を破壊するような空爆や砲撃を続けている。負傷した人々を助けようとする医療従事者達も狙撃される。病院も爆破される。食糧庫やパン工場も攻撃されて、生活物資も止められた。人々が逃げようにも、反政府勢力の活動している地域の出身だというだけで、身柄を拘束される…」

 安田さんのリポートはその年の8月、TBSの「報道特集」でも大きくとりあげられ、正に現場にいる者だけが伝えられる、鬼気迫るものだった。そう、安田さんは常に現場に肉薄しようとしていた。不幸にも、3年前の夏のシリア入りで、安田さんは拘束されてしまったのだが、危険であっても現場を目指そうという彼の気持ちは、同業者として痛い程にわかる。危険なところ程、多くの人々に伝えなくてはならない状況があるのだ。日本のメディアで報道されない、紛争地の人々の苦しみを伝えようと果敢に挑み続けてた安田さんの姿勢は、非難されるどころか、本来は、全ての報道関係者が持つべき心意気ではないか。筆者にはそう思えてならない。 

イラク戦争の最中、現地で反戦デモを行う日本人グループを取材する安田純平さん(写真右)。筆者撮影
イラク戦争の最中、現地で反戦デモを行う日本人グループを取材する安田純平さん(写真右)。筆者撮影

〇状況は切迫している!

 3年にわたる拘束自体が苦しいものであるが、拘束が長期にわたる中で、安田さんの動画が公開されても、「すぐに殺されないだろう」という悪い意味での「慣れ」が日本の政府や人々の間にあるように思える。先日の動画公開を受けての菅義偉官房長官の会見も、緊張感のないものであった。確かに犯行グループは身代金目的で安田さんを拘束し続けていると見られ、身代金が目的なのであれば、安田さんを殺す可能性は低い。ただ、現地情勢を鑑みると、安田さんの状況は以前よりも切迫していると言える。

 安田さんは現在、シリア北西部のイドリブ県に拘束されているものと見られる。同県は、シリアにおける反アサド政権勢力の「最後の砦」。アサド政権は、近々、イドリブ県へ大規模な攻撃をしかける可能性が高い。これまでの振る舞いから見て、アサド政権は、市民の犠牲もいとわない無差別攻撃を行うだろう。この攻撃で安田さんも巻き添えで被害を受けるのではないかと、筆者は大いに懸念している。安田さんの救出のため、彼の友人達は当初から情報収集をしていたが、彼らによると、安田さんが拘束されている地域で猛空爆が行われたことがあるという。イドリブ県への大規模攻撃が行われるということは、安田さんを拘束している犯行グループに混乱が生じ、安田さんが自力で脱出するチャンスにもなりうるが、上記したように空爆に巻き込まれるリスクも高いのだ。

〇安田さん解放のカギは?

 シリアの人々の窮状を伝えようとしたジャーナリストを不当にかつ長期に拘束しつづけている犯行グループには、筆者も強い憤りを感じる。彼らは一刻も早く安田さんを解放すべきだ。一つ望みがあるとすれば、安田さんを拘束している犯行グループも身代金が欲しい一方で、そうした要求に後ろめたさを感じているのではないか、ということだ。

 安田さんは2015年6月下旬頃、トルコ南部からシリアのイドリブ県に入ったとされ、その直後、地元の武装組織に拘束された。さらに、安田さんの身柄は、この一帯に影響力を持つ反アサド政権の武装勢力「ヌスラ戦線」(現「シリア解放機構」)に引き渡された。ヌスラ戦線は、IS(いわゆる「イスラム国」)と異なり、外国人を残虐に殺してそれをネット動画で見せしめにするとということはしない。建前上は、イスラム教徒としての矜持を重んじる組織だ。それ故に、当初は筆者も安田さんはそのうち解放されるかもしれないと楽観視していた。だが、「交渉人」を名乗るトルコ在住のシリア人男性が度々、安田さんの動画をSNS等に投稿し、安田さんの状況について、日本のメディアの取材に応じるかたちで伝えてきたものの、ヌスラ戦線自体は要求を突き付けてこなかった。その後、ヌスラ戦線は、アルカイダとの決別を宣言、「シリア解放機構」と改称する。一部報道によれば、このシリア解放機構から分派した武装勢力「フッラース・ディーン」が、現在安田さんの身柄を拘束しているとされ、先週に公開された動画も、同組織によるものと思われるが、やはり動画では安田さんが助けを求めるだけで、要求らしきものには言及されなかった。

 元朝日新聞記者で、「危険地報道を考えるジャーナリストの会」の川上泰徳さんによれば、安田さんは現地のイスラム教指導者から、「イスラム教徒が異教徒に与える保護」を得ていたという(関連報道)。これは、極めて重要なことで、イスラム教徒には保護を受けた異教徒に危害を加えてはならないという義務がある。実際、ヌスラ戦線の支配地域で拘束されていたドイツ人ジャーナリストを、ヌスラ戦線が捜索、解放するということがあったが、決め手になったのは、件のジャーナリストが保護を受けていたことであった(関連情報)。もし、安田さんが保護を受けたことが事実ならば、解放のカギとなるかもしれない。

〇日本政府には動いてほしいが、パフォーマンスは禁物

 人質解放の交渉が水面下で行われ、その過程が伝えられないことは、この種の事件ではよくあること。ただ、安田さん拘束については、この3年間、具体的な動きが何もないことは確かであろう。彼の解放を求めて情報収集していた安田さん友人達やその協力者達からは、日本政府のやる気の無さが伝わってくる。安田さんを拘束している武装勢力はISに比べれば交渉しやすい組織だ。日本政府が武装勢力に身代金を支払うことは難しいにしても、この種の事件での仲介で定評のある国カタールに協力してもらうなど、もっとやれることをやるべきなのではないか。

 ただ一方で、ジャーナリストの後藤健二さんがシリアでISに拘束・殺害された事件の時のような、人質の安全を無視したパフォーマンスは絶対にやめていただきたい。外遊先とは言え、多くのイスラム教徒が嫌っているイスラエルの国旗がはためく前で、安倍晋三首相が人質事件についての会見を行ったことは、本当に最悪のアピールだった。安田さんの友人達やその協力者達が、安田さんの拘束当初に表立った言動を控えていた、或いは現在も控えている一つの要因として、日本政府が下手に動くと、かえって安田さんに危険が及ぶ恐れがあったからだ。また、安田さんに「利用価値」があると犯行グループに思われると、身代金を要求されるという懸念もある。その場合、日本政府が身代金を払う可能性はほぼないだけに安田さん解放が行き詰ってしまうだろう。だからこそ、静かに、かつより確実で具体的な行動を、日本政府には期待したい。

〇バッシングは人を殺す

 安田さんについて、筆者として強く日本の一般の人々や各メディア関係者ら、そして政治家達にお願いしたいことがある。先週、新たな映像が公開されたことで、SNSや一部のネットメディアでは、安田さんへの激しいバッシングが行われているが、バッシングは人の人生を狂わせ、場合によっては死にさえ至らしめるものだということを、よく考えていただきたい。ISに拘束された後藤健二さんの救出は、もとより非常に困難であったが、わずかな可能性をも潰してしまったのは、人質やその家族をバッシングする風潮である。

人質家族が泣き叫べない日本の異常ーイスラム国による邦人人質事件での親族の抑制

https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20150130-00042669/

 安田さんに対して「何度も拘束されているのに、懲りずに危険地に行って拘束されて自業自得だ」という批判がよくあるが、これについても、誤解や誇張がある。紛争地取材において、数時間や数日、現地の治安当局や武装勢力等に拘束されること自体は、よくあることだ。厳しい環境下での取材を続けてきたジャーナリストなら、一度や二度は経験するものである。一部、ネット上で指摘されている安田さんの「イラク・バグダッドでの拘束」も、こうした些細なものにあたる。問題は、拘束された上に犯行グループの要求のための人質とされるケースであるが、2004年4月にバグダッド西方のアブグレイブ近郊で安田さんが地元武装勢力に拘束された件は、厳密に言えば「人質事件」ではない。現地武装勢力は日本側に具体的な要求をすることもなく、誤解で拘束したことを認め、安田さんに謝罪し解放した*。日本政府は安田さん解放のための身代金を支払っていないし、イラクから帰国するまでの飛行機代やホテル代も安田さんは自身で精算している。こうした経緯を踏まえないで、安田さんを批判することは不当であろう。

*安田さん著書『囚われのイラク―混迷の「戦後復興」』、『誰が私を「人質」にしたのか―イラク戦争の現場とメディアの虚構』を参照。

 シリアで拘束される数カ月前の安田さんのツイートもバッシングの的となっているが、こちらも、その経緯を配慮する必要がある。

 安田さんに批判的な人々は、このツイートを元に、「安田さんが自己責任で現地に行っているのだから、彼を助ける必要がない」と主張している。このツイートでの「パスポート没収」とは、シリア取材を計画していたフリーカメラマン杉本祐一さんのパスポートを、外務省が首相官邸の意向を受け、強制返納させた事案。海外の各主要メディアや国連の「表現の自由」特別報告者も問題視した報道の自由への弾圧である。安田さんは杉本さんとも面識があり、この件について憤っていた。

世界が報じたパスポートを強制返納させる安倍政権の異常-BBC、CNN、ロイター、NYタイムズetc

https://news.yahoo.co.jp/byline/shivarei/20150225-00043339/

 本件についての安田さんの憤りは、ジャーナリストとして、極めて健全な反応である。また、ツイートをそのまま読めばわかるように、安田さんが自己責任論者というよりも、紛争地に取材に行くことが「自己責任」だと主張する人々は、その「自己責任」に国家権力が介入することへも批判しないといけないのでは、という問いなのである。

戦争報道についてのシンポジウムで発言する安田さん(右から3人目)と杉本さん(右から1人目)。筆者撮影
戦争報道についてのシンポジウムで発言する安田さん(右から3人目)と杉本さん(右から1人目)。筆者撮影

 いずれにせよ、今、安田さんは困難な状況の中にあり、それでなくても辛い思いをしている安田さんのご家族を、バッシングでさらに追い詰めるようなことは許されない。また、政府を批判していたからとの理由で、当人の人権や命が取捨選択されることも絶対にあってはいけないことだろう。

〇安田さん解放の可能性を信じる

 それにしても、家族から引き離され、囚われの身での3年は、あまりに長い。一部報道では、安田さんが精神的に追い詰められているとの証言や分析もあるが、筆者の知る安田さんは、逆境にもうまく適応していく、精神的に非常にタフな人だ。今も安田さんが元気でいることを信じたい。筆者自身、安田さん解放のため、何をすべきなのか、また何をすべきではないか、今なお、迷いがあるのが正直なところではあるものの、安田さんがまた日本の土を踏めることを切に願っている。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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